告白

文字数 2,124文字

 それから約4時間、ずっとアキバ絶対領域にこもっていた。帰ろうとしても、真緒が帰らせてくれなかったんだ。僕がそろそろ出るか、そう言うと真緒は「お嬢様ー、あと一時間いましょうよー」と言って阻止しようとしたんだ。それで結局いたのが4時間。会計の時、思わず苦笑してしまった。真緒は「あれ? もちろん全部あなたが払うんですよね?」みたいな目でこっちを見てくるし。最初からそのつもりではあったんだけど、圧力がすごかった。自分の中で毎月決めている「今月は食費にこれだけ使おう」という金額を余裕で越えてしまった。おかげさまで財布はすっからかんだ。
「初めてのメイド喫茶、楽しかったです!」
「あ、あぁ。よかったな。これからもメイドさん、頑張れよ」
「もちろんです! 米谷さんもいつでも来てくださって大丈夫ですからね!」
 満面の笑顔で唯奈は言う。何だか、さっきまでは正直、メイド喫茶に行くことってちょっと恥ずかしいと思っていたし(実際、昨日はすごく恥ずかしかった)、自分から進んで行こうとは思っていなかったけど、今は月に2~3回は行ってみたい、そう思える。さすがに毎日とかは仕事の関係で無理だし、金銭的問題できついけど。
 夏ということもあり、まだ外は明るい。そうは言っても、もうすぐ6時。高校生はもそろそろ帰る時間だ。
「じゃあ、そろそろ時間もいいぐらいだし、帰るか。今日はありがとう、すごく楽しかった。また時間に余裕があったら行くよ」
「……あ、あの!」
 呼び止められた。
「どうした? 早く帰らないと君の親御さんが心配するぞ」
 唯奈は顔を真っ赤にしてこちらをじっと見つめている。
「米谷さんに聞いてほしいことがあって……」
 僕の目を見つめたまま、彼女は口を開いて、
「米谷さん。私、米谷さんが好きです。付き合ってください」
……今、何が起きた? 告白された、のか?
 そういえば、僕と唯奈が今日一日していたのはデートだったじゃないか。彼女は僕をデートに誘った理由を話そうともしなかったけど、そして僕はそんな彼女を見て内心、彼女のことを疑っていた。彼女みたいな可憐な女の子が、僕なんかをデートに誘うはずがない。本当は何か別の、僕に話せない、隠さなければならない理由があるのでは、と。
 でも今、唯奈は僕に告白をした。僕はそれに答えなければならない。 
「ありがとう。すごく嬉しい。でも……ごめん」
 彼女の容姿が好みでないのか。否だ。正直、すごく可愛らしいと思うし、僕にはもったいなさすぎるレベルだ。
 告白されて、嬉しくないわけがない。自分を好きだ、そう言ってもらえるなんて嬉しいに決まっている。
 ……でも、僕は彼女について何も知らない。彼女がどういう性格なのか、どんな趣味があるのか。何にも知らないのだ。
 それなのに告白されたからといって、容姿が好みだからといって、「彼女がどんな子なのかは、付き合い始めてから少しずつ知っていけばいい」みたいな軽いノリで付き合い始めるのはどうかと思う。それでもしも性格が好みじゃなかったら別れるのか? そんなことになるのは僕は嫌だ。
 だから今、僕は彼女の告白に答えることはできない。答えるのは、もっと彼女のことを知ってからだ。
「ごめんなさい……さようなら、米谷さん」
 追いかけないと。唯奈の「さよなら」に並々ならぬものを感じたから。もう二度と会えない、なんとなくそんな気がしたから。僕は唯奈を追いかけようとする。しかし、
「……待ちなさい」
 誰かに呼び止められた。声がした方を見ると、そこにいたのは真緒だった。
「……真緒ちゃん?」
「ちゃん付けはやめて。気持ち悪い。唯は呼び捨てなのにどうして私はちゃん付けなの? 本当に気持ち悪いからやめて」
 そこまで言わなくても……
「さっき唯から『今日、告白するね』って連絡が来たから。バイトのシフト終わったし、見に来たのよ。でもやっぱり無理だったみたいね。それよりあなた……唯を泣かすなって言ったわよね?」
「そ、それは……」
「まぁそれについてはあなたを責める気は無い。お門違いだし」
 強い口調で真緒は続ける。
「……でも、唯を追いかけるのはやめて」
「……」
「今、あなたが追いかけたところで何か変わるの? 『やっぱり君と付き合うよ』とでも言うの? 言わないでしょ? 別に私はあなたが唯を振ったことに対しては責める気は少しもないの。ただ……」
 強い口調はどんどん弱くなっていき……
「失恋した女の子には心を整理する時間が必要なの……だから今は一人にさせてあげて」
 そして最後だけは、優しい口調で言った。
 僕には恋愛感情とか、女心とか、そういったことはこれっぽっちも分からない。仮に追いかけるべきだと思っても、実際は追いかけない方が賢明な選択なのかもしれない。
 ふと唯奈の最後の言葉が脳をよぎる。
『さようなら』
 確かに真緒の言う通りなのかもしれない。本当は追いかけるべきじゃないのかもしれない。
 でも、仮にそうだったとしても……
「ごめん!」
 やっぱり唯奈のあの発言から、並々ならぬものを感じたから。
 僕は彼女を追いかけて走り出した。
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登場人物紹介

米谷


 25歳会社員。昔、とある出来事があったせいで友達・恋人共にゼロ。

 仕事尽くしの人生に癒しを求めている。

唯奈


 アキバ絶対領域で働いている女子高生。

 主人公に思いを寄せるがその正体は……

真緒


 唯奈のバイト仲間。唯奈のことが大好きで、唯奈に彼氏ができるのを恐れている。

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