第36話 失敗した方がいい

文字数 3,658文字

 俺達は城の最上階、慶次さんや王様がいるフロアに向かっていた。俺のような不穏分子にめくじらを立てず、カースクルセイドを本気で潰そうと考えているのは俺の知る限りでは彼らだけだからだ。彼らに協力を仰げば何かしらのヒントを得ることができるはず。

 「………慶次の元に行くつもりか」

 そんな俺達の行手を阻むように立っていたのはユピテルさんだった。俺が勇者領にいることを快く思っていない人間筆頭で、さらには押すだけで俺を殺せるボタンを所持しているという天敵だ。

 「ええ、さっさとカースクルセイドを壊滅させたいので」
 「どうせゴマでもスリにいくんだろう。お前は卑しい魔族だからな」
 「そうですよ。ゴマスリの飯田、諸手すりの狩虎、腰巾着のミフィー君と呼ばれるほどの逸材ですからね。俺の評価が上がるのならば喜んで長いものに巻かれてやりますよ」

 俺は無表情でユピテルさんの横を通り抜ける。

 「…………サミエルの居場所が分かると言ったら、お前はどうする?」

 しかし、彼女の一言で俺の脚は止まった。

 「私はいまだにお前を信用していない。今回のサミエルの裏切りも、お前が裏で糸を引いて起こした結果だと思っている。お前は内側から勇者領をボロボロにしようとしているのではないか?………私と一緒にサミエルの元へ行くぞ。もしお前が裏切っていたらその場で殺してやる」

 ユピテルさんが引き抜いたレイピアが俺の喉元に当てられ、ヒンヤリとした感触が広がっていく。この世界に来てから俺は何度剣を突きつけられ、体を切られたのだろうか。冷たい金属によって切られ広がる灼熱の激痛………この世界に来てから1番多な感じたのは間違いなく痛みだ。

 「俺が裏切ってたらそのレイピアで串刺しにすればいい。ボタンなど押さずユピテルさんの手で直接ね。……抵抗はしないよ、俺は」
 「…………カッコつけてくるところ悪いけど、ちょっと刺さってるよ」

 ………確かにレイピアが首に刺さってるな。すごもうとして身体を前傾しすぎた。

 「…………病院、先に行きましょう」

 俺は傷口を押さえながら病院に走って向かった。



 「私にとってサミエルは弟みたいなものだ」

 サミエルさんがいるであろう場所の近くに、ユピテルさんの部下のワープ能力で移動した俺達は歩きながら話していた。

 「私とサミエルは貴族で、家柄は違うが本当の姉弟の様に思っている。勇者領を守る為に共に鍛錬し、戦ってきたのだ。………裏切るはずなどないんだ」

 ユピテルさんの言葉の一つ一つから悔しさが滲み出ている。それはサミエルさんを思っているからなのか、あるいは…………

 「………俺もサミエルさんと同じ立場にたったら、きっと勇者領を裏切ると思いますけどね」
 「ちょっとミフィー君!なんで逆撫でするようなこと言うの!」

 俺はイリナを無視して言葉を紡ぐ。

 「強い奴はなーんもわかっちゃいない。どれだけ特訓しようとも、どれだけ時間をかけようとも、彼らには越えられない壁ってのが生まれた時からあるんだ。生まれた時に階級が低いからっていうただそれだけの理由でさ。…………ユピテルさんには分からないよ、彼の気持ち」

 階級制の世界。俺は運良く魔王に生まれたから何不自由なく生きていられるけれど、もし俺が魔王じゃなかったらどうなっていただろうか。…………決まってる、生まれた時にすぐに死んでるよ俺みたいなクズは。

 「しかし私達は勇者だ。勇者と生まれたからには………力を持って生まれたからには、民を守る使命がある。たとえ階級が低かろうと勇者となったからには逃げ出してはならないのだ」
 「そりゃあ自分を守る術を持ってる人間だけが言えることですよ。何もない人間は、勇者領という大きな組織に所属することで初めて力を得られるんだ。実力とかそういうのではなくて、[勇者]という称号に守られる。………彼が力をつけようともがくのは、[勇者]としてではなくて[サミエル]として強くなりたいんですよ。俺は分かるけどなぁ、その気持ち」
 「魔王のお前に何が分かる」
 「俺は現実世界ではいらない子だ。運動ができるわけでもない、イケメンなわけでもない、身長が高いわけでも、話し上手なわけでも、どっかの御曹司なわけでもない。ただの並以下のクズやろう。自分の存在理由を作る為には勉強して学力をつけるしかなかった。………必死だったんだ、毎日」

 最初は学ぶことが楽しかった。けれど段々と年を取るたびに、自分にはこれしかないのだと実感していくのだ。これを失ったら俺には何も残らない。幼馴染の宏美や遼鋭と違って俺には勉強以外何もないのだから………

 「…………だから、たとえサミエルさんともう一度会えたとしても、俺は彼を責めることはできない。何ならもう一度仲間に勧誘して、今度は世界平和のために頑張ろうって誘っちゃうでしょうね。俺は失敗する人間が好きなんだ」
 「……………変な奴だ」
 「よく言われます」

