【38】エピローグ

文字数 2,387文字

病院からの不在着信の表示に、嫌な予感を感じた俺は、折り返すことも忘れ、家を飛び出し病院へと向かった。

「…すみません、お電話頂いていた岩崎です。何度もかけて頂いていたのに電話に気づかなくて…あ、あの翼は、妻は大丈夫なのでしょうか?」

まだ人気の少ないナースステーションに案内された俺は、当直の医師と看護師に詰め寄った。

『…はい、電話を差し上げていた時は急変して完全に呼吸が止まりかけていたんです。でもご安心ください、私どもにも原因はよくわからないのですが、その後持ち直し、奥様の状態は非常に安定しています。』

その言葉を聞き、張り詰めた緊張の糸が切れた俺はその場に座り込んでしまった。

病室へ行くと、相変わらず沢山の機械に繋がれた状態の翼だったが、前きた時よりも顔色がよくなっているように見えた。

"よかった……"

安心した俺は、翼の手を握ったまま夢の世界へと落ちてしまっていた。

『…岩崎さん、…岩崎さん!起きてください、奥様の回診の時間ですよ!』

ん?ここはどこだ?
俺は眠ってしまっていたのか…!

窓の外を見ると、すっかり太陽も登り
いつの間にか世界は朝を迎えていた。

「あのー、妻の様子はどうでしょうか?」

『熱も下がっていますし、脈も血圧も正常範囲ですね!体内酸素も充分ありますので、医師がきたら酸素マスクを外しても大丈夫か聞いてみます!それくらい、よくなってきていますよ。一時はどうなることかと思いましたが、奥様は諦めなかったんですね!』

午前中にもう一度、検査を行うとのことだったので午後から出直すことにした俺はそのまま會舘へと向かうことにした。

『おはよう匠君!』

「おはよう幸栄さん、寿郎!」

「二人で何話していたの?すごく盛り上がっていたように見えたけど!」

『いや、実はね?私昨夜、翼の夢を見たのよ!私達三人と翼が出てきた夢!で、寿郎にその話をしたら、寿郎も全く同じ内容の夢を見ていたっていうの!不思議だよね?」

「幸栄さん、それってどんな夢だった?」

『それがね、翼が三人にお願いがあるっていうの。病気に負けたくないから、私を応援してくれる?みたいな内容だったわ!』

「ちょっ、ちょっと待ってよ?!それ、俺が昨日見た夢と全く一緒!一体どうなってんだよ!…実はね、俺寝てて気づかなかったんだけど、夜中に何回も病院から着信があったの。その夢から醒めた後に急いで病院に行ったんだけど、一時呼吸が止まりそうになって危険な状態だったらしいんだよ…でも、突然持ち直したんだって。今は落ち着いてて、検査とかするから一回帰ってくださいって言われたからそのままここにきたんだけどさ…」

それからの俺達は仕事も手につかず翼が退院したら何をしようか、どこに行こう?という話で盛り上がり気づいた頃には面会の時間となっていた。

「…今から翼の面会に行こうと思って
いるんだけど二人もきてくれるかな?」

『賛成!寿郎も行くよね?』

『当然行くでしょ!!』

「よし、今すぐ出発だ!」

『あ、運転は俺がするからな?今の匠には、ハンドルを握らせられないわ。興奮しすぎて翼ちゃんに会う前に俺達三人が事故に合いそうだ。』

『それちょっと言い過ぎだよ寿郎?ま、運転は寿郎に任せて向かいましょう!』

寿郎の安全運転で病院に到着し病室へ行くと主治医が翼の横に立っていた。

『いやー、一時はどうなることかと思いましたが、先ほど頭の検査をした結果…頭の出血していた箇所が綺麗に消えていたんですよ!我々の治療と奥様の"生きたい"という力が奇跡を起こしたんです!岩崎さん!ここまでくればもう大丈夫、直に目も覚めるでしょう。』

そして待ちに待った時…。
主治医が退出して三人で喜びを
分かち合っていると

「…匠君?」

『え?今翼喋ったよね…?』

ベッドを取り囲み翼の様子を見ていると静かに目を開き、俺達の顔を交互に視線で追っている。
翼が…目覚めた!

『「つーばーさー!!!」』

『翼ちゃん…。』

「…三人揃って何で涙ぐんでいるの?」

『…なんでって、あんたが目覚めたからに決まっているでしょ…?翼、死にかけてたんだよ?もー、心配ばかりかけて…!バカ!』

『え?そうなの?…私確かコーヒー飲んでる途中に頭が痛くなって…それからの記憶が全くありませんね…。あ、何か三人に会いに行ったような気はする!それも気のせいかな?』

四人で顔を見合わせて、笑い合う。
ようやく日常に戻れそうだ。


──それから一週間後、私は退院した。
退院してしばらくは、過保護を発揮した匠君により、自宅待機が命じられ食事だけを皆と取る生活が続いた。そして、仕事に復帰した私の前に幽霊は現れなくなった。あれは脳ダメージによって作り出された私の妄想だったのか?ということは、匠君にも何か異常があるのかもしれない…。
そして、ある日のこと。
帰宅した匠君が真剣な顔で
突然話しを始めてきた。

『…翼?最近幽霊見た?』

「私、退院してから一度も幽霊を見てないの。もしかして匠君もなの?」

『俺も最近全く見なくなったんだよ!火葬場に近づくと、今日こそはまた例の霧が?とか思うんだけど、何も起きないんだ…!』

「なんか、事故に遭う前は見えないのが当たり前だったのに、突然見えるようになって色んな出会いがあってさ…見なきゃ見なくていいものなんだろうけど、少し寂しく感じる自分が居るんだよね。」

『確かにね…幽霊が見えなくなって寂しくもあるけど、翼は元通り元気になってくれた。それだけで俺は幸せだよ?』

「それは私だって一緒!匠君と會舘の皆と笑っていられる今が一番の幸せ。」

『ただいま帰りましたー♪』

もう一人の可愛い同居人が
帰ってきたようだ。
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