第68話 二人の距離

文字数 2,607文字

「こんにちは」

「おお玲子ちゃん、しばらくぶりじゃな」




 12月31日、大晦日。
 玲子の来訪に、宗一が笑顔で応えた。

「こんな日に奈津子に会いに来るとは……初詣に付き合ってくれる男、今年も見つからんかったか」

「おじさん、それってセクハラですよ」

「そうなのか? うははははははっ、すまんすまん」

 豪快に笑う宗一に、玲子も一緒になって笑った。

「どうしたの玲子ちゃん。何か用事でも」

「うん……実はね、奈津子さえよければ、なんだけど……少し話がしたいなって思って」

 あの日以来、二人は距離を取っていた。学校も、試験以外で登校することもなかったので、こうして会うのは本当に久しぶりだった。

 今日は12月31日。自分に()いていたぬばたまが、自分に憑依(ひょうい)出来るタイムリミットの日だ。
 その日にわざわざ出向いてきた玲子の胸中を考えると、奈津子は複雑な気持ちになった。

「勿論いいよ。入って」

「出来ればその……外の方がいいかなって」

「それならわしが、いい所に連れていってやろう」

 そう言った宗一が、軽自動車の鍵を持って玄関を出た。

「おじいちゃん、いいの?」

「構わんよ。それに折角じゃ、奈津子にも見せてやりたいものがあるんじゃ。なぁに、心配せんでいい。目的地に着いたら、わしは車の中で待っとるよ」

「すいません、おじさん。ではお願いします」

「おうさ」




 車は山の中へと入っていった。
 車中では奈津子も玲子も、何も言わずうつむいている。重い空気に押しつぶされそうになり、二人は何度もため息をついた。

「……」

 運転席の窓が開き、冷たい風が入ってきた。

「すまんが二人共、煙草、構わんかな」

「ええ、勿論です」

 宗一が煙草に火をつけ、白い息を吐いた。

「おじいちゃん。玲子ちゃんだからいいけど、女子高生が乗ってる車で煙草なんて、本当は駄目なんだからね」

「うはははははははっ、すまんすまん。じゃがな、あんまり空気が重たいもんでの、ちっとばかし入れ替えようと思ってな」

「あ……そうだったんだね、ごめんなさい」

 宗一の配慮に、奈津子が赤面して謝った。

「あの……宮崎のおじさん」

 玲子が、何かを決意した顔で口を開いた。

「どうしたんじゃ玲子ちゃん。寒いんかの」

「いえ、それは大丈夫です。そうではなくて、その……私、おじさんに謝らないといけないことがあって」

「わしに謝ること……なんじゃろう」

「奈津子から聞いてますよね。災厄のこと」

「ああ、聞いたぞ」

「私のことも、その……」

「お前さんがぬばたまだってことか?」

 口ごもる玲子とは対照的に、世間話でもするような口調で宗一が言った。

「はい、その……そうです……」

「聞いたよ、勿論な。春斗くんもそうだったって聞いとる」

「おじさん、その……私たちのこと、恨んでますよね」

「恨む? これはまた、物騒な言葉が出て来たもんじゃて。どうしてそう思うんじゃ?」

「だって私は……正体を隠して奈津子に近付いて、たくさんの苦しみを奈津子に……」

「あんたがした訳ではなかろうて」

「そうなんですけど……でも、おばさんのことも」

「ばあさんが死んだのは寿命じゃ。そりゃあ、こんなことがなかったら、もう少し長生きしとったかもしれんがな。じゃが、大して変わりはせんかったろう」

「でも、そういう問題では」

「そういう問題なんじゃよ」

「……」

「全く……お前さんは奈津子と一緒で、子供らしさってもんがなくていかん」

「私は……今の姿はそうですが、子供じゃないんです……」

「この世界に生きて数百年、いや、数千年ってところかの」

「はい……」

「だからなんじゃ?」

「だからって……ですから」

「お前さんがどれだけ生きてようが、今のお前さんは奈津子と同じ、16歳の子供なんじゃ。奈津子から聞いたぞ。乗り移った者の全てを受け継ぐんじゃってな。そう言う意味では、お前さんは和泉玲子そのものなんじゃ。いくら長く生きてようが、今のあんたを形作ってる軸はな、思春期の娘っ子なんじゃよ」

 そう言って笑った。

「じゃからな、玲子ちゃん。前にも言ったが、子供は子供らしくしとればいいんじゃ。我儘(わがまま)も言えばいい、迷惑もかければいい。それが出来るのが子供なんじゃ。このままだとお前さん、大人になってから後悔するぞ? 大人になったらそんなこと、したくても出来んのじゃからな」

「……」

「お前さんにはお前さんの事情があるんじゃ。わしらと決して交わることのない運命の中で、お前さんたちはあがき続けることしか出来ん。人に寄生することでしか、生きることを許されん存在。同情こそすれ、憎むなんてこと、ある訳ないじゃろう」

「おじさん……」

「それにあんたは、奈津子に初めて出来た友達なんじゃ。あんたと出会って、奈津子は本当に楽しそうじゃった。いつも帰ってきたら、お前さんと亜希ちゃんの話ばかりじゃ。それだけ見ても、あんたには感謝しとるよ」

 玲子の目に涙が光った。

「ばあさんにしても然りじゃ。ばあさんは奈津子と出会って、本当に幸せそうじゃった。確かに短い時間じゃったが、それでもわしは、ばあさんが幸せいっぱいの中で逝ったと信じておる。じゃからな、玲子ちゃん。この話はここまでじゃ。いつまでも引きずらんでええ」

「……ありがとう……ございます……」





 車が止まった場所は、山の中腹辺りだった。
 車から出た奈津子と玲子が、ため息を漏らす。

「綺麗……」

「すごい……こんな景色、初めて……」

 二人の眼前に、日本海が広がっている。夕陽に染まる海が、色鮮やかに燃えているようだった。

「初日の出ならぬ、日の入り納めってやつじゃな」

「ありがとう、おじいちゃん」

「隣に立つのが男なら、もっとええんじゃろうがな」

「もおーっ、おじいちゃんってばー」

「うはははははははっ。寒いじゃろうからな、ほどほどで戻るんじゃぞ」

 そう言うと宗一は車を少し戻し、二人と距離を取ってエンジンを止めた。




「……」
「……」

 海を見つめる二人は、何から話せばいいのか分からずにいた。
 何より、お互いどんな感情を持っているのか分からなかった。それが何度も言葉を飲み込ませていた。

「あの……玲子ちゃん」

「え! な、何かな、奈津子」

「いえ、あの……何がって訳じゃないんだけど……」

「そ、そうなんだ。私もね、そんな感じなんだ」

 そんな言葉を投げ合っている内に、知らぬ間に二人共笑っていた。

「ふふっ……何よこれ」

「ほんと、ふふっ……おかしい」

 笑みが漏れると、不思議と気分が軽くなった。
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