第5話 キモオタの初会話

文字数 883文字

幸せな感情は長続きしなかった。思いを寄せている人がすぐ隣にいる。そして、一緒に走っているのだ。願ってもない最高の状況であるのは違いない。しかし、僕は、何を話せばいいのか全く分からないのだ。でも、何か話さないといけない。気まずい。そういう感情が僕をもっと焦らせる。

結局、沈黙を破ったのは彼女だった。信号待ちで、僕の方を見て。

「はぁはぁ、改めて、自己紹介、しよっか。私、中澤 礼。君は、中田…」

「中田、有、です…」

「有、くん、ふー、よろしくね…」

また、彼女、礼が僕向って笑みを見せる。僕はたまらず視線を避けて前を見てしまう。

信号はまだ、赤。再びの気まずい時間。今度は僕から何か言わないと。早く早く、何か、何かないのか…と悩みに悩み、焦りに焦ったうえ若干引きつった声でこう言った。

「あ、あの!!好きな食べ物って何ですか…?」

何言ってるんだ、自分は。唐突過ぎるといくら自責しても、もう遅い。恐る恐る、礼の方を見ると…。

「え!!…ええ!!きゅ、急だね…」

突然の意味不明な質問に驚いているようだ。ああ…これは終わったな。僕の初恋ここで終了か。
と思ったのも束の間。彼女は僕が思っているよりはるかに寛容らしい。

「うーん、スパゲッティーとか、かな?君は?」

「いかすみ」

しまった。スパゲッティーと聞いて脊髄反射的に答えてしまった。ここは相手を困らせないためにも、女子の好きそうな…。

「いかすみ!!気が合うねぇ。私も好き!」

僕はびっくりして、ここまでの会話で少しずつずれてきていた視線を礼に戻す。礼はまたにっこりして、青だよと信号を指さす。その顔が、手が、指が、美しいのはもちろんのこと、仕草の一つ一つがかわいらしい。ここは天国ですか。

色々な気持ちが混ざりつつも、学校にたどり着き、一時間目を終えた。一人の男が僕の机にやって来た。どこかで見たことがあるなぁ…と思っていると、

「なぁ、お前、話あるんだけどさ。ちょっと、昼休み、屋上に来てくんない?」

ああ、思い出した。加工が強めだったから気づくのにやや時間がかかったが、この男は、彼女の、礼の彼氏だ。僕は自分の運命を悟った。ここは地獄ですか。

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