デート@メイド喫茶「アキバ絶対領域」※2回目

文字数 3,548文字

「着きましたー!」
 彼女にリードされて来たのは見覚えのある場所だった。その場所は……
「アキバ絶対領域!?」
 間違いない。どこからどう見ても昨日来た、あのアキバ絶対領域だ。
「まさかここで……」
「はい、お察しの通りです! ここでお昼を食べようと思いまして」
「何で!?」
「私、いっつもメイドさんサイドですから。たまにはお客さんサイドに
なるのもいいかなぁって。ほら行きましょう!」
 僕の手を掴んだままアキバ絶対領域に入ろうとする唯奈。
 もう二度と来ることはないだろうと思っていたのに、まさかの2日連続メイド喫茶。
 嫌じゃないけど、何だかなぁ……

「2名様ご入域です、おかえりにゃさいませー!」
 昨日も聞いた声が店内に響く。
「……って、唯じゃん! 何で今日来てるの!? シフト入ってなかったはずなのに」
 昨日、唯奈とずっと一緒にいたメイドさんだ。昨日の唯奈と正反対の色である白色のメイド服を着ている。黒色とは違って、清潔感が感じられる。名前は確か……
「もう、真緒ちゃん。昨日話したでしょ? デートだよ」
「えっ、デート!? ということはデート相手って、この男の人?」
 目を丸くして、唯奈の耳に口を近づけ、耳打ちをした。
「やめといた方がいいよ、この人。目つき悪いし。性格も悪そう」
 聞こえてるんですが。人を評価するのは勝手だけど、本人の前で話すのはやめてほしい。
「そ、そんなことないよ! 米谷さんはすごい人だもん! 仕事ができて優しくて、それでそれで……とにかくすごいの!」
 言ってから、僕が隣にいたことに気づき、顔を赤くする唯奈。言われた方も結構恥ずかしい。
「ほ、ほら、真緒ちゃん! 接客しなきゃ!」
「もう、唯ったら……」
 彼女は小さくため息をつく。そして、
「お帰りにゃさいませー、ご主人様、お嬢様!」
 雰囲気が一変。昨日見た満面の笑顔。完全に接客モードだ。
「お嬢様は初めてのご来店ですよね?」
「うん」
「それではこちらをお付けください!」
 差し出されたのは昨日見たあの猫耳だ。ふわふわしたあの猫耳。
「やっぱり来るよね。真緒ちゃん、悪いんだけどそれはちょっと……」
「私たちメイドは本来猫なので、猫耳がないと会話がしづらくなっちゃうんです!」
 ニコニコしながら唯奈を見つめる真緒。どうしても猫耳をつけさせたいらしい。普段はメイド服に猫耳の唯奈を見ているから、私服に猫耳の彼女というのも見てみたい、そんなところだろうか。
「お願い真緒ちゃん! 今度、真緒ちゃんのお家で猫耳姿の私を見せてあげるから。ね? だから今日は勘弁して」
「むぅ、お嬢様……仕方無いですね、約束ですよ?」
「ありがとう、真緒ちゃん!」
「それじゃあお嬢様、お席へどうぞ!」
 そう言って真緒は唯奈を席に誘導する。僕はそれに付いていき、向かいの椅子に座った。
「ご主人様、少し宜しいですか?」
 きょとんと可愛らしく真緒は首を傾げる。
「別にいいけど、なんだ?」
「耳を貸してください」
 さっきの彼女の反応からして、いい予感はこれっぽっちもしない。
 彼女の顔を確認してみる。笑顔。満面の笑顔だ。
「どうかしましたか? 早く耳をこっちに」
「あ、あぁ」
 彼女は口を唯奈の時のように僕に近づけ、冷めた声でこう囁いた。
「今は唯があんたと一緒にいて楽しそうにしてるから放っといてあげるけど、もし泣かせたり、手を出したりしたら、どうなるかわかってるよね?」
 もう一度彼女の顔を確認してみる。さっきと変わらない。満面の笑顔だ。
 怖い。なんで笑顔でこんな冷たい声出るんだよ。

