10話:スタートラインは豚小屋で
文字数 3,571文字
「なぁ、ダフネ……」
虎太郎が言った。
「なんだ」
「なにもこんな風に直前まで待たないで、昨日の段階でその殺される予定の奴を掴まえておけば良かったんじゃねぇか? どうして待ってんだよ。罠かもしれないだろ」
「馬鹿か貴様は」
「は?」
答えたのはコウだ。
「そしたらなんで会長が人殺ししようとしてるかわかんないでしょうが。ってかそもそも会長現れなくなるでしょ。あたしたちは確かに会長が人殺しするのを止めたい。でもそれ以上に会長を掴まえたいの。なんでこんなことしてるのかを知りたいの。大体会長があたしたちに罠張ってどうすんの。あたしたちを殺すなら昨日とっくにやってるでしょ。アンタ馬鹿なの?」
次に答えたのは、変身能力で人間の姿をしたダフネだ。
「それに、もし罠だとしても狙いは私だ。しかし私が狙いなのであればわざわざこうして呼び出さずに私だけを狙えばいい。こんな警戒させるような文言を送る必要がない。つまり、日向聡は私を狙ってはおらず、本当にその男を狙っていると言うことだ。貴様は馬鹿か?」
「いやわかった! わかったよ! 全否定かよ! いやでもこんなところにいる必要はないんじゃないのかなぁって俺は思うんだけど……ってか絶対おかしいだろ!」
一行は
「臭ぇよ!」
先ほどから何十頭の豚たちが、一行のことを期待するような顔をして覗き見ている。それはダフネとコウ以外にとっては不可解な状況であった。
酷い臭いが立ち込めている。特に不快感を現わにしていたのは育ちの良い虎太郎であった。
豚小屋は簡素な造りで、外には多くの人の往来が目に見える。注視しなければ人々の目に入りにくい場所ではあるが、虎太郎はこの場所に集まっていることに妙な恥ずかしさがあった。
「こんなところで待ってたってなにも出来ねぇだろ!」
「しょうがないじゃん、人目に付かなくて外が見えるところに位置取りたかったんだから。文句言わないでよ。あたしだって臭いっての」
ダフネは殺害予告がされた男の出勤時間から、聡が殺人をするなら帝都メトロだと考えていた。この豚小屋は帝都メトロ帝都駅のトイレと世界線を隔てて同じ場所にある。豚小屋はあまりに古く、ところどころに穴が開いているので、小屋の外を確認することができた。
聡に関しては
「あ、やばい、乃乃佳ちょっとお腹痛くなってきた……虎太郎くん家のご飯食べ過ぎた……」
乃乃佳は腹部を押さえている。
「ちょ桐原、お前絶対やめろよ……! 豚寄って来んだろ……!」
「ったくアンタたち……シティ派が過ぎるっての」
「シティ派って言うのかこれ……?」
コウが言うシティかカントリーかと言う表現を超越した貧乏臭さを、虎太郎は感じていた。
「それより貴様、入場証は貰って来たか」
ダフネは虎太郎に、城の門番へ金銭を支払うよう命じていた。本来城のなかには国王の許しが入ることが出来ないが、この世界の自宅金庫から数千ゴールドを持って来た虎太郎は、それを内密に門番と取引することができた。
「ま、まぁ……ちゃんと入っても良いようにって、
「貰えたのなら良い。特に役には立たんが
「はぁ? なんだよ人の金だぞ……ったく」
言われた通りに虎太郎が入場証を配ると、志朗が言った。
「見附くん、能力は準備大丈夫?」
「う……あ、あぁ。ひとまず習得できた」
ダフネがフンと鼻で笑った。このとき虎太郎は嘘を吐いていた。
「えええええええっ!? 虎太郎くん習得したの!? ちょっと乃乃佳を置いてズルくない!?」
「あ、あぁ……すごいだろ。自分でもビックリだ」
「ぬああああああああ! 負けたああああッ! 折角異世界転移できるようになったのにいいいい! 乃乃佳の素敵で
「俺の過小評価甚だしいな!?」
乃乃佳が取り乱すのもそうだが、志朗がニコニコしているのも、コウがツンツンしているのも、相変わらずいつもの感じだった。虎太郎はコウや志朗を見て、自分の誰にも話されたくない葛藤を明かされてもそれほど大人でいられるものなのかと、思わず関心していた。
「すごいね見附くん。よかったよ戦えそうで。段階はどこまで?」
「だ、段階? アッ? え? り、
「おぉー。僕の一つ上だ! これは負けてられないね!」
危ないところだったと深呼吸して無理矢理落ち着こうとする虎太郎は、まだ能力に目覚めていない。
昨夜ダフネの説明を受けてからと言うもの、何度も挑戦してみたのだが、彼はこの瞬間までそれを習得するには至っていなかった。
人間が
能力を駆使しなくともコードさえ扱うことさえできれば、魔法や魔術を使うことはできるが、それには知識が不可欠だった。
段階が進めば進むほど深い知識を必要とするが、知識があれば自らの身体に流れる細やかな
「……バレなくて良かった……」
虎太郎は数式を組み立てることや本を読むことがあまり得意ではなく、昨晩ダフネからコードの話をされても、その読解力では殆ど理解することが出来なかった。
聡から与えられた能力を使うのであれば、段階が
「虎太郎くん、虎太郎くん」
話し掛けられ、飛び跳ねるように虎太郎は驚いた。それは、優しく小声で話し掛けるみるの一声だった。
「なんだみるか……」
「あのね、虎太郎くんがまだ能力を使えないの、私知ってるよ」
「えッ!? 嘘だろ……? なんで!?」
「フフ、多分わかってないのは乃乃佳ちゃんだけだよ。私たちはダフネさんほど正確じゃあないけど、
「……はぁ。ってことは、コウの奴も既に使えるし、糸田に関してはわかってて黙ってくれてるってことか。なんか恥ずかしいな……」
みるは笑っていた。愛想笑いではない本物の笑顔。その表情は姉の希來の表情によく似ていた。
二卵性双生児の二人は本当に瓜二つだが、思えば希來はいつも笑っていたと虎太郎は思い出した。
「多分ね、日向くんが現れたら、みんな日向くんに向けてみんなでダッシュすると思う。でも私の車椅子の能力を使えば、たぶんかなり早く移動できる。だからね? この車椅子の後ろの……此処に乗ってくれれば虎太郎くんを運べると思うんだ」
二人はその名称を知らなかったが、ティッピングレバーと呼ばれるその部位は、車椅子が段差を越える為に足を掛けて踏み込む場所だ。とは言え本来迂闊に踏んでは倒れてしまう。
ただ、虎太郎がみるに許可を取り、そこに両足で乗り上げると、全く不安定さはなかった。みるの能力は車椅子そのものの安定性に大きく寄与していた。
「……どうして俺なんだ? いいのか?」
「うん。日向くんに一番負けたくないのは虎太郎くんってわかってるから。その代わり落ちて欲しくないから、危なかったらすぐ言ってね」
立場が逆転していたが、虎太郎はみるの気遣いを素直に嬉しく感じた。
いよいよ時間が近づく。