3夜

文字数 648文字

 十七世紀、雲の中から恋人の腕の中へ。
 二メートルほどの台からの危険なジャンプする彼女はこの演目で命を落とすに違いないと、あるイギリス人はその瞬間を見たいがためにオペラ座に通い詰めました。



 ふわっと 準 備(プレパレーション)
 左脚を後ろに引いて(4番ポジション)右膝をあげて右に回転(ピルエット・アンドゥオール)から、左脚を後ろに引いた着地(4番ポジション)
「おおっ」
 スマホを構え、彼は大袈裟に声を上げました。
 学校の屋上。そのさらに上、禁止と書かれたステップを登ってたどり着いた塔屋の上に私たちは立っています。
 私は首を傾げました。
「地味すぎない?」
「あれやってみて。片足を後ろに上げて立つやつ」
「アラベスクかな」
 まっすぐに左脚を後ろへまっすぐ伸ばし、上げる。
「膝を曲げて、もっと上に」
「アティチュードね」
爪先立ち(ポワント)で。えっと、とにかく回るよ」
 彼は私の手を取って中腰になると、私にカメラを向けたまま右に回り始めました。
 三回転ほどして、すぐに撮影をやめます。二人して笑いながら競うようにステップを降ります。授業と授業の合間、休み時間は十分しかありません。
 授業中、最初に送られてきたのは青空を背景にしたそのままに近い映像。次に送られてきたのは海の底のような暗闇を背景に、明暗を際立たせた映像。狂恋夢(ポリフィリ)の一場面に似ています。
 今度は昼休みです。カメラと踊るようにして撮影を終えた私は、笑顔を残してトンと塔屋から飛び降りました。
 見上げると、青い顔をして下を覗き込んだ彼と目が合います。
「撮り損ねた」
 浮かぶ汗の玉。胸のドキドキ。
 わずかな憂鬱(メランコリア)と深い(マニア)が宿った瞬間でした。

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