【16】名探偵寿郎
文字数 3,417文字
『翼、おはよう!体調はどう?』
「匠君おはよう!この通り、ほら元気だよ~!本当心配しなくても、全然大丈夫だからね?」
本当に今日は、昨日までの頭痛もなく気持ちのいい朝を迎えることができた。
ただの風邪なのに、彼は本当に心配性だ。
簡単に作った朝食を食べて二人で他愛もない話をしながらコーヒーを飲むこと。ただそれだけで何気無い日常のありがたさを感じる。
食事が終わり、支度に時間がかかる私に代わって後片付けを始めてくれている彼。
本当に優しい旦那様だ。
『そろそろ会社に行きますか?』
「うん、匠君、後片付けしてくれてありがとう!助かりました。じゃ行こっか!」
家の玄関に鍵をかけ、徒歩一分の通勤タイム。幸栄達はまだきていないようだ。
『ねぇ翼?昨日の話の続き
なんだけど…ちょっといい?』
昨日もそうだったが、やたらと伊集院さんの依頼が気になって仕方がない様子の匠君。何か特別な理由でもあるのだろうか…。
「昨日?伊集院さんの事だよね?ずっと気にしてるけど何か気になることでもあるの?」
『いやー、特にないんだけどさ…
何か胸騒ぎがするんだよねー。』
「まぁ確かにね、私も最初は少し腑に落ちないところはあったのよ。でも、私たちの仕事って亡くなられた故人とご遺族の心に寄り添って誠意を尽くし、最期のお別れの手助けをする、そういうものでしょ?せっかく最期の場所に伊集院様が私達を選んでくださったんだから、私達はいつも通りの仕事をするだけだよ?」
彼女の言うことは、正に正論。
ぐうの音も出ないとはこのことだ。
『翼、そうだよね!受けたからには仕事はきっちりとやりますよ?ただね、また例の霧が出てくるんじゃないかと思ったら、そこが少し心配なのよね。今回は翼でしょ?』
「その時は、その時だよ匠君!別に命狙われるわけでもないんだからさ?」
『まぁ、生身の人間相手じゃないしね!』
伊集院様との打ち合わせに使用する書類の準備を整えながら話をしていると、入口のほうからいつもの騒がしい声が聞こえてきた。
『おはよーう翼!あ、匠君も
いたのね?二人とも、おはよう!』
「おはよう幸栄、今日も
朝から元気いっぱいだねー。」
『おはよう幸栄さん!元気が取り柄だもんね?幸栄さんは!あれ、相方は?』
『それそれ!あ…、寿郎ね。申し訳ない…少し寝坊致しました!何か遅くまで一人でドラマ鑑賞してたみたいなのー。本当この年になって寝坊とか情けないわ…!』
『そうなの?寿郎がドラマに
ハマるとか珍しい事もあるんだな。』
『最近放送しているドラマでね、今、結構流行っているみたいなの。タイムスリップしたりしながら事件の犯人を解決する、ミステリー物。匠君知らない?』
『基本、俺はドラマ見ないかな?翼が見てたら隣でツンツンしながら軽く見るくらいで基本スポーツ番組かお笑い専門!』
『何よ、ツンツンって!イヤらしーい!』
『えぇ?だってさ?話したいのにテレビに集中されてたら、邪魔したくなるでしょ?』
『…まぁ、確かに。』
二人のくだらない会話を聞きながらコーヒーを入れていると、聞き慣れた車のエンジン音が聞こえてきた。寿郎君が到着したようだ。
「…おはよう、遅刻して申し訳ない…。」
『寿郎、おはよう!どこか違う時代にタイムスリップでもしたのかと思って心配しちゃったよ~?!』
「幸栄、…お前、ばらしたな…。」
幸栄は私の後ろに隠れ、寿郎君の
リアクションを笑いながら見つめている。
『よーし、みんな揃ったことだし、
本日もよろしくお願いしますね!』
匠君の一言を合図に各々が自分の役割をこなし始め、遅刻した分を取り戻そうと頑張ってくれた寿郎君の頑張りにより予定よりも早く終わらせることができた。
『寿郎のお陰で早く終わったな!これだけ頑張ってくれるなら、毎日遅刻でもいいぞ?』
『同じ過ちは二度としないから。』
『うわっ、何?その捨て台詞!
