第8話 謎のメッセージ

文字数 1,785文字

 10月19日。
 中間試験も終わり、校内の空気は文化祭一色になっていた。




 この日、クラスの出し物を何にするかの話し合いが行われていた。
 担任の坂井は窓際でパイプ椅子に座り、クラス委員の玲子に議事進行を任せていた。

「多数決の結果、私たちのクラスは演劇をすることに決まりました」

 玲子の言葉に、教室内に歓声と拍手、そして落胆のため息が混じり合って響いた。

「……」

 そんな中、奈津子はずっとあのことを考えていた。
 一週間前、ノートに書かれていたメッセージ。

「オマエヲズット ミテイルゾ」

 あの言葉を誰が書いたのか。
 そしてそれは、何を意味するのか。

 一番に浮かぶのは、やはりあの「視線」だ。
 旅行の頃から続いている、自分に向けられた視線。
 その視線は、どこにいても自分を捉えている。外にいても学校にいても、部屋の中でもそれは感じられた。
 最近では、風呂の中でも感じる。
 常に何者かの視線にさらされている状態に、奈津子は苛立ちを覚えていた。

 そして今回のメッセージだ。
 都会に比べると、この辺りの防犯意識はかなり低い。鍵をかけずに外出するなど普通にある。となれば、誰かが祖父母のいない時間に侵入し、メッセージを残したとも考えられる。

 目的もないのに、わざわざ犯行予告を残すとも思えない。
 何かある。何かをしようとしている。
 でも、それが何なのか、奈津子にはまるで分らなかった。




 あの日メッセージを見た時、全身が震えた。

 恐怖。

 得体の知れない何者かが、部屋に侵入した。誰に気付かれることもなく。
 でも、何の為に?
 危害を加えたいのなら、機会はいくらでもある筈だ。
 現にこうして、易々と部屋に侵入出来るのだから。
 意図が全くつかめない。そう思い、奈津子はため息をついた。

 ようやく手にした幸せ。手放したくはない。
 本当の意味での人生が、やっと始まったんだ。
 だから邪魔しないでほしい。干渉しないでほしい。
 奈津子は祈る思いだった。




「姫。ねえ、姫ったら」

 亜希の声に、奈津子の思考が現実に引き戻された。

「え……あ、ごめんなさい。何かな」

「いやいや、それは私のセリフだから。どうかした? さっきから、いくら呼んでも上の空で」

「……なんでもないの。ちょっと考え事を」

「大丈夫? 顔色悪いよ」

「うん……大丈夫……」

「ならいいんだけど。何と言っても姫には、これから頑張ってもらわないといけないんだからね」

「頑張るって、何を?」

「ふっふーん。あれよ、あれ」

「え?」

 亜希が指差す方向を見る。
 黒板に自分の名前が書かれていた。

「シナリオ担当……ええっ? 私が劇のシナリオを?」

「あはははっ、いい反応だね、満足満足」

「シナリオってそんな……無理だよ、私」

「なーに言ってるんだか。私知ってるんだからね、姫が無茶苦茶本読んでるの」

「本を読むのは好きだけど……でも私、物語なんて書いたこともないし」

「大丈夫大丈夫、姫なら出来るって」

「何が大丈夫なのよ、この暴走娘は」

 そう言って、戻って来た玲子が亜希の頭を小突いた。
 知らない内にホームルームも終わっていて、生徒たちは下校準備をしていた。

「いくら本を読んでるからって、物語なんて簡単に書けるものじゃないのよ」

「あはははっ、だよね」

「なのにあなたったら、勝手に奈津子を推薦しちゃって。あんなの誰もやりたくないから、みんな賛成にまわっちゃって」

「私、その……」

「駄目だった?」

 調子に乗りすぎたかと、亜希が上目遣いで奈津子を見る。

「まあでも、決まったものは仕方ないから、とりあえずやってみましょう。大丈夫よ奈津子、私たちも手伝うから」

「私たちってことは、私も?」

「当然でしょ、言い出しっぺなんだから。赤点ぎりぎりのあなたに書けだなんて言わないけど、せめてストーリーくらい一緒に考えなさいよ」

「ううっ……玲子ってば、そうして言葉の端々に嫌味を混ぜるんだから」

「そういうことだから奈津子、あんまり重く考えないで。一緒に頑張りましょ」

「シナリオかぁ……でもうん、分かった。頑張ってみるよ」

 考えてみれば、こうして行事に参加するのは初めてだ。みんなと一緒に何かを成し遂げる、一体どんな感覚なんだろう。
 そう思うと、少し楽しみな気がした。
 それに何かに取り組むことで、少しは今の状況を忘れられるかもしれない。そう期待している自分に気付き、奈津子はうなずいたのだった。
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