第6話 カリブの海に寄り添いたい

文字数 1,727文字

 私たちは、もちろん、メキシコ行きにあたって水着(みずぎ)を用意していた。

 メキシコと言ってもリゾート地、「カンクン滞在(たいざい)きままな8日間の旅」に行くのだ。前回のフロリダと地理的にあまり変わらないことには目をつぶる。年明(としあ)け大サービスの、閑散期激安価格(かんさんきげきやすかかく)につられた結果だ。航空券とホテルだけの、ほったらかしツアーである。

 さて、テレビで見たカリブ海は、どこまでも青く美しく、ビーチには(あざ)やかなパラソルがところせましと立ち並んでいた。パンフレットのイメージ写真でも、水をかけあう小麦色の肌の男女の笑顔がまぶしかった。極寒(ごっかん)の日本から行く期待感ときたら、そりゃあ、もう。
 はやる気持ちで飛行機から一歩踏()み出せば、やはり確かにそこは、むせるような南国の空気。晴れ渡った空から注がれる強い日差しに、降りやんだばかりの雨粒がきらきらと輝く。カラフルな景色に心は浮き立つばかりだ。ホテルにつくや、私たちは鼻息も荒く水着に着替え、海へ向かった。
——が、誰も泳いでいない。
 紺碧(こんぺき)の空、白い砂浜、(おだ)やかに打ち寄せる透き通った波。条件は完全に(そろ)っているというのに、海岸に(つど)う人々は、ただ浜辺で遊ぶことだけを目的としているようだ。

 なにかがおかしい。いや原因はうすうす気付いてはいる。それでも、せっかくのカリブ海だ、名物は(ため)してみないと気が済まない。ヒョウ柄水着(みずぎ)がよく似合う、隣の相方(あいかた)スミ子とて、思いは同じ。互いに目を見合わせ(うなず)くと、私たちは人目も気にせず一気に海に()け込んだ、
——ものの、海水に足がつかるやいなや、()け込んだ3倍のスピードで(ころ)げ出た。 

母なる海は、青く、大きく、美しく、そしてめっちゃ冷たかった

 私たちは(うら)めしく海を見ながら腰に手をあて、しばし浜辺に立ち尽くした。緑のヤシがのんびりと頭上で揺れる。
 認めたくはなかったが、天気予報でみた「ちょっと珍しいくらいの寒波襲来(かんぱしゅうらい)」のニュースは本当だったようだ。見た感じは南国そのものだというのに、その日の気温はちょっと暖かい日本の春くらい。よくみると気温など気にしなさそうな外人の方々が沖合(おきあい)に何人か浮いているが、私たちは足がつかっただけで、もう冷えが身体の中心にまであがってこようとしている。
 (あきら)めて引き上げるしかない。
 が、そこは(ころ)んでも大阪人。せっかく真冬の日本からここまで来たのだ。海が無理ならプールはどうよ。温水かもしれないし、底が浅い分、水も日光で(あたた)まっているはず、と相方(あいかた)スミ子が思いついた。


 甘かった。すこし考えてみればわかることだった。そう、私たちの宿泊先は大阪発の激安ツアーに選ばれし、つわものホテル。そんなタフなホテルに温水設備など期待すべくもない。
 やはりただ水を張っただけのプールにも人影はなかった。水面(みなも)に浮かぶ茶色い落葉が(わび)しく揺れる。私たちがやって来てから、(あわ)ててライフセーバーが現われたところをみても、寒波襲来中(かんぱしゅうらいちゅう)に泳ぐ人間は、ここにもいなさそうだ。
 私たちは(ひる)んだ。だが、ライフセーバーが現われてしまっては、彼のためにも泳がねばならない。私たちの大阪人魂が目覚(めざ)めた。芸人根性発揮のときだ。しかし、水は海よりさらに冷たかった。入ること2分で、手足の感覚が麻痺(まひ)してきた。



 そんなわけで、私たちは泳ぎを(あきら)めた。私たちの後に到着した家族連れなども、同じ経路をたどっていたから、私たちだけが運が悪かったわけではないらしいのが、せめてもの救いだ。
 しかし、名物の海は(あきら)めきれない。なんとかしてカリブの海に寄り添いたい。格安ほったらかしツアーだけに、自由時間は余っている。そこでレンタカードライブプランが浮上した。素敵(すてき)な海辺のドライブならどうだ。
 実は相方(あいかた)スミ子が数年前に免許を取って以来、私たちは青春の生死を共にしてきた激走コンビなのだ。スミ子のドライブテクニックは(こわ)いもの知らず(知ったほうがいい)。助手席に座る私のナビで、これまで眼前(がんぜん)に立ちはだかる道なき道を、颯爽(さっそう)()け抜けてきたのだ。けっして負け惜しみなんかではない、こんなこともあろうかと、国際免許も取得済みなのだ。

 こうしてロマン(あふ)れる、あてどないドライブの旅が決まった。
 私のナビが、どうしていつも道なき道に(みちび)くのかは、(のち)に大体わかっていただけることだろう。



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登場人物紹介

私 バッグは斜めがけ派 24才

スミ子 ヒョウ柄水着の似合う女 23才

エリックもしくはトーマス 28くらい


ペドロ ロペス サンチョパンサ およびメンドーサ 4人合わせて200才前後

サボテンの精 あるいはアロエおじさん 年齢不詳

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