癒しについての考察

文字数 1,428文字

「あー。やっと終わったー」
 そう僕は一人で疲れた声を出す。
 社会人になって5年。やっとさっき、土曜勤務から解放され、家へ帰るべく秋葉原駅へ向かっている所。
 今日は7月31日。学生はとっくに夏休みに入り、家族で旅行に行ったり、恋人とデートに行ったりと、まさに青春を謳歌している最中だ。それなのに、社会人はその間もずっと仕事。辛い、ものすごく辛い。
 恋人がいればこの辛さも少しは和らぐのだろうが、恋人もいない。それどころか、友達も一人もいない。
「あー、せめて癒しが欲しい!」
 一人で自分の願望を叫ぶ。言ってから周囲の目線に気づき、少し恥ずかしくなったが気にしない。ここは秋葉原。オタクの聖地だ。仕事でもない限りここに来ることはおそらくない。旅の恥はかき捨て、というやつだ。
 とにかく、癒しが欲しい。癒しがあればどれだけいいことか。例えば妹とか、妹とか、妹とか……あっ、妹しかいなかった。とにかく妹が欲しい。妹に「お兄ちゃん」と呼ばれたい。それが僕の願望であり、求めている癒しだ。
 もちろん、現実の「妹」がマンガやライトノベルにあるような可愛く、萌えるような存在ではないことは知っている。実際は「お兄ちゃんウザい」と罵倒されたり、「お兄ちゃん○○買って来て」とパシリにさせられたりすることも知っている。「お兄ちゃん」と呼ばれずに「オイ」と名前ですら呼ばれないことも多々ある、ということも知っている。
 でもこれって、兄の方に全く問題がないとは言えない、と僕は思うのだ。人格は育ってきた環境や家庭での教育の仕方に影響する、とよく言われる。兄に反抗する、これも一つの人格だ。つまりこんなことが言えるのではないだろうか。「妹が兄に反抗するようになるのは、家庭のせいだ」と。
 もちろん、全て悪いとは言わない。学校で受けた影響だとか、反抗期だとかそう言ったものもあるだろう。成人してから妹との角が取れて仲良くなることもよくあるらしいし。そうは言ってもネット上での妹に対する批判。書き込んでる暇があるならもっと妹とコミュニケーションをとれ、お前にも責任があるんだぞ、そう僕は言いたい。

 そうやって一人で「癒し」について考えながら駅へ向かっていると、僕はふと足を止めた。何故そこで足を止めたのか、自分でもよくわからない。
 目の前にあったのはメイド喫茶だった。「アキバ絶対領域」という名前の店らしい。ガラス張りで、外からも店内の様子が窺える。白を基調とした明るい感じの店だ。
 メイド喫茶か……妹もいいけどメイドも悪くないな。僕は妹萌えが一番だと考えてはいるけど、それは別に「妹以外は萌えない」と同意義ではない。メイドは、萌える属性ランキング(個人的)では妹に次いで二位に躍り出る。僕は何というか、素直で従順で小さくて、何だか守ってあげたくなるような、子犬みたいな子が好みなのだ。ツンかデレかで言われたら、デレに全振り。ツンの要素はいらない。
 腕時計を見て現在の時刻を確認する。今は正午を過ぎたくらいで、昼飯をとるにはちょうどいい。
 自分で料理ができないから一人暮らしを始めてからはずっと外食かコンビニ弁当だった。最近は仕事が忙しくてずっとおにぎりだったから、久しぶりに外食をするのもありだろう。
 ふぅ、と僕は小さくため息をつき、
「入ってみるか、秋葉原を訪ねることなんてもうたぶん無いだろうし」
 人生初のメイド喫茶への入店を決心したのだった。
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登場人物紹介

米谷


 25歳会社員。昔、とある出来事があったせいで友達・恋人共にゼロ。

 仕事尽くしの人生に癒しを求めている。

唯奈


 アキバ絶対領域で働いている女子高生。

 主人公に思いを寄せるがその正体は……

真緒


 唯奈のバイト仲間。唯奈のことが大好きで、唯奈に彼氏ができるのを恐れている。

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