第9話 コンドルは飛んでいく

文字数 1,891文字

 さあ、ことは(きわ)まってしまった。

 だが、ここまで()()められた私たちは、なんだか逆に愉快(ゆかい)になってきてしまったのだ。
 そう、見られていると、何かお(かえ)しに(げい)をせずにはいられない大阪人魂である。なんとなく私たちの(あいだ)に「無邪気(むじゃき)にはしゃぐ観光客」をやろう、彼らのノリに(こた)えるのだ、という暗黙(あんもく)了解(りょうかい)が成立した。
 そして私たちの前で、彼らは都合(つごう)7曲(!)を演奏してくれたのだが、その(あいだ)、こんなに長いとはつゆ知らぬ私たちは、曲の合間に、すてきっブラボーアンコール! とタコスをボロボロこぼしながら笑顔で喝采(かっさい)し、手が痛くなるまで拍手した。間奏中(かんそうちゅう)に彼らが(じゅん)個人芸(こじんげい)披露(ひろう)してくれた時には、一人一人に丁寧(ていねい)かつおおげさにに感心した。

 店のこの一角だけテンションが異様(いよう)に高くなっていく。しかし、5曲目の最中にウエイトレスが様子(ようす)を見にきたのに気付(きづ)いて、私は潮時(しおどき)(さと)った。さすがにもういいだろう。そして思わせぶりにカメラをテーブルの上に置く。こんなに陽気な4人組は、きっと撮られることが好きだろう、だから(みな)でカメラに(おさ)まってグランドフィナーレだ、楽しかったよアミーゴ、また会う日までアディオス! という筋書きである。
 思惑(おもわく)どおり、彼らは5曲目が終了すると楽器を置き、カメラを持った私を手招(てまね)きし、ポーズをとる……かと思いきや、相方(あいかた)スミ子をも()(まね)くではないか。真ん中を()けたところをみると、そこにスミ子をおいて一緒(いっしょ)()ってくれるつもりらしい。
 緊張の面持(おもも)ちで()(なか)におさまったスミ子に、彼らの一人はギターを手渡し、また一人はソンブレロをかぶせた。
……一瞬私は、彼らは何かを誤解して、ノリのいい私たちが彼らの仲間になりたいのだと勘違(かんちが)いし、相方(あいかた)にギターを()くよう要請(ようせい)しているのではないか、と考えて眩暈(めまい)がした。しかし(たと)えそうであっても、ここは私の力で何とか平和な記念写真撮影の場にしてしまわなければならない。私はスミ子が反射的(はんしゃてき)にギターで何か(げい)を、と(うご)く前に(あわ)てて声をかけ、シャッターをきった。
……よかった、どうやら彼らも平和な記念写真で満足だったようだ。しかし()れが開放されて喜んだのもつかの()、彼らは今度は私を手招(てまね)いている。

「テキーラ!」(=チーズ)
 そして陽気なメキシカン4人組の中央に、肩を抱かれてニッコリしている私(タコスのシミあり24才)の記念写真ができあがった。


 写真を()り終わり、私たちが「あ~終わった終わった、楽しかったなぁ」と座りなおすと、驚いたことに演奏はまた、私たちの前で始まった。
 私の脳裏(のうり)に「陽気なメキシカンはのってくると、夜が明けるまで歌い踊る」という、なんかブラジルあたりのイメージも混じっていそうな迷信(めいしん)がよぎった。
 このままではいけない。大体彼らも(おも)たそうな民族衣装の中でもう汗びっしょりではないか。
 そこで今度は拍手(はくしゅ)するにとどめた。さっき終わったよね? フィナーレしたよね? 彼らの健康のためにも、ノリノリ観光客はやめである。そしておもむろにテーブルにチップを置く。フロリダで学習したぶん、スマートに決まった。効果があったようだ。彼らは7曲目を終えると、陽気に去っていった。
 だが退場したわけではなく、義理堅(ぎりがた)い彼らは、今まで背を向けていた、店の対角に座る、さっき入ってきたお客さんの方へ向かったのである。
 しかし、この2組のカップル達は鉄のような神経の持ち主だったに違いない。メキシカンがいくら横で(さわ)ぎ立てても、(だれ)一人まったく動ぜず、視線を向けさえしなかったのだ。
 かくて陽気な4人組は、そこで3曲終えると私たちにウィンクし、店から去っていったのだった。


 ところで、お(そろ)いの民族衣装をまとった彼らの姿は、一見4ツ子の兄弟のようだったが、よく見ると一人だけ〝違う〟のがいた。
 リーダー含む3人は明らかに楽天的な南米人、そうロペスとかペドロとかサンチョ・パンサとかいった、パピプペポ系の名前でありそうな様子をしている。黒ヒゲ危機一髪的なおヒゲが、さらにパピプペポ感を(あお)る。
 そこにあって一人違うのは、インカ帝国再興(ていこくさいこう)の野望に燃えたりしていそうな、影のある南米人である。名前で言えば、さしずめ孤独な戦士メンドーサといったところか。私達はこの違いに気付くや、すっかりこのメンドーサに入れあげて、彼の個人芸「口笛」——孤独な南米人になんともピッタリではないか——に熱狂的な拍手を贈ったのであった。
 あぁアンデスの山頂を舞うコンドルが見える。孤高の戦士メンドーサがゆく。

 ちなみに他の3人の個人芸は順に「ソロ歌唱」「トランペット回し」「マラカス曲芸」だった。やっぱりそこかしこに()き出るパピプペポ感。



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登場人物紹介

私 バッグは斜めがけ派 24才

スミ子 ヒョウ柄水着の似合う女 23才

エリックもしくはトーマス 28くらい


ペドロ ロペス サンチョパンサ およびメンドーサ 4人合わせて200才前後

サボテンの精 あるいはアロエおじさん 年齢不詳

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