11話:神出鬼没のスケルトン

文字数 3,533文字

「来た」

 コウが言った。豚小屋からちょうど見える位置、街道を歩いている。

 三十代半ばほどの短髪の男、代田(よだ)龍司(りゅうじ)。龍見工業に勤めている。

 この世界では城の近くで商いを営む平凡な男だが、虎太郎にしてみれば自分の父親が経営する会社の一社員である。平時スーツで勤務しているが、彼らの前では緑色の麻の服を身に纏って見えた。

「アイツか……」

「アンタの会社の社員でしょ? なんで知らないの」

「親父の会社の社員なんて知る訳ねぇよ。コウだって人のこと言えねぇだろ」

「まぁウチは特殊だからあんまり人の家の普通がわからないけど……しっ、追い掛けるよ」

 さわさわと風が吹き、つんと鼻を刺す緑の臭いが豚小屋の臭いを吹き飛ばした。田舎道とはすこし違う旧時代的な都市。中国のような面影を持つ石の建物の間を男は行く。

 一行はどんどん離れていく代田の後ろを離れたところから追った。がたがたした土の上にみるの車輪が浅い轍を引く。男が進む先は城内だ。
「ひとまずこのままだ。城のなかに入る前に、Contain point(CP)の値が少ない世界線へ転移して追うぞ」

 ダフネが言うCPとは、孕む魔力(マナ)の多さの順に世界線へと番号を振ったものだ。

 CPが1に近い世界ほど魔力(マナ)を多く含んでおり、遠いほど少なくなる。
 現在の世界線はCP7億8765万1154に存在しており、昨日聡が魔法を使ったのはCP10万112、明日葉みるの世界だ。CPが遠い世界線では文化や風習の全く異なる異世界となり、近い世界線同士では共通する事柄が多くなる。

「CPを切り替えるつったって……みるは、もう異世界転移できるのか?」

「うん。大丈夫だよ虎太郎くん。任せて。ちゃんと今日必要なCPの番号も覚えて来たから」

「偉いなぁ……俺には絶対無理だわ……」

 虎太郎にとって、自分たちよりも随分早くに休んだみるが、昨晩のダフネの説明の穴を埋めてくれていたのはありがたいことだった。

 先ほどまで彼は自信の能力を不安に思っていたものだが、いまの彼の胸中には、昨晩一行に向けてダフネが話していたことが浮かび上がった。

『いいか、もし日向聡を殺すことになったところで恨みっこなしだ。あの男は確信犯だ、貴様たちとは心情も私心の矛先も異なる。もし私があの男を殺すことになっても仕方がなかったと思うんだな』

 先に休んでしまったみるは知らないことだが、虎太郎にとっては言われなくとも重々承知していることだ。

 事実ダフネが聡を殺したところで、虎太郎が咎められるものではない。ましてや彼はそれが良かれと思われることすらあるのではと考えている。

 しかしこの後、誰が聡に向けて銃口を向けられるだろうか。少なくともダフネ以外にそれができるものがいないことを、いまの虎太郎はただ噛み締め、誰にも伝えられなかった。

「奴だ!」

 ――そのとき、乃乃佳と虎太郎を除く全員の表情がキッと真剣なものに変わった。虎太郎と乃乃佳はその事態を把握することができなかったが、その雰囲気から察するに近くにそれが「いる」と言うことは理解できた。

「えっ……ちょ、乃乃佳わかんないんだけど……」

「CP9万6645だ。代田はCP9万4455……対象に近い世界線に入って来た。行くぞ」

「あッ……ちょ……」

「乃乃佳のこと置いてかな……」

「あッ、無理……お腹がっ……やっぱり置いてってくれて良いです」



 乃乃佳以外の全員が駆ける。疾走は男の保護を目的としていた。聡の姿はまだ誰にも見えていないが、その殺気にも似た危うい雰囲気が魔力(マナ)となって感じ取れる。

 みるの車椅子に捕まる虎太郎にはそれがわからなかったが、その代わり空から飛来する捕食者たちをよく見ていた。

「空からガイコツ来てるぞ!」

「スカベンジャー? クッ、あの男か……」

 ダフネは瞬時に理解したが、そのスカベンジャーたちは魔力(マナ)の気配が一切なく、突如として一行のもとへ飛来した。明らかに昨晩のものとは異なり強さが未知数。つまりこれは聡が隠し持っていた死霊たちであった。

