13.再来

文字数 2,740文字

見たくないものというものは、どうしてこう遠慮がないのだろう。

目を開けると、いつもの天井に、カーテン越しの朝陽。

いつもと何一つ変わらない朝。

なのにわたしは、今度ばかりは、ため息をつかずにはいられなかった。

五月に入り、だんだん空気の温度に、日差しの気配がにじんできた。
わたしはそれなのに、毎年苦しくなって布団を何回か蹴とばすまで、ずるずると毛布をかけ布団にしている。

さすがに六月になることには手放しているけど、なんていうか、落ち着かなくて。
まるで、スヌーピーのアニメに出てくる毛布の子みたいだ。
あの子は子どもだからまだいい。けど、わたしなんて二十六だ。微笑ましくないどころか、笑い話にもならない。

昨日の夜も、そうだった。

まだ夜は肌寒かったから、いつものように毛布をかぶって眠った。
夜を少しだけ眺めた、夜中の一時か二時くらいだったと思う。

いつのまにか、土壁の道を進んでいた。
いつもの、二人がいた。

相変わらずの展開だ。
今にも霞んで、だれかが吹けばすべて消えるような、気配の住人。

もうすっかり、見慣れた夢。
わたしはただ、ぼんやりとその風景に溶け込んでいく。

夢見初めの最初のほうは、内容が内容だけに本当に気味が悪くて、夢占いのサイトや本ばっかりみて、答えを探していた。

あなたの隠された罪悪感が断罪され、浄化されるという意味付けもあった。
「死と再生」のテーマ、というらしい。

なるほど、わかりやすいし、それはそれでしっくりくる気がする。
いわゆるスピリチュアル系の本にもそういう記述があるし、かと思えば心理学でも百年以上夢を研究している分野があるらしい。読めば、そちらのほうでも、いくつか似たような記述があった。

ただ、こういう正式な学問ということになると、わたしはさっぱりだ。
文を読むこと自体は嫌いじゃないけど、そういう専門の本は、深く読もうとすると、素人じゃ厳しい。あたりまえだけど。

どの本も、いろいろな人が同じようで違うようなことを言っているような気もするし、その逆の気もする。

かと思えば、そもそも生物の細胞は、常に生き死にを繰り返している。
だから、ものをいろいろと考えることができてしまう人間は、生得的本能のようなものと相まって、そのような(はなし)を作り上げてしまうのだ、という考えもあった。

難しいし、なんか素っ気ないけど、これはこれでそんなふうに思うとたしかに、そんな気もする。いろんな考え方があるものだ。

とはいえ最近は、はっきりいって、その夢もマンネリになっていた。

思い出したころにふと見てしまうけど、ああ、またきたの?
ああ、そう。じゃあね、出るときはカギ閉めていってねという、ほぼそんな感じ。

だから、見慣れたものだった。

乾いて崩れそうな壁も、ひたひたと歩を進める気配も、すべてを飲み込む、この静寂(せいじゃく)も。

なんのことはない。今日もまた、淡々と進めばいい。どうせ待っているのは、いつもの断頭台だ。見慣れたはずなのにいつまでも像を結ばない、夢の断頭台。
ずいぶん進んだ。ほら、もうすぐだ。ちょうどいい。もうそろそろ手を、

・・・・・・手・・・?

手? 手? だれの? ちがう。 どちらの? 手? 手? そんなのがいつのまに―――

そのとき、どこから見ていたのかはわからない。

けれどわたしが、思わず目を覚ますまえにみたのは、

たぶん、後ろ手にぐるぐるに結ばれた、だれかの手だった。

・・・・・・予兆、というのだろうか。

たまに、ごくたまに、こういうアクシデントが起きる。

それに応じて、夢の断片がまた、少しだけ目を覚ます。
だから、先にわたしが目を覚ました。

「めんどくさ・・・・・・」

なにがと言われると、よくわからないけど、そんな気分。

なんにせよ、気持ちのいい夢ではない。
謎解きクイズならまだしも、自分の見る夢だと、迷惑なだけだ。

なので、この先を知ろうとは、今わたしはもう、思っていない。
思わないことにする。

少し伸び気味の前髪をはらって、キッチンに向かう。朝食はとったりとらなかったり、時間や気分次第だけど、今日ばかりは純粋に食欲がない。まあ、いい。

洗顔の前に、小鍋で水を火にかける。ついでに、PCも立ち上げておく。

そういえば、「ジェルモ―リオ」はたしか、コーヒー粉も売っていたっけ。でもあれ、ドリップのだよね。コーヒーメーカーがいるタイプ。いくらぐらいするんだろう。
五千円くらい? 出せなくもないけど・・・。

時計を見ると、液晶には「AM.5:02」の文字。

仕事の日は六時に起きているので、今日は正直けっこう損をした。
けれど、この薄暗い気持ちからの立て直しや、結果的にスキマ時間ができたことを考えれば、案外悪くないのかもしれない。

カップに注いだコーヒーに、ミルクと砂糖を落とす。
別にまずいわけじゃないんだけど、ジェルモ―リオのコーヒーのように、ブラックで飲もうという気がしない。朝食代わりにもなるから、べつにいいだろう。

一口飲んで、伸びをする。あと一か月もすれば、立派にアイスコーヒーの季節だ。
ということは、そろそろ氷をためておかないとね。梅雨の時期はともかく、夏場は小さな冷凍庫の氷なんて、あっという間になくなるから。

忘れないよう六時にアラームをセットして、PCの前へ。クラウドソーシングの、メールボックスをチェック。
昨日納入したテープ起こしの件で、確認とお礼のメールが来ていた。

その他に、アンケートや、口コミといったタスク業務がいくつかあった。ひとまずそちらを片付けておくか。本当に簡単な作業なので、単価は一件につき十円とか、多くても百円程度。

並行して、名刺の名前入力の仕事も入っているので、時間もあるし、そちらにも手をつけておく。月契約で、これも一枚分数円単位の仕事なのだけど、作業した分の支払い額になるので、スキマ時間にこういう案件もこなしている。

こちらも名刺一枚分の入力につき数円程度の作業なのだけど、もともとの本業がデータ入力なので、けっこう数はこなせていると思う。

本当は、週に五日の仕事や、週四プラスで、もう一日何かしら固定給の仕事を見つけるべきだったんだろうけど。
理由があって、今はそれを見送っている。それでも、今のわたしはこれでなんとかやっていけている。

とりあえず「この商品についてのご感想を聞かせてください」という見出しをクリックする。新発売の、季節もののコンビニスイーツ。これは食べたことがある。

ちょうどよかったと、文字を打ち込もうと、した。

キーボードの上に乗っかる、わたしの手。

・・・・・・ぐるぐる巻きのあの手は、だれのものだったのだろう?

早起きして、ウォーミングアップできる時間があって、助かった。
無心に文章を打ち込んでいると、アラームが鳴るころには、夢のことをすっかり忘れていた。
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