8夜

文字数 1,325文字

 映画館は暗く、視覚と音が支配する超自然(ヌ ミ)的へ()の畏怖(ース)の祭場なのです。


 金曜日。彼は部屋に飾られているフィギアを指しながら言いました。
「記念碑的なストップモーションアニメなんだ」
『マグナ・スペルステス』
 竜の生贄にされることが運命付けられていたニヨは一人の青年と出逢います。幼少より怪力で名を馳せ、長じて神力と評されるほどの業を身につけたカオでした。
 盗賊を討ち、鬼を倒し、あらゆる暴力や権力から自由となったカオは村人を励まし、竜の討伐を請け負います。
 雷雲と共に現れた竜に、カオは問いかけました。
「竜よ! 何故人を喰うのだ!」
「世界は我が創った。我のモノを喰らう。汝等(うぬら)がかまうことではない」
「竜の作りし世界で、食い扶持をこの手で刈り取ってきたように、お前の命も我が物としよう!」
 死闘の末、竜を倒したカオ。虫の息で竜は言いました。
「愚かなり。我は世界そのもの。我がいなくては世界は形を失うばかりぞ」
 言葉通り大地は裂け、空は轟き、星が降り始めました。
 世界存亡の危機に、カオは風よりも疾く駆け抜けます。崩れる山々を像を駆使して踏み固め、割れる地面をヘビで縫い上げ、渦を巻いて流れ落ちる海を、亀の甲羅で受け止め、足場を失って戸惑う巨人に天蓋を砕いて与え、空気の精に星を集めさせました。
 押し叩き、繋ぎ止め、失くした物を補い、神もかくやの活躍を見せたカオでしたが、世界の崩壊を防ぐことはできませんでした。
 わずかな雲をたたえ、平たくなった地球から青い水が滝となって逃げて行きます。
 見知った町はとうに流され、親しい人々も闇に消えてしまいました。どうにか守り切ったニヨ共々、あとは死を待つばかりです。
 神をも越えようとした己の傲慢さを嘆くカオに、ニヨは言いました。
 あなたは神になると。
 するとカオの肌に鱗が生え、光を発し始めました。少しずつ身体が大きくなり、竜へと変わっていきます。
 世界を再建する希望が見え始めたカオに、ニヨは優しく説きました。
「あとは私を食べるだけです。どうか世界を救ってください」
「それはできない!」
 乾いた大地は剥がれるようにして見る間に小さくなっていきます。
「このままでは皆死んでしまいます。魂は死にません。降り立つ大地があるならば、再び巡り合うでしょう」
 焦りと悲しみ、世界を失う恐怖とニヨを失う恐怖がせめぎ合うなかで、竜の身体は人を求めています。
 次の瞬間には、カオは大口を開けていました。
 匂い立つような水音が聞こえます。
 竜の周囲から雨雲が湧き立ち、激しい雨が大地を潤し始めました。なおも勢いは止まらず、大地をかき混ぜます。闇をも抱き込み、世界が開かれていきました。
 こうして作り直された世界には、雨雲を引き連れた龍が君臨しています。
 ヘビで大地を縫い上げるようなファンタジーと容赦のない世界の崩壊が織りなす映像はクラクラするような鮮烈な体験でした。
 彼は興奮しています。
「古代の宇宙神話を織り込みながら徹底して世界の崩壊を見せているんだ。ミニチュアセットだとどうしても大粒になってしまう水の表現も革新的で、怖いくらいに手間がかかってるんだよね」
「何年かけて作ったんだろう?」
「18年。別の仕事しながらだけど、やばいね!」
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