第16話 侍気質(さむらいかたぎ) その2

文字数 1,815文字



「異論はないようじゃな──」

 全員が頷いた。三郎朝盛以外の男たちは義盛の目を見つめ、次の言葉を待っている。

「決起するからには勝たねばならぬ。滅ぶために戦うのではないからな。しかしそのためにはしっかりとした準備が必要じゃ」

「まず味方を集めなければならぬが──」

 朝夷奈(あさいな)三郎義秀が口を開いた。三郎義秀は和田一族随一の猛将で、北條義時に対する第一の主戦派である。泉小次郎親衡の陰謀が発覚した時、三郎義秀は自分の所領に滞在していて反乱計画には関わっていなかったが、もし鎌倉にいたら急先鋒の一員になっていただろう。

「しかし先日の泉小次郎殿の例もある」

「さようじゃ。少しでも北條義時やその一族に好意を持っている者には声を掛けぬよう、気を付けなければならぬ。今の段階で敵に気付かれたら元も子もないからな」

 義時に挙兵計画が漏れたら、泉小次郎事件の時のように個別撃破されて実行には移せなくなる。義時の家来に屋敷を急襲され、捕縛、監禁された四郎義直と五郎義重は、互いの目を見て大きく頷いた。

「しかし、それでは兵が集まらぬのではありませぬか」

 六郎義信が左右を見ながら声を上げた。六郎義信は義盛の六男で当年二十八歳、左衛門尉の官位を持っている。長男の左兵衛尉常盛とは十四歳の差があり、すぐ上の五郎義重とは六歳の差である。なお義盛には六郎義信の下にさらに二人の男子がおり、七郎秀盛はこの時十五歳、一番下の子はまだ十五歳未満である。この少年はのちに杉浦八郎義国と名乗り、近江杉浦氏の祖となる。

「三浦党がおるだろう。三浦党だけで八百騎は下るまい。その他に三浦と懇意の侍は当方に付くに違いない」

 三郎義秀は壮年の弟にチラッと目をやって言った。

「そうでござりましょうか」

「そうだろう」

「横山殿はどうじゃ? 一味してくれるのではないかと、わしは少々期待しておるのじゃが?」

 義盛は、和田一族ではない男に目を向けた。

 古郡(ふるごおり)五郎保忠(やすただ)という名前のこの男は横山党の一族で、保忠は兄の古郡左衛門尉経忠(つねただ)が地頭をしている甲斐国都留郡(つるのこおり)波加利荘(はかりのしょう)(山梨県大月市付近)に住んでいる。彼はさつきの葬儀の後も義盛の屋敷に逗留していた。

「総領の右馬允は、和田殿が()つ際には必ずお味方仕る、と申しておりまする」

「左様でござるか、かたじけない」

 期待通りの返答に、義盛は微笑を浮かべ、心持ち頭を下げた。

「して、横山殿はいかほどの人数を集められるのだろうか」

 義盛は内心で、

 ──横山党からは、千騎ほども馳走してくれればありがたいのだが。

 と思っている。

 そんな義盛の心を見透かしたのか、保忠は軽く笑みを浮かべた。

「一族郎党すべてを連れてまいると、三千騎ほどにはなろうかと思われます」

「三千騎──!」

 和田一族の男はみな仰天し、目を剥いた。

 後世の戦国時代や江戸時代初期では、所領規模二万貫文または一万石ほどの領主が動員する兵力は、三百人ないし四百人で、そのうち馬上の侍が百人程度となっている。たとえば、戦国時代の後北条氏が配下の武士に求めた兵力は、二十貫文につき三人ないし四人で馬上一人、江戸時代初期に大名が命じられた動員兵数は、百石につき四人程度である。

 この基準だと騎馬兵三千人といえば三十万石ほどの国持大名と同規模となる。横山党の領地は「牧」が多く軍馬の生産が盛んな地で、誰にでも馬に乗る能力があるので、領地の大きさに比べて騎馬兵も多いのかもしれないが、それにしても驚異的な人数である。

「いや、驚いた!」

「これは心強いではないか。三浦党は全員集めれば千騎ほどにはなるだろう。我らも含めて総勢四千騎以上ならば、あえて他の御家人に声を掛けるまでもあるまい」

「四千騎の侍が鶴岡八幡宮にでも集結すれば、義時などはシッポを巻いてどこぞやに退散するのではなかろうか──」

 ざわつきが収まってから義盛は両手を床について、深々と頭を下げた。

「右馬允殿にはよしなにお伝えくだされ。和田左衛門尉義盛、感涙に耐えられぬほど感激しておると」

「お顔をお上げくだされ。右馬允は親戚として当然のことを申し上げておるだけでござります」

 義盛は頭を上げて湿った目頭を直垂の袖口で拭い、そして一同に宣言した。

「──決起はひと月後とする。鎧冑や弓、薙刀、鉾などの武具はしっかり手入れをして、矢も十二分の数を用意しろ。よいか」

「はは──!」

 男たちは一斉に一礼し、立ち上がって部屋を出て行った。

 その足音は、いつになく勇ましい。


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