 それから僕と唯奈は注文をした。長時間悩んで、僕が注文したのはお絵描きオムライス(デミグラスソース)だ。昨日と同じようにセットメニューを注文しようか迷ったけど、流石に二日連続で昼食費2000円越えは財布がキツい。
 一方、唯奈はいつもの業務でメニューを見慣れているらしく、迷わずに「オタクフードコンボ」を注文した。4000円もする、オムライス(彼女が注文したのはホワイトソース)にセットドリンク、チェキ、セットLIVE、光るねこじゃらしが付いてくる、という盛りだくさんのセットだ。
 個人的には「セットLIVE」が何なのか、ものすごく気になる。昨日注文した「萌え萌えフードコンボ」には無かったはずだ。
「なぁ、唯奈」
「どうしたんですか?」
「君がさっき注文した『オタクフードコンボ』に『セットLIVE』っていうのがあるけど、これは?」
「あぁ、それですか。そういえば、昨日はなかったですもんね。名前通りの意味です。あそこを見てください」
 唯奈は店内の中央にあるステージを指さす。
「あそこでメイドさんたちがライブパフォーマンスをするんですよ」
「ライブパフォーマンス?」
「歌って踊ります」
「歌って踊る!?」
「あーあ、米谷さんが昨日注文してくれたら私のキレッキレのパフォーマンスが見せられたのに。もぅ……」
 唯奈は拗ねるように頬を膨らませる。本当、いちいち行動があざといな。この子。

 待つこと十数分。
「お待たせしました!」
 真緒が注文していたもの持ってきた。
「こちらがお嬢様のホワイトソースのオムライスで、こっちがご主人様のデミグラスソースのオムライスです。今からお絵描きするので少々お待ちくださいね」
 オムライスをテーブルに置いた真緒は、片手にトマトケチャップのボトルを構える。
「お好きなものをお絵描きできるんですけど、描いてほしいものってありますか?」
「うーん、それじゃあ……」
 唯奈はさっき見た映画のヒロインの名前を発した。
 ……さすがにアニメキャラはきついんじゃないか? ケチャップでキャラクターの細かい線を表現するのは少し難しい気がする。
「はーい、かしこまりました! それじゃあ今から描かせていただきまーす」
 元気いっぱいそう言って、真緒はオムライスにお絵描きを始めた。描けるのか、すごいなこの子。
 ケチャップのボトルを握る力を調節して、出てくるケチャップの線の太さを自由自在に操りながら、器用に絵を描いていく。それも結構なハイペースで。
そして30秒もしないうちに……
「出来ましたー!」
「嘘だろ……」
 絵は完成した。クオリティーが高すぎる。映画で見た物と全く同じと言っても過言じゃないレベルだ。何と言っても30秒でこれを描いた、ということが信じられない。
「やっぱり真緒ちゃんはすごいね。流石はイラストレーターを目指しているだけのことはあるよ」
「べ、別にそんなことはないわよ、お嬢様」
 そう言いながらも真緒の頬には赤みがさしている。満更でもない様子だ。口調も若干崩れてるし。
「ご主人様は描いてほしいものとかってありますか?」
 すぐに崩れた口調を元に戻し、真緒は僕に問いかける。
「じゃあ、僕も彼女と同じで」
 そう答える僕に対して真緒は面倒くさそうな表情をしてこちらを見る。どうしてあなたの分までしないといけないんですか、とでも言いたげな顔だ。
 昨日はそんな表情、少しも見せなかったのに。唯奈とデート中だと知ってからこれだよ。女の子って本当よく分からない。
「はい、できましたよー。ご主人様ー」
 嫌そうな表情をしつつも、彼女はちゃんと絵を描いてくれた。クオリティも安定している。メイドとしてのプライド、といったところだろうか。
「本当上手だよねぇ、真緒ちゃん。私なんて猫ちゃんしかかけないもん」
 そういえば、昨日お絵描きオムライスを注文した時は唯奈が書いてくれたんだった。ここだけの話、唯奈の絵って何というか、個性があるんだよなぁ。猫の絵を頼んだはずなのに、完成形はどう見ても化け犬にしか見えないという。猫ですらない。

 お絵描きタイムが終わり、次にやってくるのは……
「それでは、美味しくなるおまじないというのを、かけていきたいと思います!」
 そう、おまじないの時間だ。昨日もこの「アキバ絶対領域」に訪れた僕だけど、一番恥ずかしかった。入店時の猫耳着用を超えた。手でハートの形を作りながら、「美味しくなぁれ、萌え萌えキューン!」と言わなければならないのだ。
「おまじないは『美味しくなぁれ、萌え萌えキューン!』です」
 真緒は手でハートの形を作りながら、僕らに見本を見せる。わざわざやらなくていいから。自分でやる前に、これからする恥ずかしいことをわざわざ見本として見せられると、変に意識してしまう。
「それじゃあ、行きますよ? せーのっ!」
 美味しくなぁれ、萌え萌えキューン! ……やっぱり恥ずかしい。慣れないな、この感じ。
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登場人物紹介

米谷


 25歳会社員。昔、とある出来事があったせいで友達・恋人共にゼロ。

 仕事尽くしの人生に癒しを求めている。

唯奈


 アキバ絶対領域で働いている女子高生。

 主人公に思いを寄せるがその正体は……

真緒


 唯奈のバイト仲間。唯奈のことが大好きで、唯奈に彼氏ができるのを恐れている。

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