メイド
文字数 1,971文字
「どこだ、唯奈!」
唯奈に一足遅れて店を出た僕は迷っていた。
秋葉原はオタクの街。一日中たくさんの人でごった返しており、すぐに唯奈を見失ってしまった。どちらに行ったのか、全くわからない。
彼女がこのまま家に帰ってしまった、というケースも考えられる。それに、今は彼女を一人にさせるべきなのかもしれない。だけど、仮にそうだとしても。彼女を探し出さないといけない、そんな気がするのだ。
本当にどこ行ったんだ、唯奈。これじゃあ、探すにしても無理がある。唯奈が行きそうな場所は
「……考えるだけ無駄か」
手がかりはない。僕は彼女のことを何も知らないんだから。立ち止まっているだけ無駄だ。何も得られやしない。だから、とにかく走る。足を動かして唯奈を探す。
全然見つからない。そもそも秋葉原に来る機会なんてめったになく、土地勘が無い。もう探し始めてからかなり時間が経った。もしかしたら、もう電車に乗って家に帰ったのかもしれない。もしそうだったら、探すだけ無駄だ。もう秋葉原にはいないんだから。もう諦めるか?
「……いや、まだ探そう」
まだどこかにいる。そう信じてひたすら探すしかない。そう再び決心したその時。
「みーつけた」
背後から声が聞こえた。明らかに唯奈の声ではない。低くて太い声だ。
「悪いけど今ちょっと立て込んでてな。誰だか知らないけど、話はあとにして……」
そう言いながら声のする方を振り向こうとし、僕は思わず声を失った。
目の前にいたのは黒いフードをかぶった男だった。フードのせいで顔が良く見えない。その男は片手には銀色に輝くものが……ナイフだ。
「良かった良かった。やっと見つかった。俺の人生を台無しにしてくれた米谷くーん」
「……」
「もしかして、俺が誰か分からない? ひどいなぁ、忘れちゃうなんて。俺は……いや、わざわざ説明しなくてもいいか……今からお前は死ぬんだから」
まだ脳の処理が追い付いていない。誰だ? こいつは。このフードの男は。
それよりとにかく逃げないと。逃げないと殺される。さっきこの男は僕を殺す、そう言ったんだから。でも、恐怖で体が動かない。
「でも何もわからずに死んでいくのは流石にかわいそうだな。そうだ、俺の名前だけ教えておいてやろう。そうすればお前もあの世で俺が誰か考えられるだろうし……佐藤誠、それが俺の名前だ」
佐藤誠……だから何も考えるな。考えようとするな。考えるのは今じゃない。今は逃げるべき時だ。
体をもう一度動かそうと試みる……動かない。生死に関わるような事件に直面すると、恐怖で体が動かないというのはこういうことか。あれって本当だったんだな。実際に体験したくはなかったけど。
「さて、今日はお前が俺の人生を台無しにした記念日だ。お前の命日にはふさわしい日だな。それじゃあ……死ね」
そう一言言ってから男は走り出した。どんどん、僕との距離を詰めていく。
ダメ元でもう一度体を動かそうとするが……やはり動かない。年貢の納め時か。
あまりの恐怖に僕は目を瞑る。それでも音を遮ることができず、足音は消えない。死が近づいてくるのが分かる。
グシャ。生々しい音がした。しかし、不思議なことに痛みはない。僕は恐る恐る目を開く。
最初に視界に入ってきたのは男の姿……では無く、少女の背中だった。
「唯奈!?」
「あ、あぁ。間に合って、よかった、で、す」
バタン。唯奈は突然その場に倒れる。そして、やっとのことで僕は何が起こったのか理解した。
唯奈の腹にはナイフが突き刺さり、路上には血だまりができている。路上にできた血だまりはどんどん広がっていく。
彼女に命を助けられたのだ。
「チッ」
舌打ちをしてその場から男は逃げ出す。
「やっと、名前、呼んで、くれましたね。ずっと、君、としか、呼んで、くれなかったので。すごく、嬉しい、です」
「何で? 何で僕を助けたんだ! 僕は君を振ったんだぞ! それなのに何故!?」
「米谷さんのことが、好きだからに、決まってる、じゃないですか。それに……」
「それに?」
「メイドは、ご主人様のために尽くす、そういう、もの、なんですよ」
ガクリ。その言葉を最後に、唯奈は動かなくなった。
唯奈のことを疑っていた自分が馬鹿馬鹿しい。彼女は、唯奈は本気で僕のことが好きだ、そう言ってくれたのに。それに対して、何が裏があるかもしれない、だ。人を見る目が無さすぎるだろ。
突然、世界が止まった。視界に入るものはすべて──街行く人も、店の電飾看板も──見える限りの世界が、まるでフィギュアで作られた世界であるかのように静止していたのだ。
「間に合ったか、よかった」
そんな時間の止まった世界で、声がした。
目の前には一人の少年がいた。
唯奈に一足遅れて店を出た僕は迷っていた。
秋葉原はオタクの街。一日中たくさんの人でごった返しており、すぐに唯奈を見失ってしまった。どちらに行ったのか、全くわからない。
彼女がこのまま家に帰ってしまった、というケースも考えられる。それに、今は彼女を一人にさせるべきなのかもしれない。だけど、仮にそうだとしても。彼女を探し出さないといけない、そんな気がするのだ。
本当にどこ行ったんだ、唯奈。これじゃあ、探すにしても無理がある。唯奈が行きそうな場所は
「……考えるだけ無駄か」
手がかりはない。僕は彼女のことを何も知らないんだから。立ち止まっているだけ無駄だ。何も得られやしない。だから、とにかく走る。足を動かして唯奈を探す。
全然見つからない。そもそも秋葉原に来る機会なんてめったになく、土地勘が無い。もう探し始めてからかなり時間が経った。もしかしたら、もう電車に乗って家に帰ったのかもしれない。もしそうだったら、探すだけ無駄だ。もう秋葉原にはいないんだから。もう諦めるか?
