【32】旧友との再会

文字数 4,137文字

『おはよう翼!』

「匠君おはよう!朝ごはん出来てるよ~!」

『いつもいつも、美味しいご飯と、美味しいご飯を提供してくれる翼に感謝して、いただきまーす!』

朝ごはんの片付けも終わり出勤準備を終えた私。いつもなら、先に準備を済ませて玄関近くでうろうろと待ってくれているはずの匠君の姿が見えない。

「あれ?片付けと準備終わりましたけど、匠君どこにいるの?」

『ごめん!翼ー?先行っててくれるかな?俺、腹が急降下中でして…。今外に出れそうにないわ…。』

「また~?本当、お腹弱いよね?いつもいつも朝からご苦労様です!先に行ってるから鍵かけるの忘れないでよ!?」

私が出勤して半刻ほどでようやくトイレで籠城していた匠君がやってきた。

『おはようございます!皆様本当申し訳ない…。いや~トイレに入っていた時間より、通勤にかかる時間が短いのって俺くらいだよね?』

「匠君、本当長かったわね。大丈夫なの?あ、匠君がトイレで戦っている間に昨日話していたお客さんから電話があってこれから来館するそうだから、対応よろしくね?」

「了解!昨日書類は揃えておいたし、いつきても大丈夫だよ!あ、誰かきたみたい。」


『おはようございま~す!』

「『おはよ~!』」

「あ、弥生ちゃん、おはよう!
依頼人かと思って少し焦ったよ…」

「今、いつでも大丈夫って言ってたじゃん」

「細かいことはいいのー!」

『皆さん、今日も朝から賑やかですね!』


「さて、みんな揃ったところで朝礼を始めます!改めておはようございます。もうすぐ到着予定の依頼人…あれ?名字何だっけ?寿郎昨日ちゃんと聞いてた?』

『…すまん、声の事で頭がいっぱいで、言われたとは思うけど俺も思い出せない…。』

『まったく…うちの男二人は力仕事以外、本当、役に立たないのよ~?電話を取ったら内容メモするのって社会人の基本でしょ?弥生ちゃんもこれから苦労すると思うけどいつでも愚痴っていいからね?』

「さっき、"岡"さんって言ってたわよ。」

『では、気を取り直して…その岡さんだけど、もうすぐくるからよろしく!以上!今日も一日安全に楽しく、お客様の前ではしめやかに!頑張りますよー?』

なんだ、その適当な挨拶…。
弥生ちゃんは"はーい"と元気に返事をしているが、私を含めた三人は既に自分の仕事を始めていた。それから間もなく、一台の白いワゴン車が駐車場に停まった。ワゴン車から降りてきたのは、寿郎君の予想通り、二十代中頃だろうか?弥生ちゃんくらいの年齢の青年三人組。細身で身長もごく普通の爽やかな青年と色黒でガッチリとした青年、長髪で色白の痩せた青年の三人だった。

『すみませーん!電話した岡と言います。』

「岡様、お待ちしておりました、
ご案内しますのでこちらへどうぞ。」

入口で出迎えた寿郎くんが、応接室へと案内し、その間に幸栄と弥生ちゃんがお茶を入れる準備をしてくれていた。

「岡様、この度は御愁傷様でございます。改めまして、わたくしは当會舘の支配人をしております、"岩崎"と申します。早速ですが家族葬の説明に移らせていただきますね…。」

大まかな流れを説明し、契約は終了。遺体は昼過ぎに到着するとのことだったので急いでお寺へと連絡し空いている導師様を探してもらう。

『岩崎さん、急なお願いにも関わらず、迅速に対応してくれてありがとうございます。少しでも早く、傷だらけの弟の遺体を供養してあげたいと思っていたので助かります…。』

「そうなんですね…。突然の事でご遺族の方も大変かと思います。できる限りの協力はさせていただきますので、何でもお申し付けくださいね。」

『ありがとうございます…。ぐすっ、本当に突然だったので気持ちの整理がつかなくて…僕達三人と弟は、東京から高速道路で帰っている途中でした…。四人で交代で運転をし、眠くならないように皆で話ながら順調に走っていたんです。それなのに…突然前から逆走する車が走って来たんです!片側二車線ある、追い越し車線をですよ?信じられませんでした。ニュースでよくある逆走映像そのままの光景が自分達の目の前で起こっているなんて…。その逆走車を避ける為に弟は急ハンドルをきり、車は大きく揺れながら横転し側壁にぶつかり止まりました。気がついた時には救急車で運ばれ、病院のベッドの上にいました。奇跡的に僕達三人は軽症で済み、その日のうちに退院出来たんですが、弟は帰って来ませんでした。まるで三人がケガをしないように守ってくれたのか?と思えるくらい、弟の体は血まみれで、無数の傷が痛々しく、見るも無残な姿に変わっていました…。だから少しでも早く痛々しい体をキレイな状態にしてあげたい、そう思いまして…』

「お辛いのに話してくれて、ありがとうございます。我々職員一同で、精一杯弟さんを最高の形で天国へ送り出せるように努力致しますのでお任せくださいね。では、導師様の都合がつきましたので、今夜19時より通夜を始めさせて頂きたいと思います。一旦お引き取りになって準備ができ次第また来館して頂けますか?」

