12話:帝都メトロ内殺害予告妨害戦

文字数 2,613文字

 爆発から逃れるように、虎太郎、みる、ダフネが見る光景は万華鏡のように移り変わる。

 虎太郎は人が回転しているのか世界が回転しているのか判らないままに、その勢いから振り落とされないよう強くグリップにしがみついた。

 みるの乗る車椅子が虎太郎の身体を物凄い勢いで連れて行く。彼女もまた志朗のようにたった一晩の戦闘経験しかないと言うのに、まるで手加減していないダフネと既に並走していた。

 やがて移り変わる世界観がひとつに収束し、彼女たちはそのまま強い光の源へと突っ込む。飛び出したそこは帝都駅の改札だった。

「――」

 みるの車椅子とダフネは自動改札機の数十メートル手前に現れた。

 その車椅子と尾びれは壁にピッタリと張り付き、人々の往来の数メートル真上を飛ぶ。

 往来の驚く声を受けながら、金色の轍がやがて改札のすぐ真横にまでたどり着くと、みるの車椅子はそのまま勢いを殺すことなく二回転半ひねりしながら改札の内側に飛び込んだ。

 自動改札機のほんの十センチほど高いところを跳ねた瞬間、彼女がなにもしていないにも関わらず改札のゲートが開く。まるで料金は事前に受け取っていると言わんばかりの反応だった。

「虎太郎くん行くよ!」

「うぉおおおおおおおおおおおおおッ!?」

 今度は虎太郎が情けない声を上げるほどの鋭角ドリフト。そのまま人魚と金色の轍は、階段を飛び降りホームへ降り立つと、迷うことなく線路の数メートル上を走った。



 暗く、辺りを照らすものがなにもない線路。ただ、金色に光る轍は光源としては申し分なく、三人の針路を明るく照らす。

「……フン、貴様……

改札の手前側になるように異世界転移した(行った)だろう。もしゲートが開かなかったら切符を買いに戻るつもりか」

 人の往来がないところを走るようになると、並走するダフネが話した。
「はい、私は切符を持っていませんし、無賃乗車扱いでホームまで来たくはなかったので。でもダフネさん、それを見越して虎太郎くんにお金を払わせましたよね?」

「貴様の愚直さなど想定の範囲内だ。もっとも、殺人犯を追い掛けて本来線路の上を飛ぶことの方が問題視されるべきだがな」

「それは、この先に日向くんがいるようですから」

 みるはダフネから詳しい説明を受けた訳ではないが、先ほど虎太郎が城内に入る際に払ったゴールド(お金)が、自動改札のゲートを開く為に作用したことはわかっていた。

 聡が蓄える魔力(マナ)の位置は、既に代田の位置と一体化し、どんどん遠ざかっている。地下鉄に乗っていると見受けられる。そしてこうなることはダフネが予想していた通りであった。

日向聡(あの男)がそれほど大事か」

「えぇ、日向くんはお姉ちゃんを知っていますから」

 悠長に話している場合でないことを三人は重々承知してはいたが、それでもみるには秘められた強い想いがあったし、ダフネもその葛藤をザグコードから理解はしていた。

 みるはこのとき、ダフネが自信の葛藤について見抜き、それを気遣って話さずにいてくれていると理解していたが、それでもなお自らの葛藤について話さずにはいられなかった。



「私は……お酒に酔っ払ったお父さんから車に轢かれ、下半身不随になりました」

「お父さんはそのとき会社の車に乗っていて、私は事故に遭ったとき、自分がお父さんの運転する車に轢かれたとわかりませんでした」

「でも救急車を呼んでくれたお姉ちゃんは、そのとき私が誰に轢かれたかちゃんとわかっていて……

、お父さんは警察に突き出されました」

「そのときお姉ちゃんがお父さんを通報しなかったら、私は、私のことを酔っ払って轢いた人と、この先も一緒に暮らさなければならなかったんです」

 ダフネは優しさで、そのことをみるに話さずにいた。

 しかし、みるはその優しさを理解し、更にその先を見ている。

 今日のみるの声色は淡々としていていつも通り。しかしその意思の強さが言葉の重みに詰まっていた。

「私は恐らくもう、この足で動くことはできません」

「だから、私はお姉ちゃんを助けたいんです」

 姉がどこかで困っているのであれば姉を助けたいし、自分自信も姉を欲している。みるは、来久がある日突然行方不明となったことを、大きな葛藤として抱えこの半年を生きてきた。

