8話:明日葉希來の行方
文字数 2,901文字
「おかえりなさいませ。虎太郎さま」
「でっけー家! ボンボンじゃん! なんだこりゃ! メイドだ! メイドいるわ! 乃乃佳こんなの初めて見たよ! ねぇトイレ何個あんの? この家トイレ何個あんの? う〇こ? う〇こ?」
「なんで俺ん家のトイレがう〇こなんだよ!」
その家は豪邸と呼ぶべき広さだった。メイドの出迎えを通り過ぎ、赤いカーペットが敷かれた階段を上り、数百万円はしそうな絵画が等間隔に飾られた廊下を歩き、今度はらせん階段を上ると、そこに虎太郎の部屋があった。
「狭い部屋だけど自由に座ってくれ」
虎太郎はそう言うが、一行にはその部屋が王様や大企業の社長が暮らす部屋のように見えた。
ベッドには天蓋が付いており、ソファが幾つも置かれ、テレビはもちろん電子レンジや冷蔵庫、ダイニングキッチンまでが備え付いている。立体的な音響を奏でる巨大スピーカーがお洒落なジャズを控えめな音量で奏でていた。
「せまい……?」
コウと乃乃佳がピリつく空気を放つが、車椅子を部屋の隅に置いている虎太郎に、その表情は読めなかった。
みるをお姫様抱っこで運んでいた志朗が、彼女を大きなソファに優しく座らせると、虎太郎以外の各自がぎこちなく選んだ椅子に座った。
「糸田くんありがとう。すっごいお家……虎太郎くん、こんなすごいところに住んでるの?」
「いや、此処は別荘。長く住んでるけど仮住まいだ。親は実家に暮らしてるからこっちには滅多に来ない。そう言えば小学校から一緒だけど来たことなかったよな」
「うん……この家にお姉ちゃんは来たことあるの?」
「いや、此処に来たことあるのは精々ガキの頃一緒に遊んでた連中くらいだよ。誕生日会とかクリスマス会とか餅つき大会とか色々やったけどみんな進学とか転校とかで離れ離れになって、大体いつもメイドと二人きりだ」
そうなんだ、と応じるみるは、先ほどまであまり見られなかった落ち着いたような笑顔を浮かべていた。
藤原西高校の二年生が集うクラス会のような状況であるが実際重い雰囲気である。
とは言え七十七億の自分たちとの統合や、人魚との出会い、死霊との戦いを果たした彼らにとって、ようやく少し落ち着けた瞬間であった。
「さっきはご活躍だったな」
人の姿のダフネが、みるに話した。
「ダフネさん……私たち、家に帰れないんですか?」
「いまはまだ危険だな、スカベンジャーに対抗する手段がない。此処にいる全員が貴様と同じくらい強ければそれも叶うだろうが、今日は行動を一緒にした方が良いだろう。明日自分だけ仲間外れにされたくはないだろう?」
「そうですね……私、お母さんに電話します」
みるの一声で各自が親へ連絡し、志朗だけはコウから傷の手当を受けながらだが、ようやく先ほどの続きがはじまった。
「話の続きだ。先ほどそこの図体の大きな男が使った赤い拳と、女が使った車椅子、そして私が使った槍は、能力と呼ぶべきものだ。私以外の各自は、あの男、日向聡からそれを強制的に与えられている」
相変わらず即座に返事をするのはコウだ。
「能力ねぇ。アンタの話を聞く限りだと、ジグコードとかザグコードもそうだし、魔法と魔術と能力ってそれぞれ別の考え方をした方が良いの?」
「そうだ。世界観の理そのものを書き換えるジグコードと、当世界観にだけ影響を与えるザグコードについては先ほど話した通りだ。主にジグコードは魔法、ザグコードは魔術として区別している。そしてそのどれにも当てはまらないのが能力だ」
「ふぅん」
そこまでは、先ほどダフネが話して来た内容のおさらいと言える部分が大きかったが、この先については、一行は初耳だった。
「能力は肉体に埋め付けたスカベンジャーを元に発現している。死霊のなかには能力を使う者がいる。先ほど車椅子の女が倒したスカベンジャーは、そこの男と同様に身体能力を向上させる能力を持っていた」
「ってことは、あたしたちは会長に、能力持ちのスカベンジャーを植え付けられてるの……?」
「そうだ。そしてそれが、お前たちが無意識に
その発言とともにダフネが手を翳すと、早くも見慣れた水色の閃光が虎太郎の部屋に溢れた。
しかしそこに現れたのは、彼女が持つ三又の槍ではなく、牛の頭と人魚の尾を持つ奇怪な男であった。
「私のスカベンジャー、
「なるほど。元いた世界の魔法式を使うから
「私は
ペーネイオスはダフネにもう一度手を翳されると、彼女の手のなかに戻っていった。
「こんなところだ。このあとは貴様たちが日向聡と言う男に割り当てられた各自の能力についてだが……誰か意見のある者はいるか?」
手を挙げたのはみるであった。
「すいません。話を聞いていて思ったのですが、さっきダフネさんはスカベンジャーの居場所を感知しているようなことを言っていましたよね?」
「そうだ」
「では、日向くんが何処にいるか、ダフネさんはいまわかっているのでしょうか?」
「……無理だ。私もジグコードからほかの異世界に跨って探しているが、検索が利かない。恐らく奴自信がプロテクトしているだろう」
「……そうですか、では、プロテクトをしていない人であれば探すことはできるのでしょうか?」
みるの一言は、再び雲行きを怪しくした。
「おい、みる……」
「虎太郎くん良いから。ダフネさん、私は姉を探しているんです。明日葉希來と言います。日向くんは私が姉を探していることを知っていて、私が頑張れば姉を探し当てることができると連絡してきました。私は、日向くんがダフネさんにめぐり合わせてくれたと思っているんです」
確かにダフネはそのように人を探すことができた。
みるの話を聞くと、ダフネは静かに目を閉じて、なにかを感じ取るような素振りを見せた。
やがて彼女は、目を開くとみるに応じる。
「無理だ」