集合@秋葉原駅

文字数 2,574文字

 翌日の午前九時、僕はレシートの裏に書かれていた通り、秋葉原駅の中央改札前で待っていた。
 昨日の晩、ずっとメイドさんについて考えていた。念のために言っておくけど、別にメイド喫茶で彼女を見て恋愛感情が芽生えたとか、一目惚れしたとか、そういう訳ではない。
彼女と以前に会った覚えがない。僕の記憶に間違いがなければ昨日で会ったのが初めてだったはずだ。そして会ったことが無いとなれば、呼び出された理由がますます分からなくなる。
 次に会ったことがある場合を考えてみよう。外見から判断して、彼女はおそらく高校生だ。そうだとすると僕と彼女の年齢の差はだいたい7~9才ということになる。ということは、少なくとも学校の先輩後輩の関係だったことはない。考えられる可能性は親戚の類いかあるいは近所の子か。
 そんな答えの出ない自問自答をひたすら続けていると、
「あっ、米谷さーん!」
 一人の少女が話しかけてきた。僕は顔を上げ、その少女を見る。昨日のメイドさんだった。
 サラサラとした黒髪のストレートロングに可愛らしいくりくりとした目。そして僕よりも一回り小さな体。身に着けている夏らしい真っ白なワンピースと麦わら帽子が可愛らしさを発散している。
「遅れちゃってすみません! 着てくる服を選ぶのに迷っちゃって。待たせちゃいましたか?」
「大丈夫。僕も今来たところだから」
 現在時刻は9時5分。たった5分の遅刻だ。そこまで気にもならない。
 それよりも、個人的には自分のためにわざわざ服で悩んでくれた、という事実がものすごく嬉しい。
 早速本題に入る。
「それで、用事って何なんだ?」
「むぅ、そんなの決まってるじゃないですか……デートですよ、デート!」
 彼女は頬をぷくっと膨らませながら、わざわざ言わせないでください、とでも言いたげな表情で言う。
 いや、確かにその可能性は考えたよ? 一番最初に。休日に異性と待ち合わせといえばデート、みたいなところがあるからだ。でも、その可能性は最初に潰した。さっきも言った通り、この娘と以前に会った記憶がないからだ。ただ単に、僕が忘れているだけ、という可能性も否めないが、少なくとも僕の記憶には全くない。
 ……考えていても仕方無いか。単刀直入に聞こう。
「1つ聞きたいんだけど。僕と君、以前に会ったことあったっけ? 僕の記憶が間違っていなければ、君と僕が出会ったのは昨日が初めてだったはずなんだけど」
「……」
「じゃあ、何で僕をデートに誘ったんだ?」
「……」
 沈黙。黙り込んでうつむいて、何もしゃべろうとしない。
「……ほ、ほら、早く行きましょう! デートですよ、デート! どこ行きますかー?」
 話を逸らした。どうやらデートに誘った理由をどうしても隠したいらしい。まだ最大の疑問が解決していないけど、もう一度問い質しても同じ反応をされるだけだろう。時間の無駄な気がする。だから、とりあえずスルーすることにしよう。
 気にはなるけど、何も急ぐ必要はない。何か話さない、あるいは話せない理由があるんだろう。きっと、彼女がいいと思ったタイミングで話してくれるはずだ。
「そうだな……君はどこに行きたいんだ?」
 彼女は僕が詮索をやめて安心したようだ。さっきまでの明るい雰囲気に戻る。
「ダメですよ、米谷さん。デートっていうのは、男の人がリードするものです。私はどこでもいいですよ? どこ行きますか?」
 突然、デートプランの提案をしろと言われた。予想外のフリに焦る。
「そ、それじゃあ……」
 最高のデートスポットを考える。今時の女子高校生が楽しめる場所は……
「カリブーランドはどうだ?」
 この秋葉原駅から電車で1時間弱で着く、可愛らしい動物のキャラクターが沢山いる遊園地だ。老若男女、年代を問わず多くの人が来園する。女子高生にも大人気だったはずだ、たぶん。一度も行ったことがないからわからないけど。
「それはちょっと……」
 ダメかー。結構無難な選択だと思ったんだけどなぁ。「どこでもいい」って言ったのに。
「嫌か?」
「別に嫌じゃないんですけど……あっ、ほら。今から行っても、たぶん入場できるのお昼ぐらいになっちゃいますし。それにお金が……」
 なるほど、確かにそうだ。今は9時過ぎ。今から向かったら入場ゲートに到着するのは10時ぐらいになる。それから、どれぐらいかは知らないが入場するためにチケットを買って、列に並ばなければならない。仮にこれを1時間と仮定しよう。すると、入場できるのが11時ぐらい。
個人的には別にそれでも何ら問題はないが、彼女にとっては少し遅いのだろう。
 それに金銭問題もある。入場料がだいたい一人当たり7000円強。学生にとってはかなりキツい。年間パスでも持っていない限り、そう簡単に「よし、カリブーランド行くか」とはならないだろう。言ってくれたら僕が出すんだけどなぁ、お金。給料的に若干きついけど。
 まあ、彼女があまり行きたくない、とそう言うなら無理に行く必要もない。彼女所が行きたい、そう思える場所に行くべきだ。
 となると、今度は違う提案をする必要がある。デートで女子高生が楽しめそうな場所を考えろ。学生時代、それどころか社会人になってからもデートなんてしたことのない僕だけど。僕は大きな味方が付いている。そう、「ライトノベル」だ。ライトノベル、通称ラノベのジャンルの一つ「青春ラブコメ」の主人公とヒロインのデートシーンは僕みたいな、「恋愛についてさっぱりわからない」「デートで何をすればいいのか全然わからない」そんな人達の役に立つ、と言えなくもないのだ。
 今の僕がまさにその状況にあると言える。デートの行き先を提案しろと言われて、答えに詰まっている今のこの状況がまさにそれだ。ここでラノベで主人公とヒロインがデートで行くような場所を提案することで、彼女の意表をつくことはできなくても、無難な提案をすることが可能になるのだ。
……まぁ、ラノベをたくさん読んだところで恋愛上手になるわけではないんだけど。
 さぁ、学生時代によく読んでいたライトノベルのデートシーンを思い出せ。ショッピング、水族館、東京だから東京スカイツリーに行くのもありだし……そうだ。
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登場人物紹介

米谷


 25歳会社員。昔、とある出来事があったせいで友達・恋人共にゼロ。

 仕事尽くしの人生に癒しを求めている。

唯奈


 アキバ絶対領域で働いている女子高生。

 主人公に思いを寄せるがその正体は……

真緒


 唯奈のバイト仲間。唯奈のことが大好きで、唯奈に彼氏ができるのを恐れている。

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