12夜

文字数 671文字

 一生を終える時、人は初めて夢から醒めるのです。


 破滅の前触れはどこか美しいものです。
 流れ星が降り注いだ翌日。
 世界中が湧き立ち、専門家が真っ青になる中、私は彼の家にいました。重力がはっきりと弱くなって歩行に支障が出るのはお昼頃です。
 お母様の睡眠薬を渡すと、彼は浴室を案内してくれました。
 長い浴槽を見て私は歓声を上げます。
 本当のお風呂は丸くてジャグジーがついていますが、ここでは細長いバスタブが何よりも現実らしいのです。
 湯船には細やかな配色で、花が浮かべてあります。
 建物の軋む音が続く中、彼は最後の仕上げに悩んでいました。
「入浴剤どれがいいかな」
「いらないよ。このまま。ミレーのオフィーリアみたい」
 服を着たまま、浴槽に横になります。
 両手を広げて、私は彼を待ちます。
「重くない?」
「今日はね」
 特別な状況に鼓動が高まります。
 遠慮がちに横になる彼を、私は後ろから抱きしめました。
「死んだ後も夢を見れたらいいのに」
 早くも眠気がやってきて彼の手から力が抜けていきます。
 私の頭は冴え冴えとしていました。
 まどろむ顔は幸せにも似て、死にも似ています。
 私は彼の耳に噛みつきました。血が出るまで強く。
「痛い……」
「ねぇ、宇宙人も夢を見ると思う?」
 わずかに開かれる目。
 私は起き上がって、腕の中の彼に告げました。
「世界を救ってくるね」
 彼の眠りが深くなっていきます。
 寒気と共に目覚めた時、あなたは探しに行くのです。
 右耳をさすりながら。
 夢路を辿って会いにきて。
 余生のその先で。
 あなたはもっと映画を撮りたかったと言って死ぬのよ。
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