11夜

文字数 1,540文字

 痛みを感じる夢は特別なのです。


 透明なボードに、白いマジックで現在地を書き込みました。
 7月17日。その隣には夢。
 真っ直ぐに引いた時間に流れに、私は未来を繋げていきます。
「私たちは夢の中で未来を体験できるの。その日まで毎晩未来の夢を見るから、いろんな行動を試すことができるんだ。だから、世界中の魔女が今日も原因を探ってる。権力者とか大金を動かせる人とか、政府の重鎮から信頼されている占い師もいて、それなりのことができるんだけど。それなのに何もわからないって、だから起こらない可能性もあるかな、なんて思っているの。お母様も地球が滅亡してもしなくてもいいように、好きなことをしなさいって」
「夢の中で俺は何してる?」
「映画撮ってる」
「ちょっと意外。自分で言うのも変だけど。現実感がなくて。俺だけが死ぬならさ、なんで!ってもっとうろたえたかもしれないけど、みんなが死ぬってなると、怒ることもできないっていうか。俺はもっともっと映画が観たかったって思っちゃうな。カレラ監督とかなら、まだまだ撮りたかったて思うのかも」
 私はちょっとだけ笑います。
「美しいのは最初だけ。7月22日深夜。火球が降り注いで、みんな流れ星だと思って楽しんでた。それらは全部人工衛星で……。地球の周りを飛んでいる衛星が全部落ちてきて、燃え尽きるの」
「確かに何者かの攻撃って考えたくなるね」
「日付が変わるころから、徐々に重力が弱くなっていくんだけど、昼過ぎには結構な速度になってて、多分二日くらいで死んでしまったと思う」
「すごい加速だね。とんでもないエネルギーだ」
「赤道上だと一時間で一回転の速さで重力と遠心力が釣り合うらしいけど。酸素が薄くなって気温も下がるから、対策しないとすぐに気を失ってあとは放り出されるだけ」
「身体が浮き上がった?」
「跳ねるようにして歩いたところまでは覚えているけど、頭痛が酷くなって、吐いたり、寒さで震えてとにかく辛かった。建物が軋む音が怖くて、地面が崩れる音がし始めた後、だんだんと音が弱くなって、呼吸も苦しいし、人の話し声も聞こえなくなった」
「生き残った人はいないのかな?」
「国際宇宙ステーションも飛び去ってしまったって……。世界が壊れていく夢が、二人で作った映画だったら良かったのに。でもね。美しくなくて。ああ、これは映画じゃないなってわかるの」
 私はイメージを書き出します。
 残骸に打たれた身体は痣と血に塗れ、止まろうと伸ばした手にはボロボロの爪。音のない寒さに襲われて、空で溺れるのです。その日砂漠は海となり、木の葉を散らして木々は飛び、山は砕け、空を抱擁しそうなほどに膨らんだ大洋には、哀れな生命が満ち、ものすごい速さで朝と夜が世界を明滅させます。
 彼は組み合わせていた指をときました。
「俺だったらそうだなーー」
 彼が夢の中での原因究明の戦いと、現実における映画撮影を交互に並べ始めました。
 カットバックで凄惨な夢とファンタジックな現実を対比します。
 彼はAIアシスタントを使ってスラスラとコンテをかき上げていきました。
 回転速度の上昇を抑え、重力が弱くなっていく世界の軽やかさを強調した世界。崩壊はゆっくりと確実に忍び寄り、主人公は瓦礫を掻き分け、恋人の手をとり、天へと昇っていきます。現実の世界では激しく猥雑な崩壊が人々を飲み込み、軽やかな空気と死出の道行が悲しく交差します。
 彼は言いました。
「やっぱり、崩壊を生き延びるよりも、安らかな死に方を探しちゃうな」
 私にも案があります。
「ならバスルームがいい! 私、棺は浴槽で良いって本気で思ってるんだ。広ーいお風呂で。露天風呂みたいなタイプじゃなくて、ラグジュアリーなホテルの長いバスタブね。寝そべれるくらい大きなお風呂!」

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