7話:金色の轍(わだち)
文字数 2,698文字
朽ちた剣と真っ赤な拳がぶつかり合った。強い衝撃。しかし剣はその脆さを全く現わさず、拳もまた一切傷を負わなかった。
先ほどまで志朗がひと殴りするだけで砕け散っていたスカベンジャーだが、いま彼の眼前に現れた死霊はこれまでとは明らかに素養が違う。
連続攻撃。スカベンジャーは志朗の真っ赤な拳を狙いから外し、その手以外の箇所を攻撃する。
「うっ……!」
志朗が力を発揮できるのは、彼の右腕だけである。それに対してスカベンジャーは四本の腕それぞれに剣を握る。
四本の剣に対し、腕一本の戦い。死霊には数的優位があった。その数的優位を打ち崩すのは至難。力で押すことを主力とする彼にとって、戦い難い相手である。
ましてや志朗の右利に対し、スカベンジャーには利き手の概念がない。その四つの腕は自由自在に志朗の左半身を狙うのだ。
「くっ、強い……っ」
「そっちだ」
防御を強いられる志朗を、ダフネは背後から突如味方した。
人魚の尾ひれが志朗を叩き、スカベンジャーの剣戟からぐいと身を避けるように動いた。
志朗は突然のことで驚くが、その勢いで彼は死霊の腕が曲がらない超至近距離に押し込まれた。志朗にとって都合の良い構図となる。
「フン」
そして、彼女はただ手解きした訳ではない。大男の背中で大きく踏み込み、再び青色の光を纏いながら飛び出す。
光が泡となったときには、ダフネの両腕は蟷螂のように大きな刃となった。どれくらいの大きさかと言えば、志朗が交戦するそれを除く、すべての死霊を挟み込むほどだ。
「――」
交差する一閃。人魚はその速度を生かし、長く激しい一撃を、身体を捻じりながら一体一体の頭部に向け丁寧に放った。
またその丁寧にと言うのも、彼女の圧倒的な力量からなる余裕がなせるもの。放ったのはそれぞれ一振りと一振りながら、スカベンジャーの頭部を一度で確実にすべて切り裂けるよう、角度を瞬時かつ複雑に切り替えながら放つ。
「――」
人魚が通り過ぎたあと、死霊たちはまるで時代劇かのようにばらばらと音を立てて砕け散った。
まさに圧倒的。彼女の戦績と機転は、これだけ面倒を掛けさせられた日向聡に、未だ勝ちを譲ってはいない。
「雑魚が」
「コラーッ人魚ー! やれるんなら最初からちゃんとやれーッ! 便座掃除担当だろーッ! 乃乃佳をハラハラさせるなーッ!」
ダフネの一閃はこれ以上戦闘を長引かせたくないと言う気持ちの現われでもあった。元々人魚にはこの死霊一団を即座に骨片にするだけの力がある。
ただ、それをこの瞬間までしなかったのは、
「……次の一団が気付く前に片づけなければならないだろう。と言うか貴様人間の分際で一体誰に向かって言っているんだ」
一歩踏み出した乃乃佳の考えなしの一言へダフネは言葉を返す。聡はダフネの人柄を汲んで彼女を采配した訳ではないが、聡の期待以上に真面目で面倒見が良い。
彼女自信の考えはともかく一行にとってこの人魚が頼れる存在であることは最早疑うまでもない。
ただし、志朗の実力では、まだ誰かに頼らなければならないだろう――。
「あっ……!」
マズい、と思いそう漏らしたのは乃乃佳だった。
志朗は一撃は喰らわせていた。ダフネから貰ったチャンスを彼は見事自分のものとし、スカベンジャーに自慢の右腕を叩き込んだ。
しかし狙いが悪かった。肋骨を狙った赤い拳だが、致命傷にはほど遠い。痛みを感じないスカベンジャーにとっては、頭部を破壊されなければ、爪を切られたの同じである。
死霊は骨が砕かれようとその動きを止めない。骨の左手二本がその朽ちた剣から指を離すと、掴んだのは志朗の学生服だった。
重心を崩された志朗に三本足の回り蹴りが直撃する。乃乃佳の視線にその姿が入ったときには、彼は吹き飛ばされていた。
「ぐぅッ……!」
ダフネが振り返るが間に合わない。乃乃佳の一言は人魚にとって誤算だった。緊迫した戦闘中の気の抜けたやり取りが、彼女のタイミングを崩した。
半壊したスカベンジャーが、先ほどの志朗を彷彿させるほどの勢いで特攻を仕掛ける。まだ剣は右手に二本残っている。
同時攻撃。両方を防ぐことは不可能。致命傷は確実……。
そのとき、虎太郎が握る車椅子のグリップが、勢いよく彼の手から離れた。
志朗に剣戟がぶつかろうとしたその瞬間、黄金に輝くラインが宙に線を引いた。
それは、ダフネがこれまで見せたシアンの閃光とよく似ていた。
「さっきから偉そうなことばかり言って!」
「一体人魚が何様だって言うんですか!」
雲形定規が引くような丸い線は、回りながらところどころに魔法陣を編み上げた。
それは志朗に切り掛かろうとするスカベンジャーに向かって引かれた二本の
「私の姉は半年前に行方不明になりました!」
「私のスマホには今朝! 日向くんから通知が着て!」
「私が頑張れば姉を見つけられるって! そう書いてあったんです!」
彼女は激昂していた。自らが宙を駆けていることも、これまで自分が全く使ったことのない力を扱っていることも、それが志朗の危機を助けていることも……彼女はわかっていたが、それよりも怒りが勝った。
轍として黄金に輝くレールを残したのは二つの大きな車輪だった。
日向聡が彼女の為に編み出した魔法は、どこにだって走ることができる。空を駆けることも例外ではない。その轍は彼女が離れると風となって消えてしまうが、すこしの間その場に物体として留まり続ける。つまりそれほどまでに強く痕を残す。
そしてみるの眼前に広がる防御壁の役割を担う魔法陣は、どの轍よりも強く彼女を守り、突撃をも可能にする。
「戦いがどうとか! 強いとか弱いとか!」
「私はそんなのどうだって良い!」
「私は私の命の恩人の姉を! 探したいだけなんです!」
誰もが信じることができなかったが、そのひときわ強い死霊を砕いたのは、西高で最も喧嘩が強い屈強な男ではなかった。
「私たちのことを! 面白がって馬鹿にしないでくださいッ!」
明日葉みる。彼女の怒りは誰にも止められなかった。