俺も使わせてもらおっかな~?』
「はーい、伊集院様到着したみたいよ?」
外国産高級車から降りて最初に現れたのは、五十代と思われる高級ブランドのスーツに身を包んだ初老の紳士と、少し派手な化粧をした気の強そうな五十代後半と思われるお姉様、最後に出てきたのが、最初の二人とは違いお金持ちオーラの少ない地味だが小綺麗で優しそうな四十代後半の女性。
『おはようございます、昨日お電話した伊集院ですけど、時間がないから打合せできるだけ早く終らせてもらえるかしら?』
「おはようございます、伊集院様お待ちしておりました。早速火葬場までの流れをご説明させて頂きますので、中へどうぞ。」
口を開いた派手な女性の言い方に、苦笑いをしつつ案内役の幸栄へと引き継ぐ。
"感じ悪いな~"と思っていると、私の横を最後に通りすぎた一番若い女性が小声で"すみません、気にしないでください"と囁いてくれた。
応接室では、匠君が本日から明日までの流れを丁寧に説明しているが、何せ態度が悪い二人と、申し訳なさそうにしている女性。
三十分ほど経つと契約が成立したのかそそくさと部屋を出ていく年長者の二人。取り残された女性と匠君が何やら話し込んでいる様子だったので、お茶のお代わりを持って行くことにした。
『では、今後の事はみやこさんにご相談させて頂くという形でよろしいでしょうか?』
『はい、兄と姉は会社の事もあるし忙しいと思いますので、それでお願い致します。』
『ちなみに、ご参列させるのはご兄妹だけで、お孫さんなどその他のご親族は呼ばれないということですが、本当によろしいのでしょうか?』
『…うちは、子どもたちにお婆ちゃんとの最期の別れをさせてあげたいと思っていましたが…兄達に合わせるしかありません…。では、昼前には母の遺体が運ばれてくると思いますので、よろしくお願い致します。一度帰って準備してきますね。』
一人、タクシーで帰って行ったみやこさんを見送った後、コーヒーを飲みながら匠君を三人で質問責めにしている私達。尋問隊長は勿論、幸栄である。
『さーて、匠君この火サスで出てきそうな兄妹達の詳しい話、聞かせて貰えるかしら?』
「幸栄、火サスって…いつの時代の人間よ?まぁ確かに状況の説明は聞きたいわね。」
寿郎君は頷きながら匠君を見つめている。
『本当、皆して怖いから!別にややこしい話はないんだけど、亡くなったのは"伊集院サキ"さん、喪主は長男の"伊集院隼 "さんで、長女が化粧濃い目の"小松原雅 さんね、で、最後まで話をしてくれていたのが次女の"柴田京 "さん。故人の旦那さんは数年前になくなっていて、平日だけ家政婦を雇って一人で暮らしていたらしいんだけど、家政婦が帰った金曜の夜に亡くなって、遺体が発見されたのが月曜の朝だったらしい。』
『ふむふむ、タイミングが悪かったから発見されるのが遅かったってわけね。で?』
『そうそう、だから自然死か他殺かも調べないといけないし、どちらにしろ母親がそんな死にかたしてたって周りにバレたら体裁が悪いでしょ?だから、故人の意思を尊重して密葬しました!とか後で言ったらいいじゃん?ということになったらしいよ。亡くなったサキさんはさ、近所でも意地悪婆さんって呼ばれて有名だってらしくてね、普通に葬式しても誰も来やしないよ!ってのも本音の中にあるみたいだけど。』
『……、近寄ってくる人間は全て私のお金が目当て…誰も人間としての私を見てくれはしない…それならもう、これ以上傷つかなくていいように、意地悪な人間に徹しよう…』
「え?…寿郎君?」
普段はほとんど口を出してくることのない寿郎君が突然ボソボソと話し出した。
『なになにー?寿郎もしかしてドラマ見すぎて、心情の推理までできるようになっちゃったのー?私ら二人で名探偵夫婦じゃん!!』
『いやー、まさか寿郎の名推理が聞けるとはね!でも、あながち間違っていないかも?俺も見よっかな?その…ドラマ?』
