第30話 最終話 2人

文字数 1,802文字

あれ?と周りを見回す。ここってあの公園だよな?と辺りを確認した。だが、人っ子一人見あたらない。
衣服を手で叩く。着ていたはずの病院着でなく、お気に入りのTシャツとジーンズを身に着け、ボロボロになってしまったモスグリーンの財布を持っている。
髪の毛は・・・あるな。鏡がないのでわからないが、服装は大学時代に着ていたもので間違いないようだ。



しかし、誰もいない。仕方がないので錆びた手すりに寄りかかる。
煙草は・・・持っている。どうして?と思いながら火を点ける。ケホッケホッ、久しぶりに吸ったせいで酷く咽る。



夕暮れの住宅街を眺めながら、ようやく体に慣れてきた煙草の煙を吐く。なんだかやけに体中が痛いし、痩せているはずなのに体が重くてうまく手足が動かない。おまけに怠いときた。
俺は咥え煙草のまま、「ふん」と掛け声をかけ、上半身を何度も左右に逸らして体をほぐした。



「そん・・・としちゃ・・・・あぶ・・・ってば!」
「ねえ・・・ちょ・・・ひ・・・・くん!」
誰かの声が聞こえ、辺りぐるりと見回す。
「こっ・・だっ・・・こ・・・だよ!」
駐車場のほうだ。目を凝らし、耳を澄ます。
「はあ、はあ、やっと見つけた。あーまた煙草を吸ってるの?」
嘘だろ?と思い、煙草が指から滑り落ちた。
「また会えたね」息を切らせながら彼女は嬉しそうに微笑む。大学生のときのままの彼女が。



「どうして亜由未がいるの?あれ?俺はまだ夢を見ているのか?」思わず頬を叩く。
「あれ、痛いぞ、どうして?」
「何をしているの?全く・・・」亜由未は呆れているようだ。残念そうに溜め息を吐いた。
「ええと、再確認、そう確認していたの!それよりも、どうして亜由未がいるの?そもそもここって・・・」
「さあ、どこだろうね?私も見たことはあるけどね」
「だって、ここに亜由未がいるのって変だよ、教えてよ」
「さあ、どうして私がいるんだろうね?」亜由未は焦らしながら意地悪く笑った。
「え?まさか亜由未も・・・」聞きたくはないが、その可能性を否定できそうにもない。
「教えないよ」亜由未はきっぱりと答えた。取りつく島も与えないように。
「どうして?」
「どうしても」そう言って亜由未は俺に駆け寄り手を握った。感触が伝わる。ああ、やっぱり亜由未だ。懐かしい、嬉しいなと思った。



「そういえば」俺は慌てて体中を触った。チャリン、あった、良かった。
「これを返さなきゃって、ずっと思っていた」俺はハートのネックレスを亜由未に差し出した。
「これはあなたの役に立てたのかな?」
「充分すぎるほどだよ。お釣りがくるくらいに」
「そういってくれると、貸した甲斐もあるね」
「本当にありがとう」
亜由未は黙って俺に背を向け、ネックレスをつけてほしいという仕草をした。
「ちょっと待って、俺、不器用だから」
「知ってる」亜由未がクスクス笑う。
丁寧に首に巻き、留め金を合わせる。
「首、苦しくない?」
「うん、平気」
「実は俺もまだ持っているんだ」俺はボロボロになってしまったモスグリーンの財布を亜由未に見せた。
「わあ、ずいぶんボロボロになっちゃったね。でも、ずっと使ってくれたんだ。ありがとう」
「大切な人から貰った大切なものだか」
「博司君、口がうまくなったっというか、少しキザになった?」
恥ずかしくて顔が火照る「あー見せなきゃよかった」財布を慌てて仕舞む。
「嘘だよ。ごめんね」
「キザとか酷いよね。久しぶりに会えたっていうのにさ」
「ううん、ちゃんと大人になったんだって安心したの」亜由未は言葉通り、安堵の表情を浮かべていた。
俺は亜由未の頭に手を置いて優しくポンポンと叩く。
「少しは変われたと思うんだ、自分でも。全部、亜由未のおかげだけどね」
「やっぱりキザだ。あのときは、こんなことをしてくれなかったのに」
「じゃあ、もうこういうことをしない」
「嘘だよ、嘘だって。ごめんね、ありがとう」亜由未は目を真っ赤にしながら、嬉しそうに俺の手を掴んだ。



「あそこに行こうよ」亜由未は俺の手を握ったまま、ベンチに向かって歩きだした。
「ねえ?」問い掛けずにはいられない。
「なに?」亜由未はこちらを振り返らずに答えた。
「これが夢だとしたら、この夢はいつ終わっちゃうのかな?」
亜由未は立ち止まり、振り返って俺の瞳をまっすぐに見つめた。





「さあ、こればっかりは私にもわからないなあ」
そう言って亜由未は満面の笑みで微笑んだ。
           





              完
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