第18話 生活の糧

文字数 1,384文字

 わたしたちは、仕事にかまけた。
 わたしの事務所のスタッフは職務に忠実だ。
 エルセンも、クリーティーも、ポールソンも、ジェフリも、ほんの少女と呼ぶべき10代終わりのヴィッキーでさえも。
 自分らで荷役をやった時も、腹立ちを持ちながらも彼らは現場作業を淡々とこなしてくれた。

 なぜか。

 生活の糧を得るためだ。

 働く理由は様々あっていいのだろうと思う。
 けれども、そこに切実さがないとしたら、その仕事は本当に必要な実務とはいいがたいと思う。
 生活の糧を得る、という理由は、切実そのものだ。

 時折わたしはここがアフリカだということを思い出すようにしている。
 わたしたちが仕事をするこの港湾都市は間違いなく都会ではあるけれども、同じ国土の中にサヴァンナがある。
 そこでは闇夜にあらゆる生物が蠢き、虫は微生物を食み、草食動物は草を食べる。そして、肉食動物は狩りをする。
 
 生活の糧を得るためだ。

 そこには暴力、というものが必然性を持って介在している。
 もちろん、暴力、という言葉は使わない。やや仏教的な物言いをすれば、殺生、という言葉になる。
 大きな昆虫はより小さな虫を有無を言わさずに殺す。そして、食べる。
 草食動物は草を殺す。
 そして、ライオンは狩りをして草食動物を殺してから、食べる。
 ライオンは百獣の王と呼ばれるけれども、決してそんな優雅な物とはわたしの目には映らない。
 切実なのだ。必死なのだ。
 だからわたしは彼らの暴力が、恐ろしい。

 多分、世の中の人間の多くが勘違いしている。
 
 お金がなぜ重要か。
 
 それは、食べるために暴力(殺生)ではなく、お金を媒介させることで済むからだ。
 カネを使うことで暴力を使わずに済むからだ。

 ところで、この世の中には、殺生を生業とする人たちがいる。
 わたしの母国である日本においては、漁師がそれだ。
 漁師は、わたしたちに成り代わって魚を殺す。わたしたちはカネを出し、寿司を食べる。
 
 子供の頃、祖母が昔の僧侶の話をしてくれた。

 その僧侶が全国を修行で歩いていた頃、ある漁師の幽霊と出遭った。
 その幽霊は、漁師として数多くの殺生を行ったために成仏できず苦しいと言う。そして、僧侶に救って欲しいと懇願する。
 僧侶は三日三晩お経を唱え、漁師は成仏することができた。

 わたしは、仕事でやむなく殺生する者を、それでも仏しか救うことができないという事実にショックを受けた。
 そして子供ながらに、わたしらも同罪なのにな、と感じた。
 漁師はわたしらに代わって殺生し、”業”を担いでくれている。
 もし敢えて仕事をカネで換算せざるを得ないとしたら。
 荒海で自らの命を危険に晒しながら、しかもわたしらの為に殺生してくれている彼らこそ、世の中で高い報酬を得るべき人間ではないだろうか。

 だから、わたしは、必然性の無い暴力・殺生が嫌いだ。
 テロが嫌いだ。
 戦争も、嫌いだ。
 古の武士ははっきりと戦は凶事だと捉え、まずは戦を回避するための智謀を巡らせた。
 武士でもないただの卑怯者が行う戦ほど醜いものはないと思う。

 だから、いじめをクールな暴力とうそぶいた彼女・彼らが、嫌いだ。
 わたしは女だから、彼女・彼ら、という呼び方をしているけれども。
 本当は、あいつら、と呼びたい。

 わたしたちは、淡々と仕事をした。

 そんな週末の夕方、その2人の男が事務所のドアを開けた。
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