松本清張小説の原点
文字数 1,700文字
今、ここに、母ちゃんが読みなさいって寄越した、芥川全集の5巻目の分厚い本の中の、歴々の芥川賞受賞作品の中から、「或る小倉日記伝」の年度を観ているけど、昭和27年上半期に成っているよ。
昭和27年って、今から70年前じゃないか!
なにが、母ちゃんが生まれる45年前の作品だよ。
母ちゃん、今、25才 なのかよ。
大きくサバの読み過ぎだよ!
啓太、お前の手元の芥川全集を読めば判る事だけど、「或る小倉日記伝」は第28回の芥川賞を受賞しているけど、審査委員全員に強く押されて、賞を取った訳じゃないよ。
強く推したのは、川端康成と佐藤春夫の二人だけで、後の審査委員は、そんなに強くは推してないよ。
だけど母ちゃんが、この作品を啓太に強く推すのは、この本を書く松本清張の素晴らしい動機が気に入っているからだよ。
その原点が、この「或る小倉日記伝」だよ!
他の人が、如何言おうと母ちゃんは、松本清張が素晴らしい作品を生み出すエネルギーは、過去の動機だと思っているんだよ。
或る小倉日記伝の、或る、とは、森鴎外の事だよ。
偉大な軍医で著名な小説家 森鴎外が過去に小倉に滞在していた痕跡の、日記が紛失していたんだよ。
小説は主人公の青年、田上耕作が、森鴎外の小倉での痕跡を追う姿を、浮かび上がらせているけど、母ちゃんには、影で、松本清張の姿も浮かび上がったよ。
啓太には、この本の動機と清張の持つ動機を浮かび上がらせて、読んで欲しいんだよ。
殺人犯が犯行に至る動機が、過去に被害者から飛んでもない虐待を受けていたとか、身内の者が酷い仕打ちを受けていたり殺されていたりとか、最後に凄い動機が明かされる小説は多数在るけど、この小説の主人公の青年が、森鴎外の小倉での痕跡を執念を持って追い続ける動機は、全然大した動機じゃないんだよ。
だから反対に、母ちゃんにはインパクトが強かったんだよ。
清張、凄しと思ったよ。
それと、お前に、この本で注目して貰いたいのは、森鴎外の小倉での痕跡を追い続ける、主人公の青年は、学者でも教授でもない一般市民というより、体の不自由な身障者だという事だよ。
言葉も上手くしゃべれない青年が、小倉を足を引きずりながら歩き続けて、森鴎外の事を知っている人に苦労して会えても、軽蔑な目で見られて相手にされないんだよ。
学者でもない、体の不自由な青年が、苦労して森鴎外の痕跡を調べまわる事に、何の意味が在るのだろうか? 物語の骨子だよ。
松本清張は、40歳を過ぎてから文壇にデビューしたんだよ。
しかし、その以前は小倉で、祖母と奥さんと子供の家族を抱えて貧乏生活をしていた筈だよ。
その時に、朝日新聞の小倉支社の印刷工の属宅社員の募集に、藁をもすがる気持ちで受けて、受かったんだよ。
その時代に、エリート朝日新聞社の中で、学歴の無い、観目麗しくない清張が、どの様な迫害を受け孤独感を味わったのかを、母ちゃんは、この小説とタブらせて想像したよ。
清張は、この時代に学者でもないのに、九州の考古学の研究に没頭しているんだよ。
母ちゃんは無理にとは言わないけど、啓太が、夕飯を毎日食べ続けたいなら、この本は読んだ方が良いと思うよ。