6夜

文字数 875文字

 映画はまさしく起きて見る夢なのです。


 水曜日も、私は彼のお家に映画を観に行きました。
『グッバイ・シアター』
 目が覚めると、そこは価値観が変わった世界でした。
 大学生のウィルは映画監督を目指しています。幸運なことに、尊敬する映画監督のベックリンに目をかけられていました。夏休みに入り、ベックリンの撮影現場で美術スタッフのアルバイトをしていたある日、変化は起こりました。
 ウィルは昨日の撮影と何もかもが変わっていることに気がついて困惑します。
 セットも衣装も簡素で、撮り直しも極端に少なくなり、エキストラはスッタフが動員されています。
 何より、映画館がなくなって久しい世界になっていました。
 赤の他人のホームビデオのような質感。
 荒く撮っているのは、視聴環境が激変したせいでした。
 仮想現実のよる没入型の鑑賞に特化した映画、『メタニア』は多くの人間を虜にし、映画の中にその魂を閉じ込めました。
 鑑賞後、離人症にかかる人間が続発し、異様な自殺率の上昇が社会問題となったのです。
 映画の技術を極めた先にある事故でした。
 映画界は人の心を魅了しすぎないギリギリを探る戦いの最中にあったのです。
 ハードの進化によって引き起こされた人体面からの制約。
 2Dのスクリーンに回帰すれば良いのだと意気込んだウィルは、3Dを2Dに変換した映画の調整を行うアルバイトに精を出しました。しかし、喜ぶのは映画ファンばかりで、解決には程遠いことを思い知ることとなりました。
 このままでは映画館文化が途絶えてしまう。
 ウィルは覚悟を決め、新しいメディアに飛び込んで行きます。
 新しい没入型映画の研究に明け暮れるウィル。
 ある日目を覚ますと、そこは以前の世界でした。賑わう映画館に駆けつけたウィルは、やがて失われるという悲しみを噛み締めて、映画館へ入っていきます。
 映画館で見たい映画ではあるんだけどと、彼は困った顔で言いました。
「個人的にすごく怖かったんだよね。こんなの間違っているよっていいたくなる世界っていうかさ。でも、導入はファンタジーなのに、現実でも起こることなんだよね」

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