第8話 メキシカン・カルテット

文字数 1,250文字

「……ひょっとしてこれは、あれではないだろうか」

 めちゃくちゃ高いわけではなかったメニューに安心したあと無事に注文をすませ、一息(ひといき)ついたときのことだった。あの窓際メキシカン4人組が、民族楽器を手に近付いてきたのだ。赤いソンブレロに金の縁取(ふちど)り、黒を基調とした、(そろ)いの派手な飾り付きユニフォーム。
 これは、あれだ、食事をしているテーブルを取り囲んで、陽気にジャカジャカやる、あれ。店内にステージは見当らない以上、やっぱりあれか。他にテーブルについてるのは既に食事をすませた、隣の一組だけである。どうしよう、これは確実にこの近辺(きんぺん)でやるつもりだ。
 と、そこへ2組続けて、客が入ってきた。天の助けだ。が、新しい客人はたちは、異様な外見の4人組が向かいつつある地点を当然避け、私たちとは遠く離れた、店の対角にあたるテーブルについてしまったのだ。

 さて、どうするメキシカン。店には両側に客がついたぞ。こちらに向かう、その(あゆ)みを止めるんだ、そして公平に真ん中地点で、演奏なり(おど)りなり何でも披露(ひろう)してくれ。
 だが、彼らは一瞬、新手(あらて)の客に視線を向けただけで、躊躇(ちゅうちょ)せず私たちのテーブルの前に整列した。食べ終わっている隣のお客さんは、ひょっとして、食事中に(すで)にこれを体験したのだろうか。いや、彼らもこちらに興味深そうな視線を向けながら、にこにこと喜んでいるところを見ると、どうも初体験のようである。


——なぜ、私たちは選ばれてしまったのか。
 客が2組以上きたら演奏する契約だったのだろうか。なら、真ん中でしてくれ、真ん中で。あっちに座った2組に背を向けるなんて失礼なんではないのか。などという思いをよそに、彼らのリーダーが陽気に拍子をとり、始まってしまったのだ、あれが。
 そこへウエイトレスがタイミング良く、かどうかはとっても疑問だが、手慣(てな)れた調子で4人をかきわけ、料理を運んできた。


 タコスである。私たちがこういうところに来ると「せっかくだから」という理由で、ついそこの名物を頼んでしまうことは、もう(あらた)めて書くまでもない。
 ところで、このタコスは非常に食べにくい。上品には。タコシェルはぱりぱり割れるし、中身はぼろぼろこぼれ出る。特に初対面のメキシカンに見つめられながら食べるには、最も不向きな食物(たべもの)である。そして私たちは小心者なので、陽気に騒ぎ立てる彼らの前で、それを無視して食事に集中するなんて無理である。

 さて、どうする。事態は考え得る限り最も切迫(せっぱく)したものとなってきた。
 とりあえず向こうの笑顔にあわせてこちらも笑顔。向こうのリズムにあわせてこちらもリズムをとる、フリをする。だって向こうは「さあ、歌を聞きながらリズムに合わせてノリノリで楽しくお食事してね! アミーゴ」という圧力をかけてくるのだ。しかし、リズムに合わせてタコスを食べるなんてさらに無茶(むちゃ)である。しかも(なん)(のが)れた周囲の客は、私たちも見せ物の一環(いっかん)であるかのように「さて、一体どうするんだろう」的な視線で遠慮会釈(えんりょえしゃく)なしにじろじろ見てくるのだ。

 こと、ここに(きわ)まれり。


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登場人物紹介

私 バッグは斜めがけ派 24才

スミ子 ヒョウ柄水着の似合う女 23才

エリックもしくはトーマス 28くらい


ペドロ ロペス サンチョパンサ およびメンドーサ 4人合わせて200才前後

サボテンの精 あるいはアロエおじさん 年齢不詳

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