5話:人魚と雑魚
文字数 2,925文字
人魚の姿を取り戻したダフネが槍檄を繰り広げていた。
先ほどの予感はどこへやら、ダフネもさることながら、スカベンジャーの速度も凄まじい。
「すげぇ……」
スカベンジャーは一度跳躍する度に十メートルは飛翔していた。ダフネはその速度を追い越す勢いで空を泳ぐ。
それだけで早さを示すだけでは十分過ぎるほどの指標ながら、スカベンジャーはその四本の腕すべてに古びた剣を携えている。
つまり、スカベンジャーが一度切りかかる度に、四本の剣がダフネを襲う。
しかしその斬撃を彼女の槍はすべて受け流しているのだ。
「――」
その槍もまた縦横無尽。互いに背後や死角を取ろうと飛び回りながら競り合った。ダフネの一見非常識な槍檄がスカベンジャーの刃を弾くたびその意味を示す。
彼女が薙げば二本、回せば三本、突けば四本の剣が弾けた。公園の至るところで剣と槍がぶつかり合って火花が舞う。
「すごいよ虎太郎くん! 乃乃佳てっきり竜巻う〇ちの方が強いかと思ってた」
「あ、あぁ……ベベベンザーだろ……?」
一行は身動きが取れなかった。一歩でも進めばどちらかの間合いに入ってしまいそうで、吹き飛ばされた志朗を助けることもできない。それは一行がはじめて目の当たりにする戦いだった。
「お前ら、あと三歩下がれ」
「あ、あぁ……うわッ!」
虎太郎がそれを聞き、急いでみるの車椅子ごと三歩分後ろに下がると、みるを狙ったスカベンジャーの薙ぎが、彼女の一歩分手前の空を切った。
「みる!」
「大丈夫、だッ!」
虎太郎に返事したのはダフネだ。
その強い一声はスカベンジャーの肋骨を後ろから襲い掛かる踏ん張りから発せられていた。
三又の刃が弧を描き、野球のようなスイングが一閃。その衝撃の強さがスカベンジャーを半壊させた。
「フン」
彼女が鼻を鳴らすと三又の槍の先端が呼応し、ツルのように先端が捻じれ骸の身体に絡み付く。
身動きが取れなくなった死霊はそのまま持ち上げられ、頭から地面に叩き付けられた。
「ダフネさん、すごい……」
「頭を砕けば死ぬ。これがスカベンジャーだ。こいつはすこし強い雑魚だな」
「あ……すごいですね、ダフネさん強いんですね」
車椅子のみるは、自らが囮にされたにも関わらずダフネを褒め称えた。
しかしダフネの表情は曇ったまま……彼女は空を見上げて言った。
「それよりも不味い。最小限の
「え……?」
「こいつははぐれ者だ。基本的に死霊たちは群れで行動する、しかし群れ本体に見付かった」
「そんな……っ」
「来るぞ」
空から死霊たちが舞い降りた。
先ほど公園で一行が見とれていたダフネと同等の速度で、誰も望んでいないところに絶望を持って来た。
いままでダフネが戦っていたものと全く同じフォルム。それが恐らく二十体はいるだろう。
幾ら雑魚とは言え、この戦局はダフネにとってあまりに不利だった。本来この数の骸を相手することは彼女にとって容易な部類だが、周りを巻き込まないように戦った経験はない。そのうえ距離が近過ぎる。戦うことよりも守ることが彼女にとっては難しかった。
「フン、雑魚がいると雑魚が群がると言うことか。こちらも
「乃乃佳は雑魚じゃない! やっちまえ人魚ー!」
「発言が雑魚じゃねぇか!」
虎太郎がみるの車椅子を引きコウがいるところまで下がると、乃乃佳はそれに続いた。そのとき虎太郎は先ほどよりも、みるの車椅子を軽く感じれたものだった。
「フン、すこしだけ本気でやらせて貰おうか」
ダフネはそう言うが、そもそも彼女は今日の今日出会った人を守ると宣言するほどお人好しではない。元々彼女が一行を守ることよりスカベンジャーを倒すことを優位に置いたところで、それは自然な道理。
ましてや守ると言うのも押し付けられた責任。彼女にとっては一行を助ける必要などなく、ただ単に助けないと見殺しにしてしまうからと言う理由で助けているに過ぎない。
そのためこれまでは戦う必然性がなく本気ではなかったと言える。
それが、これからはそれがきっかけで本気を出さなければならない懸念が出てきた。これは彼女にとって大きな問題だった。
いまはまだ倒せるかもしれない、しかしもしこれから更に強いスカベンジャーが大量に現れ、それでもまだひとりで戦うとすれば自分には救いきれない。ダフネはそのように考える。故にこれほど早く本気を出さなくてはならないことに幾分抵抗があった。
ただ、本気を出すのが遅すぎたかもしれない――一体の骸が乃乃佳に走っていたにも拘わらず、ダフネはそれに気づくことが出来なかった。
「あっ……」
「ちょっと待ってよ、僕は雑魚じゃない」
強い衝撃――。
その衝撃はスカベンジャーを弾き飛ばす。振り抜いた怪腕は大きく膨れ上がり、真っ赤に膨れ上がっていた。
奇抜に肥大した右腕は、変身能力を駆使するダフネのものではない。そしてダフネが予感していたものでもない。
不意打ちを遮った不意打ち。それは偶然ではなく、意思を持って乃乃佳を守っていた。
「仲間を守れるのに、守らない奴が雑魚なんだよ」
……糸田志朗がそこには立っていた。
仲間を守らなければならない――男の考えは、人魚の考えとは大きく違っていた。
「糸田!」
虎太郎が再び志朗に叫んだ。
先ほどまで滑り台の近くで生きているか死んでいるかもわからないまま倒れていた男は、果たしていつ起き上がったのだろうか。
そして、立ち上がるだけでは飽き足らず、死霊を一撃で粉砕するなど誰が予想しただろうか。
「フン、貴様生きていたか。死んでいなくて良いのか?」
「足手纏いになりたくないからね。それに、ヒーローになれるチャンスだから」
その言葉は男が幻想の世界の理に目覚めていたことを意味していた。
心強い味方が現れた。しかし、ダフネにとっては素直に喜ぶことができないどころか、ますます穏やかではいられない事態であった。
スカベンジャーのような取るに足らない雑魚であれば、集まって現れたところで一網打尽にすることができるが、目の前のこの男が自分の手引きも必要なくよくわからないまま強くなることは、彼女にとって最早未知数だ。
聡とコウ、そして志朗と、脅威の対象が増えていくこの現状を、ダフネはありのまま複雑に捉えるしかない。
「……フン」
そのような事態で、人魚の左手、握り拳に込めた力が強くなっていくのをコウは見ていた。
「アンタまさか糸田君とやる気なの? やめときなよ、西高で一番喧嘩が強い男だよ」
「まさか。突然死体が起き上がって驚いただけだ」
――ダフネの返事を合図に、突如戦いが再開した。