メイド喫茶「アキバ絶対領域」

文字数 2,520文字

「1名様ご入域です、おかえりにゃさいませー!」
 一歩店内に足を踏み入れると、メイドさんに迎えられた。可愛らしい黒のフリル付きメイド服にサラサラとした黒髪ロング。そして何と言っても頭に乗った黒い猫耳。とにかく可愛い。
「ご主人様は初めてのお帰りですか?」
「ああ、はい」
「それではこちらをおつけください!」
 そう言って彼女は何かを差し出してきた。
 これって……
「……猫耳?」
 猫耳だった。彼女がつけているのと瓜二つの黒い猫耳。結構リアルで、フワフワしてる。
「これをつける? 僕が?」
「はい! 私たちは本来猫なので、ご主人様にご奉仕するときに猫耳をつけて下さらないと会話に支障をきたしちゃうことがあるんです!」
「それはちょっと……」
 メイド喫茶ってこういうことをさせられるものなの? まさか入店10秒で驚かされるなんてこれっぽっちも思わなかった。
 猫耳か……かなり恥ずかしい。たぶん、今付けたら恥ずかしすぎて気を失うまである。
 僕の記憶が間違っていなければ、猫耳をつけるのはこれが初めてではないはずだ。2年前の会社の忘年会で着けたはず。ただ、その時はかなり酒が入っていたけど。
 店内の他の客の頭部をちらっと見てみる。みんな猫耳をつけていた。強すぎだろ、客のメンタル。
「ダメ……ですか?」
 上目遣いがあざとい! 僕よりも少し低い身長がいい感じにあざとさを強調している。今までこの目で数々のご主人様を魅了してきた、それが一目で分かる可愛さだ。誰もこの上目遣いには逆らえないだろう。
「ダメ……じゃ、ない」
 結局、逆らうことの出来なかった僕は彼女に首を差し出す。
「それじゃあ、つけますね」
 彼女はそう言いながら、手に持っていた猫耳を僕の頭につけてくれた。
「……どうだ?」
「うわー! すっごく似合ってます! ご主人様素敵です!!」
「は、はは。そ、それほどでもないよ」
 我ながら、ちょっと褒められたぐらいで喜ぶなんて単純だな、そう思った瞬間だった。

 案内されて店内の端にあるテーブル席につく。
 店内はいたってシンプル。真っ白で清潔感がある壁が特徴的だ。
 席について少しすると、メイドさんがメニューを手に持ってオーダーを取りに来た。出迎えてくれた時と同じメイドさんだ。
「ご注文は何になさいますか?」
 首をかしげながら彼女は言う。いちいち、動作が可愛らしい! そうはいっても、あまりデレデレしすぎると、「あっ、こいつ気持ち悪い」とか思われかねないので、クールに注文しよう。
 差し出されたメニューを眺める。想像していたよりも結構たくさんのメニューがあった。例えば、オムライスでもトマトソース、デミグラスソース、明太マヨソース、ビーフシチュー、ホワイトソースの5種類のソースがある。メイド喫茶って、何と言うか、メイドがメインで食事自体はサブ、みたいなイメージがあったからちょっと意外だ。あくまでも喫茶店は食事をする場所、そういうことだろうか。
 眺めていると、セットメニューを見つけた。セットメニューだけでも1,2,3……11種類もある。本当に多いなぁ、メニューの数。
 あんまり注文に時間をかけるのもメイドさんにとって迷惑でしかないので、すぐに決めた。セットメニューの「萌え萌えフードコンボ」だ。ちなみにメニュー表には英語で「MoeMoeFoodCombo」と書かれている。最近食べている弁当に比べると当然値段は張るけど、ここはメイド喫茶。メイドさんで萌えられることを考えれば妥当な料金だ。
 さぁ、注文するものは決めた。あとはクールに注文するだけだ。
「そうだな……じゃあ、この……」
 無理だ。恥ずかしい。恥ずかしすぎる。「萌え」と一回言うだけなら少しも恥ずかしくないのに、二回以上続けると何故か無性に恥ずかしくなる。なんでだろう、本当に。
「この、『萌え萌えフードコンボ』をお願いします……」
「オムライスのソースとドリンクの種類はどうなさいますか?」
「デミグラスソース、カプチーノで……」
「『萌え萌えフードコンボ』のオムライスのソースがデミグラスソース、ドリンクがカプチーノですね……オッケーです! 307番卓、ねこじゃらし拾いましたー!」
 満面の笑みで彼女はそう言い、キッチンの方へ歩いて行った。あー、何とかやり切った。すごく恥ずかしかった。入店してきたときも思ったけど、本当に客のメンタル強すぎ。
 他の客の様子を見てみる。みんな、すごく生き生きとしている。すっかりメイドさんと顔馴染みの人もいるみたいだ。いいなぁ、この空間。皆が心から楽しんでいる感じ。メイド喫茶で癒される、と言っている人の気持ちが少しわかった気がする。やっぱりこういうのは、実際来てみないとわからない。
 店のドアが開いて、一人の男性客がやって来た。僕と同じで来るのが初めてなのか、オロオロしている。メイドさんに猫耳をつけられ、デレデレしながらも、恥ずかしそうにキョロキョロと周りを見回しながら席につく。そして少しすると、メニューを持ったメイドさんがやってきた。さっきから本当にデレデレだな、あの客。さっきまでの自分を見ているような気分だ。メニューを眺めて少しして、彼は注文するものを決めたらしい。何を頼むんだろうか。他人のことだけど、少し興味がある。
「……じゃあ、これを」
 メニューを指さしながら彼はそう言った。
 ……わざわざメニュー名を口にする必要なんて無かったじゃないか!

 以下省略。だってここで話すには少し、いやかなり恥ずかしい。自分がデレデレしている様子を進んで説明できるほど僕のハートは強くない。
 ただこれだけは話しておこう。会計を終え、アキバ絶対領域を出た時のことを。
 アキバ絶対領域を後にして、レシートを財布にしまおうとしたその時、
「あれ?」
 レシートの裏に何かが書いてあることに気が付いた。見てみると可愛らしい丸文字でこう書かれていた。

『米谷さんへ
 明日の9時に秋葉原駅前に集合です! 絶対来てくださいね!
(もちろん、午前の9時ですよ!?)
唯奈より』

「……は?」
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登場人物紹介

米谷


 25歳会社員。昔、とある出来事があったせいで友達・恋人共にゼロ。

 仕事尽くしの人生に癒しを求めている。

唯奈


 アキバ絶対領域で働いている女子高生。

 主人公に思いを寄せるがその正体は……

真緒


 唯奈のバイト仲間。唯奈のことが大好きで、唯奈に彼氏ができるのを恐れている。

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