第7話 注文の多い料理店
文字数 1,853文字
素敵なドライブの始まりだ。
私たちはとりあえず、観光名所「トゥルム遺跡」を目指 すことにした。直射日光にさらされて待っていたレンタカーのなかは灼熱 の暑さだ。汗ばむ手に、ホテルでもらった観光地図を握 り締 め、道をすすめる。最安 ランクの車にカーナビなんて付いてはいない。私の目がスミ子の目、私の耳がスミ子の耳だ。
レンタカー会社の人は、トゥルム遺跡は有名な場所だし、道は簡単だとニコニコお勧 めしてくれた。迷うはずもない。
しかし、どれだけ行っても、かなり近付いたと思われる地点まできても、案内板が無い。そんな気配 も、無い。そして道はどんどん入り組んでくる。本当にこんな狭い道が、まがりなりにも〝観光名所〟につながってるのだろうかと不安になった頃、やっと「運転手は見落とすだろうが運が良ければ助手席の人は気付くかもしれない案内板」を発見することができた。あまり遺跡に近づいている気がしない。
イラスト満載 の観光地図だけでなく、ちゃんとしたドライブマップを用意するべきだった。しかしそれ以前に、そもそもレンタカー会社の人がくれた遺跡のパンフレット自体が、「10センチ四方のメキシコ全図、そのなかのとある一点」を指 し示し、これをもって案内図としていることが問題ではなかったか。私たちはアバウトな地図の作成者と、レンタカー会社の人にピュアな怒りを覚えたのだった。
ここで一応、レンタカー会社の人の名誉 のために付け加えておくと、実は遺跡への道は、ほんとうに迷いようがないくらい簡単だったそうだ。私たちが海に寄 り添 いたいあまり、ほぼ出発地点から道を間違って、進めば進むほど遺跡から離れてしまったことが迷った原因だったことは、後でわかった。
なにはともあれ、迷っていてもお腹 は減 る。知らないうちに海は見えなくなってしまった。白茶けた埃 っぽい道が延々 と続き、さっきまでのリゾート感が嘘のようだ。不安がピークに達したころ、唐突にレストランとおぼしき建物が見えてきた。テキーラを持ったサボテンが誘う巨大な看板だ。それに比べると不釣 り合いに小さな店だが、ほかに建物も見えないところで文句は言っていられない。私たちはだだっ広い駐車場、というか、どこにも境界線のない空き地に車を停めた。
駐車されている車は他に数台だけだ。何もないところにポツンと建っている観光レストランにありがちな、めちゃくちゃ高いぼったくり値段の店な可能性もある。その場合はすぐに見極 め、退散 しなければならない。
「油断 するな」目で合図しあい、私たちはレストランに入った。
意外に(失礼)いい感じのレストランである。広いテラスの向こうに広がる青空の下に、サボテンの生 い茂 る小高い丘が見える。あちこちに大きなテラコッタの鉢が置かれ、そこに育つさまざまな形のサボテンが、白い壁にコントラストのくっきりした影を落としている。異国情緒溢 れる景色に気をとられつつ、てきぱきしたウエイトレスさんに席に案内される。店内を見渡すと、客は他に女性3人の1組だけだ。
——それにしても、はやっていない。
がらんとした空間に私たちの足音だけ響く。遺跡はもう近いはずなのに、人がいない。静かだ、静かすぎる。遺跡を訪れようと試 みた観光客は、みな私たちのようにまだ道に迷っているのだろうか。おなかを空 かせてさまよっているのか。注文の多い料理店か。
にしてもなかなか素敵 なお店なのになぜだろう、まさに観光レストランという感じで店内はメキシコグッズでいっぱいだ。ほら、壁ぎわには等身大メキシコ人の置物まで並んでるよ、4体そろってこっちをみてる……みてる?
——え? 目が合った?
すぐに判明したのだが、彼らは歌って踊れる陽気な4人組のバンドであった。しかし、彼らは陽気な4人組のくせに、なぜテーブルに向かい合って座らないのだ。そろいもそろって壁際 、店内に向かって、真面目な顔で黙りこくり、横並びである。
よく観察すると、彼らの前にはそれぞれコーヒーが置かれていたから、きっと今まで休憩中で、客が集まるのを待っていたのだろう。でもそれにしたって、仲間同士で談笑 するとか、陽気なメキシカンにふさわしい休憩の仕方ってものがあるだろうに。4人が4人とも、無言で私たちの移動に従って視線を動かすのに気付いた時の衝撃 は、イースター島のモアイが突然話しかけてきた場合に受けるショックに相当する(推測値)。
ショックから立ち直り、自らの目が捉 えたものを受け入れ、メニューに集中するまでには、しばらく時間がかかったのだった。
私たちはとりあえず、観光名所「トゥルム遺跡」を
レンタカー会社の人は、トゥルム遺跡は有名な場所だし、道は簡単だとニコニコお
しかし、どれだけ行っても、かなり近付いたと思われる地点まできても、案内板が無い。そんな
イラスト
ここで一応、レンタカー会社の人の
なにはともあれ、迷っていてもお
駐車されている車は他に数台だけだ。何もないところにポツンと建っている観光レストランにありがちな、めちゃくちゃ高いぼったくり値段の店な可能性もある。その場合はすぐに
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意外に(失礼)いい感じのレストランである。広いテラスの向こうに広がる青空の下に、サボテンの
——それにしても、はやっていない。
がらんとした空間に私たちの足音だけ響く。遺跡はもう近いはずなのに、人がいない。静かだ、静かすぎる。遺跡を訪れようと
にしてもなかなか
——え? 目が合った?
すぐに判明したのだが、彼らは歌って踊れる陽気な4人組のバンドであった。しかし、彼らは陽気な4人組のくせに、なぜテーブルに向かい合って座らないのだ。そろいもそろって
よく観察すると、彼らの前にはそれぞれコーヒーが置かれていたから、きっと今まで休憩中で、客が集まるのを待っていたのだろう。でもそれにしたって、仲間同士で
ショックから立ち直り、自らの目が