「……いや、まだ探そう」
まだどこかにいる。そう信じてひたすら探すしかない。そう再び決心したその時。
「みーつけた」
背後から声が聞こえた。明らかに唯奈の声ではない。低くて太い声だ。
「悪いけど今ちょっと立て込んでてな。誰だか知らないけど、話はあとにして……」
そう言いながら声のする方を振り向こうとし、僕は思わず声を失った。
目の前にいたのは黒いフードをかぶった男だった。フードのせいで顔が良く見えない。その男は片手には銀色に輝くものが……ナイフだ。
「良かった良かった。やっと見つかった。俺の人生を台無しにしてくれた米谷くーん」
「……」
「もしかして、俺が誰か分からない? ひどいなぁ、忘れちゃうなんて。俺は……いや、わざわざ説明しなくてもいいか……今からお前は死ぬんだから」
まだ脳の処理が追い付いていない。誰だ? こいつは。このフードの男は。
それよりとにかく逃げないと。逃げないと殺される。さっきこの男は僕を殺す、そう言ったんだから。でも、恐怖で体が動かない。
「でも何もわからずに死んでいくのは流石にかわいそうだな。そうだ、俺の名前だけ教えておいてやろう。そうすればお前もあの世で俺が誰か考えられるだろうし……佐藤誠、それが俺の名前だ」
佐藤誠……だから何も考えるな。考えようとするな。考えるのは今じゃない。今は逃げるべき時だ。
体をもう一度動かそうと試みる……動かない。生死に関わるような事件に直面すると、恐怖で体が動かないというのはこういうことか。あれって本当だったんだな。実際に体験したくはなかったけど。
「さて、今日はお前が俺の人生を台無しにした記念日だ。お前の命日にはふさわしい日だな。それじゃあ……死ね」
そう一言言ってから男は走り出した。どんどん、僕との距離を詰めていく。
ダメ元でもう一度体を動かそうとするが……やはり動かない。年貢の納め時か。
あまりの恐怖に僕は目を瞑る。それでも音を遮ることができず、足音は消えない。死が近づいてくるのが分かる。
グシャ。生々しい音がした。しかし、不思議なことに痛みはない。僕は恐る恐る目を開く。
最初に視界に入ってきたのは男の姿……では無く、少女の背中だった。
「唯奈!?」
「あ、あぁ。間に合って、よかった、で、す」
バタン。唯奈は突然その場に倒れる。そして、やっとのことで僕は何が起こったのか理解した。
唯奈の腹にはナイフが突き刺さり、路上には血だまりができている。路上にできた血だまりはどんどん広がっていく。
彼女に命を助けられたのだ。
「チッ」
舌打ちをしてその場から男は逃げ出す。
「やっと、名前、呼んで、くれましたね。ずっと、君、としか、呼んで、くれなかったので。すごく、嬉しい、です」
「何で? 何で僕を助けたんだ! 僕は君を振ったんだぞ! それなのに何故!?」
「米谷さんのことが、好きだからに、決まってる、じゃないですか。それに……」
「それに?」
「メイドは、ご主人様のために尽くす、そういう、もの、なんですよ」
ガクリ。その言葉を最後に、唯奈は動かなくなった。
唯奈のことを疑っていた自分が馬鹿馬鹿しい。彼女は、唯奈は本気で僕のことが好きだ、そう言ってくれたのに。それに対して、何が裏があるかもしれない、だ。人を見る目が無さすぎるだろ。
突然、世界が止まった。視界に入るものはすべて──街行く人も、店の電飾看板も──見える限りの世界が、まるでフィギュアで作られた世界であるかのように静止していたのだ。
「間に合ったか、よかった」
そんな時間の止まった世界で、声がした。
目の前には一人の少年がいた。