第44話 救い

文字数 1,626文字

 着信音が鳴り、奈津子が携帯を手にした。
 春斗からのメールだった。

「今日の大阪は雲一つない快晴です。そちらはどうかな?」

 メールの文面に微笑む。

「こっちは曇り空が続いているよ。冬はずっとこんな感じみたい。早く春になってほしいよ」

「そうなんだ。ずっと青空が見れないなんて、考えただけで気分が滅入りそうだね」

「でもその分、春が来た時の感動は大きいらしいよ」

「それは分かる気がするね。ずっと耐えた先にある青空。試験の結果がよかった時と似てるかもね」

「何よそれ(笑)」

「なっちゃん、大丈夫かな?」

「うん。今も勉強してるところ。授業がないから、家でやることがいっぱいあって。もうすぐ期末試験だし」

「辛い時はいつでも言ってね。なっちゃんの為だったら、出来る限りのことをしたいから」

「ありがとう。その言葉だけで嬉しいよ」

「じゃあ、また明日連絡するね」

「うん。またね」

 メールを終え、スマホを愛おしそうに撫でる。

「春斗くん……」




 亜希が死んだ日の夜、春斗から電話があった。
 布団に潜り込んで泣いていた奈津子は、春斗に亜希の死を伝えた。
 初めてかもしれない。春斗くんにこんな自分を見せるのは。
 彼は自分よりもずっと弱い。いつも自分の後ろに隠れ、怯えた目で世界を見ていた。
 そんな彼に心配をかけたくない。そう思い、彼の前ではいつも凛々(りり)しくあろうと努めてきた。

 しかしこの日、奈津子は泣いた。
 寂しい、苦しい、怖い。そんな思いを泣きながらぶつけた。
 しばらく無言で聞いていた春斗だったが、やがて穏やかな口調でこう言った。

「今から行こうか?」

 その言葉は、奈津子が一番望んでいたものだった。
 春斗くんに会いたい。今すぐに。
 彼に触れ、彼の優しさに包まれたい。そう思った。
 そしてすぐに後悔した。

 彼はそういう人だ。
 私に何かあった時、全てを放り投げてでも駆け付けてくれる。
 自分が望めば、彼はすぐに来てくれるだろう。
 家も学校も二の次にするだろう。そして今の状況を知れば、そのままこの場所にとどまるかもしれない。
 後先も考えずに。
 自分はそれを望んでいる。しかしそれが駄目だということも理解している。
 彼も今、新しい環境で戦っているのだ。
 そんな彼の足枷(あしかせ)になる訳にはいかない。
 そんな思いが奈津子を冷静にさせた。

「大丈夫だよ、春斗くん。今は混乱してるけど、でも……大丈夫だから」

「ほんとに?」

「うん……それにこっちに来るのだって、もうすぐじゃない。あと三週間ぐらい、あっと言う間だよ」

「でも」

「大丈夫だって。それより春斗くん、こっちに来るまでに試験勉強、しっかりやっておかないと。成績が落ちるようだったら、こっちに来るどころじゃなくなっちゃうよ?」

「ははっ、成績のことを言われたら、何も言い返せないな。じゃあ、そっちに行くまでの間、心配だから毎日電話するよ」

 その言葉に胸が躍るのを感じた。
 でもそれは駄目だ、そう思い唇を噛んだ。

「……電話だと私、春斗くんに泣き言ばかり言いそうだし。そうしたら春斗くん、駄目って言っても飛んできそうだから」

「じゃあメール、メールするよ」

「ありがとう、春斗くん」

「でも、本当に辛くなったら言ってね。僕はなっちゃんの力になりたいんだから」

「春斗くん……」

「じゃあこれから毎日メールするよ。勿論、勉強も頑張る。あと、おじさんにも許可をもらえたから、三連休の前の日、22日の夜にそっちに行くね」

「22日……うん、分かった」

 カレンダーを見つめ、奈津子が微笑む。

「じゃあまた。会えるのを楽しみにしてるから」

「うん。私も……楽しみにしてる」




 早く彼に会いたい。
 顔を見て、いっぱい話したい。

 そして出来ればそれまでに、この奇怪な出来事を終わらせたい。
 こんなことで再会に水を差したくない。
 楽しい話がしたい。心躍る思い出を作りたい。
 その為にも、まずはこの神代風土記だ。ここに何かが隠されているかもしれない。
 そう思い、再びモニターに視線を移すのだった。
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