第4話 キモオタの希望

文字数 1,132文字

翌朝。
無造作に置いてある箱を見る。
髭剃りが入っている箱だ。それを見て、心がきゅっとなった。その箱は、僕の無意味な努力を象徴するものだ。何もかも、的外れな期待だったのだ。結局、僕はお金と自尊心を失っただけだ。あの子に彼氏がいようといまいと、どうせ無理だったのだから、諦めるきっかけになってよかったじゃないか。
僕は、失恋しました!!あはは…。
僕は、意味不明な妄想をしていました!
僕は、それが妄想だとしりました!!
だから僕は、あの子を諦めて、日々せっせと生きていきます!!
僕はキモオタだから!!キモオタ相応の生活をしていきます!!
僕はこのフレーズを心の中で何度も繰り返し、朝すべきことを、淡々とこなした。

荷物をまとめ、部屋を出るとき、視界の端に映ったものは、あの箱だ。
反射的に自分の顎のあたりに手をやる。ちくりちくりと刺激してくる。やはり髭がかなり生えている。
でも、僕はキモオタだから、清潔感なんて関係ないです!!もうどうでもいいや。僕はきっぱり諦めたことを自分に示すため、その箱をゴミ箱の中に突っ込んだ。キモオタの僕には不要なんだ。
家を出て、移動をする。学校まであと少しというところで、頭にちくりちくりという感覚を覚える。僕は知っている。この後、強い痒みが頭にくることを。
一歩一歩、歩くごとにかゆい範囲と強さは増していった。
痒い痒い痒い痒い。しかし掻いてはならない。頭を掻けば、それは直接的な禿げの原因になるに違いないからだ。ただ、この考え方が、より一層痒みを引き立てているのかもしれない。
限界を超え、僕は爪を立てて軽く頭を掻く。爪と指の間に脂のようなものが少々つまるのを感じる。
結局変わんないじゃないか。やっぱり、僕の努力なんて、一ミリも意味がないんだ。
昨日のあの写真を見た時の絶望感やら虚無感やら悔しさやらいろいろな感情が引き起こされた。
もう、自分のなかでうまく処理することが出来ず、ついに涙が出てしまった。
たった一滴だが、その涙は、自分自身がキモオタであることを認めていないという印である。やはり僕はまだ、あの子とちゃんと決別できていないのだ。

僕は涙を拭き、家へと戻ることにした。こんな精神状態じゃ学校生活に耐えられない。
僕は学校と逆方向に歩み出す。その時だった。向こうの方から走ってくる人影だ。

僕は硬直した。
その人影があの子だとわかったからだ。

「はぁはぁ…。あれ?君?隣の席の…」

息を切らしながら、彼女はそう言った。

「ふふ、君って案外おっちょこちょいなんだね…。学校はあっちだよ」

長めの髪は、黒色のはずなのに、やけにきらきらしていた。
走ってきたからだろうか、頬はやや紅潮している。
その時、その子が見せた笑顔を僕が忘れるなんてことは、一生ないんだろうなと思った。

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