 俺達は更に1分歩き続けた。


 サミエルがいるらしい村に辿り着くと、そこには死体が2、3個転がっていた。そしてそれを怯えた目つきで眺める村人。彼らの手首には切り傷があって、そこから止めどなく血が流れていた。普通ならすぐに出血が止まるのに………なんかの魔力か?とにかく、彼らはこの出血に怯えてここから逃げ出せないのか。

 「私とイリナが来たからもう大丈夫だ」

 ユピテルさんはそう言い右手で傷口を撫でると出血は止まった。

 「………多分ここだな」
 「………ああ」

 俺達は村の奥へと進んでいく。

 生まれた時から僕の周りは敵だらけ。誰もが無知に生き続け、無意識に僕を傷つけていく。階級が低いってだけで僕は居場所を失っていった。貴族の生まれなのに、たったのそれだけで…………敵だ、敵。あの目がたまらなく嫌だ。本来なら立場が上のはずなのに、階級が低いとわかるやいなや緩みきる目。全てが敵だ。僕を侮蔑しなめ腐る奴らは全て敵なんだ。だからもう………こんな世界、消えてしまえ。

 「逃げてるだけだろ」

 僕が村人に剣を突き立てようとした時、声がした。僕はこの声が嫌いだ。今もハッキリと、彼の嫌味ったらしく甘い声が頭にこびりついている。耳の奥、脳の最深部で響き続けている。こいつのせいで僕の完璧な計画が狂った。魔王の力を手に入れ、最強の勇者になるっていう僕の計画が!

 僕は声がした方に振り返った。そこには飯田狩虎とユピテルさんがいた。

 「サミエル、貴様を止めに来た」

 そう言いながらユピテルさんは剣を引き抜いた。

 「これ以上罪を背負うな。………今楽にしてやる」

 …………ああ、この人も僕を認めてくれないのか。別の道に行こうとしている僕を、悪だと断定し断罪しようとしている。僕は、そうか、そうか。…………今になってようやくわかった。あなたなら、僕のことを理解してくれると心の底から思っていたんだ。思考がぐちゃぐちゃになって喉奥から吐き気を催すようなこの感じ………僕の今までの心が壊れたのだろう。

 「僕が成しているのは罪じゃない。たくさんの犠牲を払ってでも先に行こうとする未来への覚悟だ。僕は……僕は、僕は!」

 喉奥からこみあげる吐き気を浴びせるように僕は吐き叫んだ。

 「強くなるために生きてるんだ!」

 近くにいる村人を剣で突き刺しすぐに引き抜いた。すると赤色の血が夜空に曲線を描き、風に吹かれて舞い上がった。赤色の煌めきが僕の周りを飛び回り……そして、風が真っ赤に染まった。

 「僕の風の魔力は血に染まれば染まるほど威力を増す[黒風]だ!この村滅ぼしてお前らを凌駕してやる!」

 赤黒い風が闇夜を更に黒く塗り潰し、その血の輝きが星のように瞬きながらユピテルへと飛んでいく。

 「…………そうか」

 しかしユピテルが剣を一振りすると赤黒く輝く風は切り裂かれ、空に溶けて消えていった。

 「私はお前が、本当は裏切ったのではなくて別の理由があると信じていたのに。この村にいるのだって、なにか理由があると本気で信じていたのに…………そんなに力が欲しいのか、悪に染まってまで」

 わかってないわかってない何もわかってない!僕は悪なんかじゃあない!僕は!強くなりたいだけなんだ!こんな閉塞した世界で、変わることのない日常をダラダラと生きていきたいわけじゃあないんだ!僕は変わりたい!あのクソみたいな目をしてくる人間全てを見返したいだけなんだ!

 「僕は!!!僕はぼぼぼくぼくぼぐぼぐぐぐぐぐぼくはっ!!!」

 黒風が村を覆った。その風は弱い人間全てを切り刻み、血を吸い、赤黒く変質していく。赤と黒の線が幾重にも重なり合い、空間を他の色に染め上げると………最後に僕の体に流れ込んでくる。それはまるで思い出で、感情の激流で。生きることを切望する悲鳴と、この世の全てを恨む憎悪、平穏な日常を願う悲哀が僕の中に流れていく。

 「…………へぇ、これが魔物化か」

 俺は魔剣を引き抜いて一歩前に出た。赤と黒の風を纏い、6本の首を持つ竜に変貌してしまったサミエルさんを倒すために。
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登場人物紹介

本名は飯田狩虎、あだ名はミフィー君。

主人公らしいが本人はその気が一切ない。

勉強しか得意なことがなく、毎日塾に行くことを日課にしている。

イリナと出会い冒険をすることになるが、回を重ねるごとに彼から違和感が滲み出る。

彼は何か大切なことを隠している………

本名はイリナ・ヘリエル。特徴的なあだ名は今はない。

狩虎の小説だけでなく表面世界でも最強の勇者。

一年前、相棒のカイを炎帝に殺され1年間姿を見せなかった。

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