【23】大人のお仕置き

文字数 4,002文字

私達が到着した場所は、飛鳥さんが乗る予定の電車が発車する直前の駅の前。急いでホームに駆け込むと、私と匠君は生前の飛鳥さんが並んでいる車両から乗り込み、死後の飛鳥さんは隣の車両に乗り込むことになった。

私と匠君で飛鳥さんを挟み込むように立ち、女子高生二人組の監視を行う。生前の飛鳥さんは言っていた通り、片方の手はつり革にあり、もう片方は脇に茶封筒を挟み降ろされている。匠君が痴漢に間違われてもイヤなので目で手を上げておくように指示すると"わかった!"と口パクで言っていた。

後は事件が起きる駅の手前まで、女子高生達を監視するだけ。先ほどから会話の聞こえない女子高生を不思議に思い、背伸びをして様子を窺ってみると、二人組はSNSを使って会話をしているようだった。ん?これは……!
場所を移動して、左の子の画面が見えるようになった。間違いなく二人でやり取りをしている。


"今日の獲物は後ろのおじさんね"

─── "また私がやるの?"

"あんた、私に逆らえるの?"

───"ごめん、わかった"

"ちゃんとフォローするから"

─── "了解、今日もお尻?"

"後ろにいるんだから、お尻しかないでしょ"

─── "そうだね、じゃあやるよ"


右の子が最後の文を送ったところで二人のスマホはポケットへと入れられる。

その直後…
「ち、痴漢です!この人に私触られました」

突然声を上げた右側の子に左側の子が大袈裟に演技をするように語り出す。

『…私も見てました!さっきからニヤニヤしながら私達に近寄ってきてたから、怪しいと思ってずっと後ろを見ていたんです。』

周辺の乗客が騒ぎ始め、飛鳥さんは青ざめた顔をして首を振りながら"やっていない!"と必死にアピールをするが、女子高生たちは

「私達が嘘を言ってると
いうんですか?…ひ、ひどい…。」

などと言って泣く真似まで始めてしまった。ここまでやられたら、飛鳥さんに勝ち目はない。しかし…今は私達がついている!

「あなた達、大丈夫?とりあえず
一緒に電車を降りましょう。」

女子高生に私が話しかけると、救いの神が現れたような表情で私を見つめ"はいっ!"などと返事をしている…。大人で遊んだらどうなるかということを教えてあげないといけないな。私は、心配して慰めるふりをしながらスマホを操作されないように間に入る形で二人の肩を抱き、腕を上げることができないように押さえた。一方、匠君は…

『…大丈夫、あなたをきっと助けます!だから俺を信じて演技に付き合ってください。』

と小声で飛鳥さんに
耳打ちをして安心させる。

『おい、おじさん!痴漢は犯罪ってわかっているよね?とりあえず一緒に電車を降りて駅長さんに話を聞いてもらおうか。』

といいながら、生前の飛鳥さんが逃げないように押さえつけるふりをしている。隣の車両からは私達の様子を心配そうに覗き込む死後の飛鳥さんの姿が見える。小さく指で丸印を作り大丈夫だと示した。それを見て頷く飛鳥さん。電車が速度を落とし、ようやく駅に到着すると私は女子高生二人の肩に両腕を回し、下車させる。その後ろから飛鳥さんの腕を掴んだ匠君が降りてきた。

「とりあえずここは人が多いので、
ホームの端の方へ移動しましょうか。」

もうすぐ飛鳥さんは電車に跳ねられて死んでしまう、その事実を変えることはできない。

未来が変わってしまうから…。
でも、冤罪の証拠は彼女達のスマホにしっかりと残っているはずだ。これで、痴漢行為を行い逃げようとして跳ねられたという最悪な肩書きだけは無くなるはず。私達が乗っていた電車が発車をすると、駅長室のほうから駅長さんと職員が走ってこちらに駆け寄ってくるのがみえた。後は冤罪の事実を駅長さんに訴えればいいだけ。

『ちょ、ちょっといい加減離してください!駅長さんもきたし、もういいでしょ?』

匠君に腕を捕まれていた飛鳥さんが暴れている。そろそろ時間なのかもしれない。死後の飛鳥さんは離れたベンチに座り、こっそりこちらを伺っている。自分が死ぬ瞬間に立ち会うというのはどれほどの恐怖なのだろうか…。

その時、"通過電車が参ります、足元の点字ブロックまで下がりご注意下さい"というアナウンスが聴こえてきた。電車が少しだけ速度を落としホームを目指して入ってくるのが見える。それと同時に突風が吹き出し"あっ!"という声が聴こえた。空に舞い上がる茶封筒を追いかけてホームの端のほうへと走り出した飛鳥さんを止めようと追いかける駅員さんたち。電車がホームへと侵入してきた為、更に強く吹き付ける風に巻き上げられて茶封筒は反対側のホームの方へと飛ばされている。もう少しで手が届く!というところで飛鳥さんの姿が消えた。急いで非常ベルを押しに行く駅長さんに、ただただ呆然と立ち竦む私達。

