【20】重すぎる依頼

文字数 2,549文字

『二人ともおはよー!結局休みじゃなくなっちゃって本当ごめんね?』

『おはよー!どうせ二人とも家で寝てただけだし、半休もらったということにしておくから大丈夫だよ?もうすぐ、ご遺族の方くるんだよね?』

『後三十分くらいでくるかな?急いで説明の書類とお茶の準備だけお願いします!』

『『了解~!』』

予定の時間ちょうどに一台の
黒い車が駐車場へと入ってきた。
降りてきたのは、三十代前半と思われる小柄な女性。下を向き表情は見えないが肩を落とし凄く落ち込んでいるように見える。

「お待ちしておりました、
藤原様でよろしいでしょうか?」

ご遺族が女性お一人ということだったので、基本的には私と幸栄で対応することにした。

『…、はい。よろしくお願いします。』

応接室へと案内し、お茶を持ってきた幸栄にも同席してもらい、火葬までの流れを説明する。私が説明している間も、藤原さんは下を向いたまま時折頷く程度の動作しかみせない。唯一の肉親ということだし、悲しみも深いのだろう。説明が終わり契約書にサインをしてもらう。すると、今までほとんど声を発していなかった藤原さんが顔をパッとあげて突然怒りの声を発した。

『んもぉぉぉぉぉ!何で私がこんな面倒なことしないといけないのよーぉぉぉ!!!』

突然の変貌ぶりに、
顔を見合わせる私と幸栄。

「…あの、どうかされましたか?何か納得できないところがありましたら、何でもお申し付けくださいね…?」

『あ!ごめんなさい!兄の事を思い出したらとてもムカついてきてしまって…。』

「そうでしたか、大丈夫ですよ。あの…誰かに言って楽になることもありますし、私達でよければ愚痴でもいいので話してみてくれませんか?あ、無理にとはいいません!」

『ありがとうございます、では私の話を少しだけ聞いてもらえますか?』

『はい、喜んで!』

居酒屋の店員のような幸栄の返事に三人が小さく笑い、話の続きを聞くことにした。

『私達、兄妹の両親はともに数年前に事故で亡くなり家族は兄だけになりました。最初兄が死んだという知らせを聞いた時は愕然として言葉にもならず、ただただ悲しかったんですけど…その…兄の亡くなり方というのを聞いて、余計に意味がわからなくなって…。もぉ~ほんと、最悪なんですよ~!』

そう言って、また泣き出してしまった藤原さん。私と幸栄は、彼女にかけるべき言葉がわからずに、彼女の背中をさすることしかできなかった。

『すみません、落ち着きました。でも、…ほんと無理なんです…。病院から電話がきて行ってみると、何故か警察がいるんですよ。あれ?事故かなんかだったのかな?と思ってたら警察の人に…"お兄さんは通勤ラッシュで満員の電車の中で痴漢をして、線路を走って逃げる途中にホームに入って来た別の電車に跳ねられて亡くなりました"とか言われて…。は?痴漢?逃げた?…え?ってなりますよね?もう私、訳がわからなくて…』

あまりの重たい内容に私達は再び言葉に詰まってしまった。困惑の表情を浮かべる私達をみて、藤原さんは言葉を続ける。

『あ、やっぱりヒキますよね…。ごめんなさい初対面の方にこんな話を聞かせてしまって…。しかも電車事故とかで遅延させてしまったりしたら高額な賠償を請求されるとか聞いたこともあるし…。色々考え出したらキリがなくて…私一人でどうしろって言うんでしょ…もう、私も死にたい…。』

「…藤原さん、本当にお気の毒です。私達が話してといったばかりに、辛い思いをさせてしまってごめんなさい…。色々大変だとは思いますが、とりあえず火葬まで終わらせてしまいましょう!その後も何かお力になることがありましたら尽力させて頂きますので。」

『いえいえ、兄が死んだと連絡をうけてから誰かと話す機会もほとんどなかったので少し楽になりました!では明日よろしくお願いします…。』

「いえいえ、気のきいた言葉でも言えたらよかったのですが…突然のことで色々と大変かとは思いますが、何かありましたらいつでも連絡してください!では、また明日お待ちしておりますね。」

『ありがとうございます。』

見たところ二十代半ばくらいの年頃の藤原さんが一人で抱えるには重すぎる事案。彼女を玄関まで見送った後、私と幸栄は事務所に戻って匠君達に相談することにした。

『…翼?私、驚きすぎて最初の居酒屋の店員みたいな、言葉以外発するの忘れてたわ。』

「私も、まさかテレビで見るようなこと急に聞いてさ、正直何て言ったらいいか全くわからなかったよ…。』

『何ー?藤原さん、どうかしたの?』

「あ、匠君に寿郎君、それがね?……。」

二人に先ほど聞いた話を伝え助言をもらうことにした。深刻な表情を浮かべて真剣に考えている様子の二人。

『なるほどね、そんな理由で亡くなっていたとは…。近親者もいないんでしょ?藤原さん可哀想すぎますね。しかも痴漢は許されない犯罪だし、それをお兄さんがやってたとか言われたら立ち直れないよね…。どうしたものか…寿郎はどう思う?』

『…どうだろうな?でも、まだはっきりと犯人って決まったわけではないと思うぞ?証拠って言っても、被害者の言葉を鵜呑みにしているだけで、若い女子に泣きながら"この人痴漢です"とか演技されたら警察もそっち信じるだろ?何で逃げたのかはわからないけど冤罪という可能性もあるんじゃないの?』

『…なんかさー寿郎…最近本当、推理力凄いよね!私、聞かされたことについてだけ考えてて、犯人じゃないかも?ってこと考えてなかったわ!とにかく、まだ犯人って確定したわけじゃないし気持ちよく送りだしましょ!』

『…なんか寿郎に全部持っていかれたみたいで、悔しいの俺だけー?!』

「まぁまぁ、でも二人に話して正解だった!明日はもう少し前向きな話をしてあげられそうな気がするよ!二人ともありがとう。」

今日は明日の会場設営だけ済ませて早々に解散し帰宅をする。明日、お兄さんの幽霊が現れてくれると真相を聞けるのだが…。そして匠君は、寿郎君に全てを持っていかれたのが悔しかったのか、帰宅後すぐにドラマの再放送サービスで噂のドラマを見始めていた。
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