『わかりました、よろしくお願いします』

三人を見送ると大急ぎで通夜の準備を行った。人手が一人増えたのでいつもよりも更に効率よく進みおやつの時間帯には終わることができた。

「いやー、皆お疲れ様でした!御遺体も到着したし後はご遺族の到着を待つだけだな。それまで、暫しの休憩ということにしよう!」

私がコーヒーを淹れ、幸栄と弥生ちゃんがおやつボックスから様々な種類のお菓子を出してきては目を輝かせている。祭壇の設置などで力仕事をした男組は、疲れたのか横になって眠ろうとしていた。

「そういえば、結局岡様たちは謎の覆面バンドなのかな?事故に遭ったって話以外何も聞いてないよね?」

『あ、そういえばそうだな。でも背格好もあれくらいだし、四人でいたのが三人になったってとことか考えたら…やっぱりその線が濃厚だとは思うな…違っててほしいけどさ。』



※※※※※
数時間後、三人組が戻ってきて通夜がしめやかに営まれた。通夜が終わり、三人は一度帰ってまた戻ってくるということだったので、出口に並び見送っていると突然、喪主である岡さんが並んでいた弥生ちゃんに話しかけ始めた。

『…あれ?もしかして藤原?
同級だった、藤原弥生だよね?』

「え?…誰?…あぁー!もしかして岡君?岡響(ひびき)君でしょ?」

『何年ぶりだろうね?本当久しぶりだ!まさかこんなところで再会するなんて、夢にも思わなかったよ…。』

「私も、岡って名字、珍しくないから全く気づかなかったよ。え、岡君の弟って事は、亡くなったのって奏(かなで)君だよね…?」

『…そう。』

「まさか奏君がこんな事になるなんて…。まだ若すぎるよね……。ぐすっ…」

『小さい頃はさ?空き地を走り回ってよく一緒に遊んでたよなー?その時にはこんな最期思ってもみなかったよ…まさか、兄である俺よりも先に弟がいなくなるなんて…。あ、そうだ、あいつらもいるんだぜ?』

車に戻ろうとしたところを引き留められた二人が、"何何?"と戻ってきていた。

『藤原は覚えてるかな?弦と弾だよ!?良い意味で変わったからな~あの二人!』

「…ん?なんとなく覚えてる…かな…?。」

『ま、予想通りの反応だな。
あいつら昔は影薄かったしさ!』

「というか、響君達は一緒に仕事でもしているの?移動も一緒にしているみたいだけど」

『…誰にも言わないって約束できる?』

「何?誰にも言えないような仕事してるの?まさか…オレオレ詐欺とか…!?言わないから教えてくれる?」

『藤原はバカだなー?俺らがそんなやつらに見える?ま、藤原なら約束守ってくれそうだし特別に教えてやるよ。実はな、俺ら四人でバンドをやっているんだ。俺がボーカルで奏がギター、弾がドラムで弦がベース。嫌がる奏に無理矢理ギターをやらせてさ~始めたバンドなんだよ。四人で始めた活動も7年目くらいからやっと音楽で食べれるようになって、今はそこそこ人気バンドの仲間入りした。藤原、知っているかな?巷で話題の謎の覆面バンド!あれ、俺らなんだよ。奏が極端な恥ずかしがりでさ、それを克服する為に全員で覆面を被るようになったんだ。結局、俺達のバンドは奏の存在が大きかったんだと、今になってわかったよ。これからどうすればいいかも、今は何も考えられないでいるんだ…。』

「そうだったんだね…。まさか、あの覆面バンドが響君達とは…。音楽のことはよくわからないから、偉そうなことは言えないけどさ?ゆっくり時間をかけて考えたっていいんじゃない?きっと奏君も、そう思っているはずだから。」

『ありがとう藤原。ヤバい!もうこんな時間か…本当は奏の側で朝まで過ごしたいんだけどレコード会社と話し合いとか色々あってさ…藤原も忙しいのに長話してごめんな?それじゃまた明日、よろしく頼むよ!』

「また明日、予定の時間に待ってるね!響君達も忙しいと思うけど、安全運転で気をつけて帰ってよね!」

三人が帰り、片付け終了後…

『…弥生ちゃん。さっきの話、立ち聞きしてしまった!ごめん!』

「あ!寿郎さん聞いてたんですか?響君って読んでたから名字だけ聞いても気づかなくて…、中学の頃まで同じ学校に通っていた幼馴染みだったんですよ。寿郎さんの予感、当たっちゃいましたね…」

『その幼馴染みとの久しぶりの再会が、こんな悲しい形になるとは…。』

「あれ?寿郎さん?泣いているんですか?」

『見るなって!匠達には内緒だぜ!しかし、やっぱりあの声の持ち主は彼だったのかー。俺の耳は間違ってなかったんだな…。』

『寿郎!弥生ちゃん!明日も
早いしそろそろ帰るわよ~?』

『「はーい!」』

『弥生ちゃん?俺が泣いていたのは、絶対内緒だからな?それと明日は、友達を立派に送り出すために精一杯頑張るから。』

涙の後を拭い、そそくさと
暗闇に紛れていった寿郎さん。
明日は私も泣いてしまいそうだ…。
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