飛鳥さんは……?
電車が通過したあとに降りたのか飛ばされた茶封筒を追って反対側の線路へと渡っていた。けたたましい警笛の音が鳴り響き、反対側のホームへと電車が入ってくるのが見えるそして…今まで聞いたことのないような鈍い音がしたかと思うと電車はようやく停止した。動くことを忘れたかのように呆然と立ち尽くすホームにいる人々。私と匠君は顔を見合わせて深呼吸をすると、やるべき事を行うことにした。

「あなた達こんな時にごめん、二人ともスマホ見せてくれる?…残酷な言い方かもしれないけど、あの人が電車に跳ねられたのはあなた達がバカなことしたからだと思わない?」

私の言葉を聞き、事の重大さに気づいたのかガタガタと両足を震わせ始めると、二人とも両ひざをついて地面に座り込んでしまった。そして二人にスマホを取り出させ先ほどのやり取り画面を私のスマホで撮影し証拠を押さえる。

「あなた達?私はこのまま、ここからいなくなるから、この写真をバラまかれたくなかったら今日はショックを受けたということにして黙秘を続けるの。そして明日になったら警察の人にこう言いなさい?"電車が揺れた時に落ちたおじさんに足を踏まれて、喧嘩になっただけ。痴漢なんて言ってないです"って。あなた達、余罪もあるでしょ?これを警察にみせたら今までの痴漢事件だって冤罪だと暴かれて最悪二人とも多額の損害賠償を請求されて、刑務所行きだからね?…わかった?」

二人で顔を見合わせて、私のほうを向き何度も頷いてみせる女子高生たち。毎日のように死体をみている私とは違い、この子達にはあまりにも刺激が強すぎる光景だろう。
私は駅長さんのところに行くと、"彼女たちはあまりのショックに今は口が聞ける状態じゃないから、明日詳しい話を聞いてくれ"ということを告げ自分の嘘の連絡先を渡してこの場を立ち去った。

一方匠君は、死後の飛鳥さんと合流して茶封筒の奪還を試みている。

「飛鳥さん!まだ警察が到着していない、今がチャンスです!俺が駅員さん達に適当に事情を説明して足止めしとくので、飛鳥さんはこっそり線路に降りて茶封筒を回収してきてください!終わったら霊柩車に集合です!」

『わかりました!健闘を祈ります!』

私が霊柩車へと戻り半刻ほどが過ぎた頃ようやく匠君が戻ってきた。

「お疲れ様、大丈夫だった?私は証拠を撮影して彼女達を脅しといたから多分うまくいったと思う!」

『やるねー翼!俺も駅長さんたちには、飛鳥さんが痴漢しているところは見ていない!突然女子高生が騒ぎ出したって言っといた。だからきっと大丈夫だよね!』

"お待たせしましたー!いや~、隣に自分が死んでいるもので少し怖くなって遅くなってしまいましたが、何とか持ち出すことができました!お二人のお陰です。後は手紙を添えてこれを妹に託したら大丈夫なはずです!"

「女子高生もしっかりと脅しておいたから今は痴漢容疑になっているかもしれないけどきっと明日には、違うってことが証明されますからね!これで、葬儀後の妹さんの心情も違ってくるでしょう。」

"本当に二人には何とお礼を言ったらいいものか…弥生には少し苦労をかけるかもしれませんが、出来ることはやりましたしね…"

『俺達も、騒ぎが収まるまではきちんと妹さんを見守っておきますので安心して成仏してくださいね。』

飛鳥さんの自宅に寄り、郵便ポストに茶封筒と手紙を入れる。これで任務完了だ。ん?何か忘れていることがあるような…と思ったが飛鳥さんが光に包まれ始めた。

安らかな表情を浮かべ目を閉じている飛鳥さんに匠君が何か話しかけようとしていたが時既に遅し。私達は元の駐車場へと戻ってきていた。

『あ、やっと霧晴れてきましたね。』

助手席には妹の弥生さんが
遺影を抱えて座っていた。

「ねぇ、匠君?飛鳥さんに最後、
何か言おうとしていなかった?」

『あぁ、あれね!いや妹さんが多分、冤罪の証拠としてエロDVDを探しに行きますよ!って教えてあげようと思ったの。でも間に合わなかったし仕方ないよねー。』

"えぇぇー!匠さん!そんな大事な話、最初に教えてくださいよぉぉー!趣味が同じなら全部差し上げたのに…熟女と温泉とか色々あったんですよ?ふふっ、仕方ないか。では僕はそろそろ行きますね!お二人ともありがとうございました。妹のことをよろしくお願いします。"

私達の頭の中に流れてきた声に二人でにやけながら棺を運び出すと火葬場の職員へと引き渡す。この日私達は、飛鳥さんの火葬が終わるまで見届けて弥生さんにある提案をした。

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