第10話 アロエ論争の果てに

文字数 1,098文字

 さて、店内から誘うように見えていたサボテンの丘。ウエイトレスとのボディランゲージ会話の末、どうやら散歩オーケーだということがわかった。というか、彼女はむしろ熱心に、そこを訪れることを勧めているようだ。
 
 そういうことならもちろん、せっかくなので行ってみることにする。エアコンの効いていた店内から一歩踏み出せば、(さえぎ)るもののない陽光が真上から肌を焼く。乾いた空気で体感温度はさらに上がった。

 異国情緒あふれるサボテン群は、思った通り写真スポットだらけなのだが、周りには誰もいない。仕方なく写真は自分たちで一人ずつ代わりばんこに撮りっこする。
 聞こえるのは鳥の(さえず)りだけだ。そのうちに、暑いのも手伝ってだんだん夢の中にいるような気分になってきた。美しい別世界に自分たちだけがとり残されたような孤独感。頭のなかでさきほどのメンドーサの口笛がリフレインする。幻のコンドルが飛び去ってゆく。


 コンドルに思いを()せながら、さらにサボテンの丘に分け入り、歩を進める。乾燥した白い岩の大地にそびえたつ緑のサボテンたち。頭のなかのBGMとは違って、目に(うつ)るのはアンデスというよりは西部劇、今にも馬上のガンマンが登場してきそうな光景だ。
 少し先には、ひときわ目立つ、巨大なサボテンが天を突いて立っている。腕を曲げた人のような形に心惹(こころひ)かれ、ふらふらと夢見心地で近寄っていこうとする。
 と、突然足元に群生しているアロエに道を(はば)まれた。
 
アロエ? 

 一気に(なつ)かしさに満ちた現実に引き戻される。
 そう、これは見慣れた、ヤツだ。昭和の庭先によくいる緑のトゲトゲ。育ちすぎると鉢を突き破ってまで増殖(ぞうしょく)する、生命力半端ないヤツ。自己主張の強いオレンジの花が暑苦しい、ヤツだ。
 なぜここにヤツが。しかしよく見ると、お母さんが庭先で栽培してるようなのとは、すこしだけ様子が違う気もする。

「アロエやな」
「うん、でもどっか違うような」
「そやけど、アロエって書いてある」
「ほんまや名札あったんや」
「英語でもスペイン語でもアロエはアロエ」
「確かに……いややっぱ違うて、なんかトゲトゲがワイルド過ぎへんか」
「細かいなぁ、あ、みてみて、じゃ、あっちのが知ったアロエや」
「そやな、あんな感じやった、でもそしたらこっちのアロエもどきはなんなん」
「それは、えぇっと…… (ポンと手を打ち)うん、ア・コ・エ!」
「——なんか腹立つけど、ちょっとうまいな」

 私たちがこんなアロエ論争を繰り広げていたときのことだった。頭上からの声がこれに終止符を打った。

「Hola!(オラ!)」

 振り(あお)いだ私たちの目がなにかの生物を(とら)えた。
 私たちはアロエおじさんに遭遇(そうぐう)したのだ。




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登場人物紹介

私 バッグは斜めがけ派 24才

スミ子 ヒョウ柄水着の似合う女 23才

エリックもしくはトーマス 28くらい


ペドロ ロペス サンチョパンサ およびメンドーサ 4人合わせて200才前後

サボテンの精 あるいはアロエおじさん 年齢不詳

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