第1話 ルーティンからの脱却

文字数 2,143文字

 なぜ人は、あの夢の国に、こんなにも夢中になってしまうのだろう。

 有名な「ランド」を訪れればまず、鼻息も荒くグッズ売り場に突進する。ここでしか使わないこと間違いなしの、なんとかハンドや耳付き帽子が、次から次へと欲しくなる。買えば身につける。キャラになりきる。イッツ・マジック。
 もしも運良く歩いているキャラクターに出会えたら大ラッキー、なりふり構わず歓声をあげて駆け寄っていく。とにかく写真を()りまくる。サインをねだる。できれば(さわ)る。

 しかしその写真も、自分が一緒に写っていればまだマシなほうなのだ。はるか遠くのパレードで手を振っている意中(いちゅう)のキャラ、高い塔のステージに登場したその彼女、動きが素早くてブレブレの仲間たち、そしてなにかに反射して(うつ)っている(なぞ)のキャラ……ですら()りまくってしまった理由って、いったいなんなんだろう。
 あとで確認してみればいつも、
「黒々とした他人(たにん)の頭を中心に、遠くのほうの米粒大(こめつぶだい)キャラクターがかろうじて見えるかな」
といった写真ばかりとなっているのだ。


 それなのに。
 今回は海を渡って、はるばるフロリダは夢の国「ワールド」までやってきてしまった私たち。かなり()りない、相方(あいかた)スミ子(ヒョウ(がら)サンダルの似合う23才)と、私(バッグは(なな)めがけ()24才)のコンビだ。
 案の定、今回も滞在3日目にして、またしても積みあがったグッズの山。それを眺めつつ、しみじみ思う、(われ)ながら何枚同じ写真を撮れば気が済むんだろう。
 見なくたって、もうわかっている。今回と、これまで撮った写真に違いがあるとすれば、それは画面のほとんどを占めている他人の後頭部が、黒いか色とりどりか、だけのはずだ。

 フロリダは遠い。相当遠い。よく考えてみよう。このままではせっかく海外まできた甲斐(かい)がないというものだ。
 滞在5日目にしてようやく「せっかくだから」の大阪人魂(おおさかじんだましい)が、夢の国の誘惑に打ち勝った。いくら名物(めいぶつ)ワールドでも、ここまで来て思い出が日本と一緒ではもったいない。せっかくの海外を楽しむべく、私たちは安ホテルを出発した。
——(とき)すでに、最後の(ばん)である。



 本場の夢の国に打ち勝てるもの、それは「名物(めいぶつ)の食べ物」だろう。
 私にとってその名物(めいぶつ)は、ストーンクラブだった。ホテルにあったパンフレットには、見たこともないようなカニの写真が()っていた。選ぶならこれしかない。
 食べるならワニだ、アリゲーターのフライがいいと主張していた相方(あいかた)スミ子も、最終的に私の熱意に押されて同意した。実は昨晩も、シーフードを強調したお値打ち価格の店に、2人して完全なる敗北を(きっ)したばかりだったのだ。やはり10ドル食べ放題には無理があった。もちろんカニなんてなかったし、すべてカッチカチに()げてあるシーフードは、すべて同じ味がした。あれだと、たとえアリゲーターを食べていたとしても、わからなかったに違いない。

 今晩だけは絶対にはずせない。現地のパンフレットから私たちが慎重(しんちょう)に選んだレストランは『ファイアーワークス・ファクトリー』。失敗すれば精神的だけでなく、金銭的ダメージも大きそうな高級店だ。
 しかし店の前まで来たものの、その外観(がいかん)はイメージとはかなり違っていた。地図と店名を確認しながら、なんどか前を行き来した(すえ)、ようやく足を()み入れたものの、その違和感が決定的になって、私たちは顔を見合わせた。

——これは、ほんとうに目指(めざ)していた「高級」レストランなんだろうか。
 パンフレットにあった価格帯は、たしかに高級だった。だが、いわゆる高級フレンチレストランの「快適」が静かで落ち着いた雰囲気、だとすると、ここはその対極(たいきょく)にあった。ざわついた薄暗い店内に、チカチカとネオンがまたたく(なぞ)のノリ。コンクリートの(かべ)に無数に()()き出しのパイプ。
 ここは工事現場、あるいは工場なのか? そこでハタと気が付いた。なにしろ店の名が『ファイヤーワークス・ファクトリー』。そう、つまりここは花火の製造工場だったのだ。

 そして次に、店名のロゴにあしらわれている、そのアメリカ式の〝花火〟に気付いて、私たちは再び顔を見合わせた。これって、花火? 
 ちょっと花火の絵を()いてといったら、日本人は十中八九(じゅっちゅうはっく)、ドーンという擬音語(ぎおんご)とともにパっと開いた夜空の(はな)、を()くだろう。しかしここの花火はそれとは違う。ロゴから店内の装飾・備品にいたるまで、大小さまざまに使われているその〝花火〟の形状は、「(つつ)」だった。つまりキッチンペーパーとかラップの(しん)状態。というか、要するに太いローソクか。私はその正式名称を知っている。これはいわゆる「ダイナマイト」だ。

 (つつ)の先の導火線が火花を散らしているデザインの店のロゴには、それがジジッと燃え進むさまをフラッシュライトで表現しているものもある。加えて、煙に(かす)む店内には、赤や紫のネオンサインが(あやし)く点滅し、これから立ち入ろうとする世界への「警告」「危険」を予感させる。
 これらの意図(いと)するところは、日本の花火が意味する「のんびり川辺で見上げる夏の風物詩(ふうぶつし)」では絶対、ない。
 
 つまり、ここは、ダイナマイト工場。しかも(すで)に導火線に火は付いている。よってその意味するところは、「爆発寸前(ばくはつすんぜん)一触即発(いっしょくそくはつ)状態の、超ホットなレストラン」なのである。

……イエーイ。
 

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登場人物紹介

私 バッグは斜めがけ派 24才

スミ子 ヒョウ柄水着の似合う女 23才

エリックもしくはトーマス 28くらい


ペドロ ロペス サンチョパンサ およびメンドーサ 4人合わせて200才前後

サボテンの精 あるいはアロエおじさん 年齢不詳

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