無事に故人の受け入れも終わると、事件性はない突然死ということが知らされた。その日の夜にひっそりと執り行われた泣く人が誰もいない参列者三名のお通夜には導師様達の諷経の声だけが美しく響いていた。
「匠君おはよう!この通り、ほら元気だよ~!本当心配しなくても、全然大丈夫だからね?」
本当に今日は、昨日までの頭痛もなく気持ちのいい朝を迎えることができた。
ただの風邪なのに、彼は本当に心配性だ。
簡単に作った朝食を食べて二人で他愛もない話をしながらコーヒーを飲むこと。ただそれだけで何気無い日常のありがたさを感じる。
食事が終わり、支度に時間がかかる私に代わって後片付けを始めてくれている彼。
本当に優しい旦那様だ。
『そろそろ会社に行きますか?』
「うん、匠君、後片付けしてくれてありがとう!助かりました。じゃ行こっか!」
家の玄関に鍵をかけ、徒歩一分の通勤タイム。幸栄達はまだきていないようだ。
『ねぇ翼?昨日の話の続き
なんだけど…ちょっといい?』
昨日もそうだったが、やたらと伊集院さんの依頼が気になって仕方がない様子の匠君。何か特別な理由でもあるのだろうか…。
「昨日?伊集院さんの事だよね?ずっと気にしてるけど何か気になることでもあるの?」
『いやー、特にないんだけどさ…
何か胸騒ぎがするんだよねー。』
「まぁ確かにね、私も最初は少し腑に落ちないところはあったのよ。でも、私たちの仕事って亡くなられた故人とご遺族の心に寄り添って誠意を尽くし、最期のお別れの手助けをする、そういうものでしょ?せっかく最期の場所に伊集院様が私達を選んでくださったんだから、私達はいつも通りの仕事をするだけだよ?」
彼女の言うことは、正に正論。
ぐうの音も出ないとはこのことだ。
『翼、そうだよね!受けたからには仕事はきっちりとやりますよ?ただね、また例の霧が出てくるんじゃないかと思ったら、そこが少し心配なのよね。今回は翼でしょ?』
「その時は、その時だよ匠君!別に命狙われるわけでもないんだからさ?」
『まぁ、生身の人間相手じゃないしね!』
伊集院様との打ち合わせに使用する書類の準備を整えながら話をしていると、入口のほうからいつもの騒がしい声が聞こえてきた。
『おはよーう翼!あ、匠君も
いたのね?二人とも、おはよう!』
「おはよう幸栄、今日も
朝から元気いっぱいだねー。」
『おはよう幸栄さん!元気が取り柄だもんね?幸栄さんは!あれ、相方は?』
『それそれ!あ…、寿郎ね。申し訳ない…少し寝坊致しました!何か遅くまで一人でドラマ鑑賞してたみたいなのー。本当この年になって寝坊とか情けないわ…!』
『そうなの?寿郎がドラマに
ハマるとか珍しい事もあるんだな。』
『最近放送しているドラマでね、今、結構流行っているみたいなの。タイムスリップしたりしながら事件の犯人を解決する、ミステリー物。匠君知らない?』
『基本、俺はドラマ見ないかな?翼が見てたら隣でツンツンしながら軽く見るくらいで基本スポーツ番組かお笑い専門!』
『何よ、ツンツンって!イヤらしーい!』
『えぇ?だってさ?話したいのにテレビに集中されてたら、邪魔したくなるでしょ?』
『…まぁ、確かに。』
二人のくだらない会話を聞きながらコーヒーを入れていると、聞き慣れた車のエンジン音が聞こえてきた。寿郎君が到着したようだ。
「…おはよう、遅刻して申し訳ない…。」
『寿郎、おはよう!どこか違う時代にタイムスリップでもしたのかと思って心配しちゃったよ~?!』
「幸栄、…お前、ばらしたな…。」
幸栄は私の後ろに隠れ、寿郎君の
リアクションを笑いながら見つめている。
『よーし、みんな揃ったことだし、
本日もよろしくお願いしますね!』
匠君の一言を合図に各々が自分の役割をこなし始め、遅刻した分を取り戻そうと頑張ってくれた寿郎君の頑張りにより予定よりも早く終わらせることができた。
『寿郎のお陰で早く終わったな!これだけ頑張ってくれるなら、毎日遅刻でもいいぞ?』
『同じ過ちは二度としないから。』
『うわっ、何?その捨て台詞!
