第39話 決裂 その3

文字数 2,246文字



 実朝は睨みつけるように宮内を見つめている。それを視界の隅に捉えながら、義時はさらに質問を重ねた。

「宮内殿は謀反のためだと申すか」

「はい、それがしはそう受け取りました」

「なぜだ?」

「実はこのはなしには続きがございます」

「続き、とな」

「はい。……左衛門尉殿の話はそのあと特段のものはなく、いくさ働きなどの昔話を聞かされるだけで終わりましたが、それがしが席を立ち、侍所から中門の方へ向かっていると、そこには──」

「そこには? 何か特別なものでもあったのか?」

 宮内は義時の問いに大きく頷いた。

「ありました。ふと前方に不穏な気配を感じ、それがしの前を歩く左衛門尉殿の肩越しに覗き見ると、中門廊には朝夷奈三郎義秀や和田五郎義重、古郡五郎保忠ほか十数名の(つわもの)が列座しておりました」

「なに、十数名のつわもの?」

 義時は驚きの表情を作って宮内に訊いた。

「その者どもは廊下に列座をして、一体何をしていたのだ?」

「何をしていたのか……、もしかしたら、それがしを待ち伏せていたのかもしれません」

「待ち伏せ?」

「彼らは鎧直垂に萎烏帽子といういでたちで、左腕には籠手を着け、それぞれの傍らには甲冑や、矢を入れた(えびら)、さらには太刀と弓も置いてありました」

「鎧に兵具とは、いまにもいくさに出ようかという姿ではないか。しかし、武士の棟梁鎌倉殿の上使たる宮内殿に、もののふとして敬意を表し、見送るために、さような格好をして並んでいたのではないか?」

「いえ、それはありません」

 宮内は義時の顔を見て断言した。

 その真面目くさった顔に義時は、

(この小僧もなかなかの演者だ──)

 と思い、思わず吹き出しそうになったが、腹にぐっと力を込めてそれに耐え、さらに宮内に訊いた。

「貴殿はなぜそう言い切れる?」

「かの者どもは、穏やかならぬ気色でそれがしを睨みつけておりました」

「ほう、穏やかならぬ気色であったか。それで?」

「それがしがその前を通り過ぎる時には、みな太刀を引き寄せ、今にも斬りかからんばかりに中腰になり……」

「なに! 太刀を?」

 義時は鋭く叫ぶように言い、腰を浮かせた。彼の視界の隅に映る実朝は、石像のように固まったまま宮内を見つめている。

「鎌倉殿の使いである貴殿に、か? それはすなわち鎌倉殿に向かって太刀を振るうのと同じではないか」

「その時それがしは、前に左衛門尉殿、後ろは左兵衛尉殿に挟まれていて、従者や馬は中門の外に置いたきり、さすがにもはや命はないものと覚悟いたしました」

「侍たるもの、いつでも命を投げ出す覚悟は必要だが……」

 義時は、実朝に聞こえる程度の音量でそう呟くと立ち上がり、実朝のすぐ目の前まで進んで言った。

「上さま、お聞きの通り、和田左衛門尉義盛の謀反はもはや間違いございません。手遅れになる前に、我が方も手当てをいたすべきでございます」

 実朝は決して暗愚な男ではない。だが義時と宮内が演じる真偽ない交ぜの狂言を、狂言だと見破るだけの情報を持ち合わせてはいない。

 実朝は大きく溜息をつき、脇息を自分の前に動かし、それに両肘をついて、頭を抱えた。

「余には分からぬ、なぜゆえに謀反などを……」

「さようなことを申されておりますと、後手に回って痛い目に遭いますぞ」

「………」

 義時は苦悶の表情で頭を小刻みに振っている実朝を一瞥し、南庭に面する濡れ縁に歩いた。

 南庭の端では、金窪行親と安東忠家が片膝をつき、畏まった姿勢で控えている。その二人に向かって義時は言った。

「鎌倉殿の命である。御家人どもの屋敷を回り、一大事が出立したゆえ、今すぐ御所に集まるように、と伝えよ。危急の案件である。その方二人だけではなく、いま侍所にいる者すべてを使い、手分けして回れ」

「ははっー、畏まりましてござりまする──」

 金窪と安東は走り去った。

「上さま──」

 義時はその姿を見送ることなく母屋に戻り、実朝の前に坐って、青い顔で何かをブツブツと呟いている実朝に言った。

「追っつけ御家人たちが参ります。彼らが集まったらお言葉をお掛けになってくだされ」

「言葉……。何を掛けよというのだ……」

「むろん和田左衛門尉謀反のことでございます。謀反は必定、この上は各々いくさに備えて兵具を整え、我が命を待て、と」

「余にはさようなことは言えぬ……。左衛門尉が謀反を起こすとは。余には信じられぬ」

「上さま。武士の棟梁たる鎌倉殿がかような体たらくでは、御家人どもが笑いますぞ」

 義時は冷徹な視線を実朝に注ぎつつ、右手で膝を打った。

「相州殿」

 これまで無言で義時らのやり取りを聞いていた大膳大夫中原広元が口を開いた。

「御家人どもには、貴殿が申し渡しをいたせばよろしいのではないか」

「それがしが、でござるか」

「いかにも。鎌倉殿が言いたくないとおっしゃられるなら、執権であり、侍所の支配役でもある貴殿がその代理をいたすのは道理であろう」

 義時は困ったような顔をして腕を組み、下を向いた。

「相州殿、貴殿以外に適任者はおらぬぞ」

 広元は微笑を交えて義時に言った。

「……各々方はそれでもよろしいのであろうか」

「よろしいに決まっておる。のう皆の衆」

「むろんでござる」

「当然じゃ」

「上さまはいかがであろうか」

 この場にいる全員の視線を感じた実朝は、うつむきながら投げやりに言った。

「……そちに任せる。良きようにせよ」

「分かりました。それではそれがしが上さまの名代として、御家人たちを差配させていただきまする……」

 義時は両手を床について頭を下げた。その顔は、笑みに溢れている。


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