第6話 キモオタの対峙

文字数 1,045文字

昼休み、屋上。ドアを開けると、まだ誰もいない。
どう転んでも悪い展開になるだろうな。僕はそう思い、ここに来るまでずっとびくびくしていた。朝、礼と一緒に登校したのがバレたのだろう。お前みたいな奴が礼に近づくんじゃねえとかいって殴られるのだろうか。スポーツ刈りの髪形、耳に一つピアス、口調、着崩した制服。そのどれもが、彼の横暴さの象徴だと思ってしまうのは、僕の考え過ぎだろうか?

5分が経過した。僕は、居心地が悪くなってそわそわしていた。屋上から見える街の方を観察して時間を潰すことにする。校門がある方角を向いていたということもあり、通学路に目を留め、そして朝のあの天国のような時間を思い出す。

「おい」

僕の回想は、暴力的な声で中断された。彼はどんどん近づいてくる。ああ、このまま殴られそうだと思い、目を閉じていると。

「東極春彦」

え。とっさに状況を飲み込むことができない。僕は身構えてはいたが、死角から殴られたかのような衝撃を感じた。東極春彦と言えば、超有名なミステリ小説家であり僕の大好きな人なのだが。その名が、この男の口から、このタイミングで発せられるとは夢にも思わない。

「お前好きなんだろ」

「はい」

状況が飲み込めていないときでも、頭が回っていないときでも、yes/noのクエスチョンには即答できるからいいな、なんてどうでもいいことを考えてしまった。あれ?僕が東極を好きなことを知っている?

「おお、良かった。お前、休み時間はいつもそれ読んでるもんな」

見ていたのか。僕はてっきりこういう”陽”の人は僕みたいな一人ぼっちのことを無視、というか気にかけるようなことはしないと思っていた。たしかに、僕は今日学校の休み時間で東極の本を読んだ。(今日初めて学校で読んだのだから、「いつも」という言い方は不適切に感じるが。)あれあれ??「良かった」?なるほど、この発言と今の状況を合わせて考えてみると一つの仮説が浮かび上がる。そして、それが正しいということがすぐに彼の口から告げられた。

「実はよぉ、俺、東極大好きでさぁ…普段つるんでるやつらはそういうの嫌い、ってのは言い過ぎだけどよぉ、まぁ、なんていうかぁ、興味ないっていう感じなんだよぉ。それでさぁ、俺もそういうキャラでやりたいからさぁ…。でもよぉ、やっぱ誰かと共有したいなぁなんて思っちゃってよぉ。そんなときに読んでるところ見ちゃったからさぁ」

自分の中の緊張が徐々に消えていくのを感じる。そして、僕の口が勝手に動き出す。

「東極さんの中で、何が一番好き?」
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