俺も使わせてもらおっかな~?』
「はーい、伊集院様到着したみたいよ?」
外国産高級車から降りて最初に現れたのは、五十代と思われる高級ブランドのスーツに身を包んだ初老の紳士と、少し派手な化粧をした気の強そうな五十代後半と思われるお姉様、最後に出てきたのが、最初の二人とは違いお金持ちオーラの少ない地味だが小綺麗で優しそうな四十代後半の女性。
『おはようございます、昨日お電話した伊集院ですけど、時間がないから打合せできるだけ早く終らせてもらえるかしら?』
「おはようございます、伊集院様お待ちしておりました。早速火葬場までの流れをご説明させて頂きますので、中へどうぞ。」
口を開いた派手な女性の言い方に、苦笑いをしつつ案内役の幸栄へと引き継ぐ。
"感じ悪いな~"と思っていると、私の横を最後に通りすぎた一番若い女性が小声で"すみません、気にしないでください"と囁いてくれた。
応接室では、匠君が本日から明日までの流れを丁寧に説明しているが、何せ態度が悪い二人と、申し訳なさそうにしている女性。
三十分ほど経つと契約が成立したのかそそくさと部屋を出ていく年長者の二人。取り残された女性と匠君が何やら話し込んでいる様子だったので、お茶のお代わりを持って行くことにした。
『では、今後の事はみやこさんにご相談させて頂くという形でよろしいでしょうか?』
『はい、兄と姉は会社の事もあるし忙しいと思いますので、それでお願い致します。』
『ちなみに、ご参列させるのはご兄妹だけで、お孫さんなどその他のご親族は呼ばれないということですが、本当によろしいのでしょうか?』
『…うちは、子どもたちにお婆ちゃんとの最期の別れをさせてあげたいと思っていましたが…兄達に合わせるしかありません…。では、昼前には母の遺体が運ばれてくると思いますので、よろしくお願い致します。一度帰って準備してきますね。』
一人、タクシーで帰って行ったみやこさんを見送った後、コーヒーを飲みながら匠君を三人で質問責めにしている私達。尋問隊長は勿論、幸栄である。
『さーて、匠君この火サスで出てきそうな兄妹達の詳しい話、聞かせて貰えるかしら?』
「幸栄、火サスって…いつの時代の人間よ?まぁ確かに状況の説明は聞きたいわね。」
寿郎君は頷きながら匠君を見つめている。
『本当、皆して怖いから!別にややこしい話はないんだけど、亡くなったのは"伊集院サキ"さん、喪主は長男の"
『ふむふむ、タイミングが悪かったから発見されるのが遅かったってわけね。で?』
『そうそう、だから自然死か他殺かも調べないといけないし、どちらにしろ母親がそんな死にかたしてたって周りにバレたら体裁が悪いでしょ?だから、故人の意思を尊重して密葬しました!とか後で言ったらいいじゃん?ということになったらしいよ。亡くなったサキさんはさ、近所でも意地悪婆さんって呼ばれて有名だってらしくてね、普通に葬式しても誰も来やしないよ!ってのも本音の中にあるみたいだけど。』
『……、近寄ってくる人間は全て私のお金が目当て…誰も人間としての私を見てくれはしない…それならもう、これ以上傷つかなくていいように、意地悪な人間に徹しよう…』
「え?…寿郎君?」
普段はほとんど口を出してくることのない寿郎君が突然ボソボソと話し出した。
『なになにー?寿郎もしかしてドラマ見すぎて、心情の推理までできるようになっちゃったのー?私ら二人で名探偵夫婦じゃん!!』
『いやー、まさか寿郎の名推理が聞けるとはね!でも、あながち間違っていないかも?俺も見よっかな?その…ドラマ?』
無事に故人の受け入れも終わると、事件性はない突然死ということが知らされた。その日の夜にひっそりと執り行われた泣く人が誰もいない参列者三名のお通夜には導師様達の諷経の声だけが美しく響いていた。