 生きているのか死んでいるのかもわからない。何故いなくなったのかもわからない。来久は大事な人だった。

「しかし……仲間想いなのかと思いきや、案外貴様らも冷徹だな。懸命な判断であったが。爆発に巻き込まれた仲間を置いていくとは」

 ダフネはすこし強引に話題を変えた。想いの強さをわかっている分、感傷に浸っていては冷静ではいられない。俯瞰で見て別の話題に切り替えた方が良いと感じていた。

「馬鹿言うなよ、糸田あのとき言ってただろ。聞こえなかったか?」

『――大丈夫! 虎太郎くんたちは先に!』

 爆発のなかから聞こえてきた志朗の声に煽られて、三人はその進む方向を改めなかった。

 いまなおコウと志朗はスカベンジャーと戦っているだろうが、加勢している場合ではない。誰かが聡を追わなければならないのだ。

「フン、世話をする相手が減って嬉しい限りだがな」

「っつーか自分だって、コウが日向を掴まえることを最優先にするって言ってたのに同意してただろ。忘れたのか?」

「馬鹿言うな。忘れる訳ないだろう」

 区切って、ダフネは言う。

「ただ、驚きはしたがな。貴様たちがそこまで日向聡に熱心だったとは……」

「それは、そうですよ」

 応じたのは、みるだ。

。私たちなんかに日向くんの考えていることなんて、理解できる訳がないんです。頭の良いコウちゃんでさえ。ダフネさんでさえ」

 みるは、躊躇なく聡のことを天才と称した。

「フン、独りよがりの無鉄砲だろうが」

「いえ。そう見えるかもしれませんが違うんです。いまも私たちは日向くんを追い掛けているんじゃない。日向くんに追い掛けるように仕向けられて、

んです」


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

日向聡(ひゅうが そう)【主人公】

藤原西高校が誇る天才。全国高校学力テストで満点を取得し、陸上記録会では新記録を乱発、球技大会で全打席ホームランを放ち、その実績に裏付けられてか、高校二年生だと言うのに生徒会長に鎮座するカリスマ。

突如学校に眼帯をして現れるようになったが、その目の秘密については誰も知らない。異世界が人の数だけ存在していると言う事実に触れて以来、魔法・魔術・能力を駆使しながら77億の異世界を奔走する。一行に能力を分け与え、自分の葛藤にしがみつけと命じるも以来姿を消す。

黒咲コウ(くろさき こう)

藤原西高校が誇る秀才。人呼んで女版日向聡。校内で聡の言うことを唯一理解できる者と呼ばれる。聡と同時期から生徒会副会長に鎮座し、学内ではその性格の悪さゆえ恐れられている。信念が強く高い実行力を持つ。

その実態は人殺しの娘であり、それを一部の世間に知られることで不遇な生き方を強いられてきた。実は良い人として扱われることに羨望がある。小学校の同級生である虎太郎を尻に敷いている。

明日葉みる(あしたば みる)

半年前に姉の明日葉希来が行方不明となって以来それを悲しみ生きてきたが、聡から姉を探す方法があるならどうするかと持ち掛けられ提案に乗る。真面目な性格ゆえ姉のことになると猛進してしまう。

父親が飲酒運転した車に轢かれて以来下半身不随となり車椅子で生活している。轢き逃げをしようとした父親を警察に突き出した希来を自信の命の恩人として慕う。小学校の同級生である虎太郎にはよく車椅子を押してもらっている。

糸田志朗(いとだ しろう)

長身の巨漢。一見近寄りがたいが優しい性格の持ち主。藤原西高校でデビューを図ろうとした虎太郎が一見して絶対に戦いたくないと思うほどの体格で、コウからは西高で一番喧嘩が強い男と称される。

父親が暴力団員だが本人は暴力団を嫌悪している。その葛藤もありできることなら誰かから褒められたり、ヒーローになりたいと想っている。寡黙な性格だがあまりおだてると調子に乗る。

見附虎太郎(みつけ こたろう)

本作もう一人の主人公。明日葉希来が行方不明になるまでは彼女と付き合っていた。まだ手も繋いだこともない関係性ではあったが、秘かに希来のことを想い続けている。

中学時代は仲間に万引きをするよう命じられ、それを断って以来虐められていた。高校デビューを図り金髪とピアスで自分を飾るが、近寄りがたく想われ一握りしか友達がいない。龍見工業の社長御曹司で親元を離れてメイドと二人暮らしする。

桐原乃乃佳(きりはら ののか)

本作の元気印でバカ担当。頭は悪いがその圧倒的な個性で一行を翻弄するムードメーカー。

彼女もまた聡になにか持ち掛けられ一行に参戦するが自信のことについてはあまり語りたがらない。

ダフネ

聡が放つ強いマナ(魔力)に引き寄せられた人魚。変身能力で敵を一網打尽にする。一行を手引く案内人としての役割を担わされ能力の使い方を指南する。ギリシャ神話のダフネとは無関係だが自信が扱う能力のモチーフにはしている。

明日葉希来(あしたば きく)

明日葉みるの双子の姉。半年前に行方不明になる。

いる【作者】@ill_writer(twitter)

小説を書いているひきこもり。みなさんに楽しんでいただける作品を作れるように頑張ります。

※本作には登場しません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み