第4話 幸福の後始末

文字数 1,349文字

 カニでお腹はいっぱいだし、明日は朝早(あさはや)い。空港へ送ってくれるバスは、(やす)ホテルから(じゅん)に客をピックアップしてゆくからだ。私たちは当然、1番最初である。


 最後の晩だ。忙しかった旅の終わりに際し、私はここらで友と語らう総括タイムを設けようと考えた。そしてごそごそ荷造(にづく)りをしている相方(あいかた)スミ子を振り返る。
——いい旅だった、明日は日本だね。
万感(ばんかん)(おも)いで声をかける。
「なぁ、」


「——開かへん」
スミ子がつぶやいた。
あかん、セーフティーボックス、暗証番号押しても開かへん、(こわ)れてるんちゃうやろか、とこっちを向く。私の万感(ばんかん)は消えた。

 安ホテルのくせに金庫だけいやに立派だと……いや今にして思えば安ホテルだからこそ金庫が立派でなければならなかったのか、とにかく立派に見えた金庫に安心してパスポートを入れていた私たちは(あせ)った。
 私はもちろん、まずスミ子を(うたが)った。
「暗唱番号、忘れたんちゃうん」
「絶対合ってる、0710、納豆の日や。アメリカ人にはわからへん」
「なにそのマイナー記念日チョイス、ここまで来て納豆恋しかったんかいな。もうええ、そこのき、私がやる」
それはあかん、とスミ子が止めた。2回ためしたが、3回番号を間違(まちが)えるとロックされてしまう仕組みなのだ、と妙に冷静にスミ子が説明する。
 既に2回ためしてしまってるあたりが自信の無さのあらわれなのでは、と責めたかったが、まぁ、何にもならない。フロントを呼び出すことにした。金庫の表示板は、数字が(かな)し気に点滅していて、(こわ)れているようにも見える。もしかして(こわ)してしまったのだろうか。しかし部屋のキーを無くしただけでも罰金は高いのだから、金庫を(こわ)したりしたら一体どれくらい請求されるか想像もつかない。そこで私たちは

 金庫が勝手に(こわ)れている

と主張することにした。
 まったく迷惑(めいわく)(きわ)まりない、早く何とかしてちょうだい、という抗議の気持ちを全面に押し出し、一歩(いっぽ)も引かずフロントに文句をいう、ということで話を合わせる。そして私たちは部屋のチャイムが鳴るのを腕組(うでぐ)みして待った。



 しばらくして現われたフロントは、いやに手回(てまわ)しよく、工具箱を抱えていた。夜中だというのに、にこやかにこんばんは、と入ってくると、すぐに金庫の前に(すわ)った。私たちは彼が現れたときのまま、腕組(うでぐ)みで無言である。

 (こわ)したんじゃ、ない。

 しかし彼は暗証番号を聞きもせず、フンフンと(うなず)きながらねじ回しでロックの辺りを2、3ヵ所軽くつついた。すると表示板の数字がぱっと消えた。そのままギィっと(とびら)を開けて、彼はニッコリ振り向いた。
「いえね、ロックごと外しちゃえば手で開くんですよ、最近よくおかしくなるんですよね、困ったもんだ」
という意味のことを言って、どうです、ちゃんと中身はありましたか、と聞く。
 金庫が勝手に(こわ)れたんだ、と文句を言うために一生懸命頭の中で英語をこねくりまわしていた私は、腕組みのまま、口元を笑いの形にゆがめることしかできなかった。スミ子が中身を確認する。
「無事や」
フロントは肩を大げさにすくめ、アイムソーリー、どもありがーと、ともう一度ダメ押しにニッコリ笑った。


 翌朝、金庫の修理代はもちろん請求されなかった。
そして、使用料10ドルとあった金庫の使用料も請求されなかった。

アメリカのノリは、やっぱりよくわからない。




ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

私 バッグは斜めがけ派 24才

スミ子 ヒョウ柄水着の似合う女 23才

エリックもしくはトーマス 28くらい


ペドロ ロペス サンチョパンサ およびメンドーサ 4人合わせて200才前後

サボテンの精 あるいはアロエおじさん 年齢不詳

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み