 その思慮よりも早く、死霊へ立ち向かうのはコウだ。

「邪魔ッ……!」

 能力を操る者のなかで、唯一実戦経験がないのが彼女だ。しかし彼女の行動には迷いがない。虎太郎が声を上げたときには既に自分の役割を理解する。

 コウの能力は変身。偶然か意図的かダフネの持つ能力と同じものではあるが、当然ダフネほど戦いに慣れたものではない。ましてや変身能力は瞬時にその戦局に適した形状を定める必要がある。

 だからこそ彼女が考えたのは「型」を作っておくことであった。

「――」

 コウが決めた「型」の通り、彼女の背中から悪魔の羽根が芽生える。昨晩の戦いを垣間見ていたコウは、スカベンジャーが空から飛来することを心得ていた。ともなれば空中の敵に対し戦う術を持たないのは不利である。

 彼女はダフネのすこし前を走っていたが、虎太郎の一声をきっかけにすぐに振り返り、大きく踏み込む。そして同時に伸び切った悪魔の羽ばたきで、ミサイルかのように飛び立った。

「……っ!」

 ダフネはその光景に末恐ろしさを噛み締めた。ダフネが横目に見たのは、昨晩の志朗の体当たりを大きく上回る勢いの弾丸特攻。まだ一度も実戦経験がないと言うのに、この物怖じしない勢いと順応性には驚くばかりだ。

 人間は飛ぶことができない。当然のことだが、同じく変身能力を持つダフネにとってその意味は大きい。

 これまで翼を使って来なかった人間にとっては、それをイメージ(創造)するのはとても繊細なことである。ただダフネの眼前に見えるその翼は、皮膜の厚さから大きさ、可動範囲まで完璧なものだった。

 コウは誰にも告げなかったが、昨晩秘かにこれを蝙蝠に関する情報を調べながら練習していた。いつも誰かの悪態を付いてばかりのコウだが、秀才と呼ばれるだけのことはある。

「うりゃッ!」

 コウがそのまま骸骨の顎を蹴り上げる。襲来する七体のスカベンジャーのうち一体がなすすべなくそのまま骨片となった。奇襲返しと言うべき突撃は飛来するスカベンジャーの陣形にひとつ穴を開け、丁度その髑髏が飛び込んでくるはずの落下地点にいたみるを守った。

 コウはいつも気丈に振る舞ってこそいるが、殺人鬼の娘と言うレッテルを隠すため人と深く干渉することを避けている。
それこそこれまで不遇な扱いを受けたこと計り知れないが、それは彼女の理不尽を許せないと言う心情に基づく。つまりは部外者への熱い憤りだ。

「あたしだってたまには良い人扱いされたい……ってのッ!」

 その感情は、彼女は空中にいたまま右手に編み出した大きな刃でもう一体を袈裟切りにする原動力となった。漁夫の利を狙うスカベンジャーに、彼女の怒りは十分すぎるほどである。

「……すげぇ、見ろよみる。アイツすげぇぞ」

「コウちゃんはすごいもん。当たり前だよ。虎太郎くんちゃんと捕まっててね」

「お、おぉ……うわっ!?」

 みるの車椅子が金色の轍を引くようになるまで出力を上げても、みるはコウへ一瞥もしなかった。それはみるがコウのことを信頼し切っていると言う証であった。

「僕も戦うよ……! みんなは先に!」

 戦いを求めるスカベンジャーが地面に降り立つなか、志朗はコウと同じく死霊へ立ち向かうと決意した。

 昨晩の公園の戦いでは右腕だけだった赤い拳は、今日は両腕に宿っている。すこし油断する節がある志朗だが、今日は危な気がない。すぐに骸二体を殴り付け、数十メートル先に吹き飛ばした。

