第19話 最終章

文字数 2,144文字

 その2人は冷凍保管倉庫のステベかと最初は思った。すっぽり頭から被っているのが防寒用のマスクに見えた。
 1人は右手にナイフを、その後に続いて入って来たもう1人は両手で拳銃を構えていた。
 その時点で、ああ、強盗用の覆面なんだ、と認識できた。
 
 と、同時にわたしは床に伏せ、頭の後ろで手を組んだ。わたしの反応を見てスタッフも全員その場でずたっ、と床に伏せる。

「床に伏せろ」

と、ナイフを持った男が命じたのはわたしたちが床に伏せているのを見下ろしながらだった。

 わたしの頭の中では本社の社長が作った、”危機対応マニュアル”、に沿った行動が順序立てて組み立てられていた。

 初動として武装を確認した瞬間床に伏せ、無抵抗であることを示した。
 次は金庫を開ける作業だ。わたしがデニムのポケットにしまっているキーを彼らに示した上で指示に従い、耐火金庫にキーを差し込んでダイヤルを回し、開ける。因みに金庫の中にある小口現金は日本円に換算して20万円ちょっと。後は取引先との契約書が入っているだけ。20万円でも彼らにとっては強盗というリスクを冒してでも手にする価値がある金額だ。
 最後は彼らを送り出す作業だ。強盗を職業として分類するかどうかはともかく、プロならば目的を遂行したら速やかに退出するはずだ。顔も隠しているし、わたしたちに危害を加える必要もない。

 現場叩き上げの創業社長が経営理念の前に作ったというこの手順をコンマ数秒間に幾度も脳内で繰り返した。眼球の動きだけで見上げると、彼らの首筋の肌で人種が分かった。

 ナイフを持っているのは白人。銃を持っている方は黒人。

 少なくともここ2年で起こったこの街の強盗の中で、白人と黒人の組んだ仕事など聞いたことが無かった。
 時代も変わったんだな、と、少し心に余裕ができかかっていた時、白人がわたしの予想と違う行動を取った。

「立て」

 そう言って彼はエルセンの太腿辺りをブーツの爪先で蹴った。エルセンは両手を挙げたままゆっくりと立ち上がる。

「開けろ」

 白人の判断はごく常識的だ。最年長でリーダーとしての趣も持つエルセンを責任者と思ったのだろう。延髄にナイフの切っ先が触れるか触れないかという位置で右手を構え、金庫に向かった。

「俺は開けられない。ナンバーを知らない」
「開けろ」

 白人のアクセントから英語が母国語でないことが分かった。移民なんだろう。オランダか、スペインか。

「キーもナンバーも俺が管理してるんじゃないんだ」

 エルセンがもう一度自分は金庫を開けられないということを告げた。彼の首に突き付けられたナイフと、事務所全体を照準できる黒人の銃がわたしの判断を迷わせる。
 どう動くのがエルセンを無傷で済ませる正解なのかと。今わたしが名乗り出て彼が無事で済むのかと。

 躊躇していると白人が必然性の認められない行動を取った。

「う」

 エルセンが呻く。白人が空いた左手でエルセンのスラックスからベルトを強引に抜きはがしたのだ。
 すっ、という衣擦れの音がして足首までスラックスが滑り落ちる。
 白人はそのままブリーフを左手の届く範囲でずり下ろした。

「性器も黄色か」

 エルセンの表情は見えない。白人が鼻で笑った。

 
 なんだ。

 お前もあいつらと同じか。


「わたしが責任者よ」

 デスクの下にデイパックが落ちていた。
 わたしは左手で引き寄せる。

「キーはこの中」

 わたしが伏せたままそう言うと白人はエルセンにもう一度床に伏せろと命じた。

 エルセンは股間を床に擦り付ける恰好で伏せた。

「よし、ゆっくり立ち上がれ」

 男の指示に従いながら、わたしはキーを探す振りをしてデイパックの中を右手でまさぐる。
 感触だけで銃を握り込んだ。

 パン!

 銃声は、そんな風ではなく、事務所のコンクリート壁に反響してむしろ”パキン!”という風に聞こえた。
 それよりも弾丸がデイパックの布を突き抜ける、”ふすっ”、という音をわたし自身は感じた。
 
 ド、と白人は床に転げた。

「・・・!」

 弾丸は彼の右ひざを貫いたらしい。声も立てることができず、ただただ痛みを感じているようだ。
 その様子はなんだか、足をつって対処のしようがない時のように見えた。

 わたしはそのまま今度は黒人の方に振り返る。思った通り彼はまだ状況を把握できていなかった。反射で行動できてないということは強盗をするのが初めてなのだろう。
 撃つタイミングはわたしの方が速かったけれども照準が間に合わなかった。

 2振りの銃の音が重なった。

 彼は立っている。代わりにわたしの目から入って来る視覚情報のすべてが斜めになっていく。左耳が床に打ち付けられたのだけが分かった。

 スマホの画面を90度横に倒したような映像だ。

 クリーティーが黒人の足首にタックルした。黒人が事務所の壁に後頭部を打ちつけ、そのままぐったりするのが見えた。ジェフリが銃を無抵抗の黒人から引き剥がした。
 エルセンが股間を露わにしたまま、セキュリティ会社のアラームボタンを押した。
 エルセン、あなたって本当に優秀ね。

「イサキ! イサキ!」

 ああ、ヴィッキーか。
 わたし、どこに弾が当たったんだろ。お腹とかじゃないといいな。

 あれ? ヴィッキー。

 あなたの眼って、ブルーじゃなく、グリーンだったんだね。


 
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