「……なんだ貴様たち二人は、強くなり過ぎだ」

 やはり心中複雑なダフネだが、彼女もまた二人に背中を預けることにした。



 ダフネが思うにその習得度は早すぎた。

 志朗は明らかに昨晩よりも強い敵と対峙していると言うのに、能力そのものも戦い方も飛躍的に向上している。コウもまた、初めてだと言うのに同等かそれ以上の戦いを見せる。

 もし自分が同じ立場ならば同じようにできただろうか。そのように捉えるとダフネにとってはやはり脅威である。ダフネはまだまだ自信が上回っているとは言え、心底穏やかではいられなかった。

 そのとき――。

「なにッ……!?」

 志朗の立つ地面が大爆発を起こした。



「糸田ァ!」


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登場人物紹介

日向聡(ひゅうが そう)【主人公】

藤原西高校が誇る天才。全国高校学力テストで満点を取得し、陸上記録会では新記録を乱発、球技大会で全打席ホームランを放ち、その実績に裏付けられてか、高校二年生だと言うのに生徒会長に鎮座するカリスマ。

突如学校に眼帯をして現れるようになったが、その目の秘密については誰も知らない。異世界が人の数だけ存在していると言う事実に触れて以来、魔法・魔術・能力を駆使しながら77億の異世界を奔走する。一行に能力を分け与え、自分の葛藤にしがみつけと命じるも以来姿を消す。

黒咲コウ(くろさき こう)

藤原西高校が誇る秀才。人呼んで女版日向聡。校内で聡の言うことを唯一理解できる者と呼ばれる。聡と同時期から生徒会副会長に鎮座し、学内ではその性格の悪さゆえ恐れられている。信念が強く高い実行力を持つ。

その実態は人殺しの娘であり、それを一部の世間に知られることで不遇な生き方を強いられてきた。実は良い人として扱われることに羨望がある。小学校の同級生である虎太郎を尻に敷いている。

明日葉みる(あしたば みる)

半年前に姉の明日葉希来が行方不明となって以来それを悲しみ生きてきたが、聡から姉を探す方法があるならどうするかと持ち掛けられ提案に乗る。真面目な性格ゆえ姉のことになると猛進してしまう。

父親が飲酒運転した車に轢かれて以来下半身不随となり車椅子で生活している。轢き逃げをしようとした父親を警察に突き出した希来を自信の命の恩人として慕う。小学校の同級生である虎太郎にはよく車椅子を押してもらっている。

糸田志朗(いとだ しろう)

長身の巨漢。一見近寄りがたいが優しい性格の持ち主。藤原西高校でデビューを図ろうとした虎太郎が一見して絶対に戦いたくないと思うほどの体格で、コウからは西高で一番喧嘩が強い男と称される。

父親が暴力団員だが本人は暴力団を嫌悪している。その葛藤もありできることなら誰かから褒められたり、ヒーローになりたいと想っている。寡黙な性格だがあまりおだてると調子に乗る。

見附虎太郎(みつけ こたろう)

本作もう一人の主人公。明日葉希来が行方不明になるまでは彼女と付き合っていた。まだ手も繋いだこともない関係性ではあったが、秘かに希来のことを想い続けている。

中学時代は仲間に万引きをするよう命じられ、それを断って以来虐められていた。高校デビューを図り金髪とピアスで自分を飾るが、近寄りがたく想われ一握りしか友達がいない。龍見工業の社長御曹司で親元を離れてメイドと二人暮らしする。

桐原乃乃佳(きりはら ののか)

本作の元気印でバカ担当。頭は悪いがその圧倒的な個性で一行を翻弄するムードメーカー。

彼女もまた聡になにか持ち掛けられ一行に参戦するが自信のことについてはあまり語りたがらない。

ダフネ

聡が放つ強いマナ(魔力)に引き寄せられた人魚。変身能力で敵を一網打尽にする。一行を手引く案内人としての役割を担わされ能力の使い方を指南する。ギリシャ神話のダフネとは無関係だが自信が扱う能力のモチーフにはしている。

明日葉希来(あしたば きく)

明日葉みるの双子の姉。半年前に行方不明になる。

いる【作者】@ill_writer(twitter)

小説を書いているひきこもり。みなさんに楽しんでいただける作品を作れるように頑張ります。

※本作には登場しません

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