第3話 誰にだって勇気はある
文字数 4,841文字
「やっぱりね、剣と魔法の世界に来たのならそれで楽しまないと!魔力を発現させよう!」
「いだだだだだっっ!!顔ずる剥けるって!!自分で歩くから拘束といて!!」
いまだにロープで縛られた俺を引きずるイリナの粋な計らいにより顔が地面側に向けられており、歩くたびに顔と地面が擦れている。
「えーーそんなことしたら逃げるじゃん。私が今君にやってるのって悪魔的な所業だし」
「わかってるならやめてくれるかな!?やっぱりさ、優しくするべきだよ人間って。そうした方が相手も[この人についていきたい]って思うようになってぇ!もっと持ち上げて!鼻が死にそうなんだよ!」
「でも君が私の言うこと聞くわけないじゃん。不満タラタラだし」
「こんなことされたらね!?」
こんな状況になったら誰でも逃げ出したいだろ!でも岩を粉砕し魔物を握り潰すイリナの握力で固く絞められた拘束を凡人が解けるわけがない!結局イリナに懇願するしかないのだ!
「じゃあ魔力を習得する?そしたらやめてあげるけど」
イリナが上目遣いで聞いてくる。まぁ俺の目線の方が地面スレスレなほどに低いから、上目遣いしたところでガンつけてるようにしかこちらからは見えない。
「………いやです」
「えーーなんでぇ?とびきり強い勇者だったら楽しめるよこの世界」
「絶対にいやです…………だって洗礼の儀式しなきゃいけないじゃん」
洗礼の儀式とは魔力を発現させるために行う魔物との戦いである!いやです!戦いたくありません!
「勇気ないんで魔力とか絶対に発現しないと思う。何を勘違いしてるかわからないけど凡人だからね俺」
「関係ない関係ないって」
イリナは俺の顔面を地面に擦り付けながら笑う。悪魔だよ本当この人…………
「凡人だろうがなんだろうが人は誰だって勇気を持ってるんだよ、ただそれを表現するのが苦手ってだけで。私はそういう人達を応援するだけさ、勇気を振るえるその日まで」
…………そしてこんなカッコいいことも当たり前のように言えてしまう。悪魔なのにこういうところがあるから彼女は人を引き寄せるのだろう。悪魔だけど。
「…………たとえ俺が魔力を使えるようになってもイリナが望んでいるような結果は出ないと思う」
「というと?」
「水の魔力なんて発現しないってこと。俺はカイじゃないしカイの関係者でもない。ありきたりな魔力になるよ、きっと」
「それでもいいのさ。魔力のあるなしでこの世界の受け取り方はグンっと変わる。必要なんだよ君には」
俺がこの世界で冒険することを前提に話してるなこいつ。しかしこの世界の、魔力の話になってからイリナの機嫌はいい。なぜか俺の顔面にダメージを与え続けているが、それを抜きにしたって楽しそうだ。…………まっ、丁度いいだろう。俺が現実ってやつを見せてやるか。
「わかった、分かったよ。魔力を発現させればいいんだろ?受けてやるよ洗礼の儀式」
「本当!?……そう言って逃げるつもりでしょ」
「逃げないって信じろよ俺を。嘘ついたことあるか?」
「初対面なんだけど」
「…………逃げませんから」
俺は解いて欲しそうにジタバタ動く。そんな俺の無様さを見てイリナが可哀想だと思ってくれたらワンチャン…………
「…………魔力が発動したらそんな縄ぐらいなんとかなるからさ、つけたまましなよ。まだ君のこと信用してないからね」
可哀想だと微塵も思ってくれなかったみたいだ。まぁいいや、仕方ない。そうなったらそうなっただ。
「分かったよ………縄つけたままやるよ。でももし危なそうなら助けてくれよ」
「来ないよそんなこと、君が勇気さえ見せてくれればね。…………それじゃあ適したレベルの魔物がくるまで待機!来るまでも来てからも洗礼の儀式だよ!ちゃんと偉い子で待っていましょうねー」
「小学校の遠足の注意をする担任かよ」
~10分後~
「…………全然来ないんですけど」
「あっれーー?おかしいな、いつもならすぐに来るのに」
縛られたまんまじゃ座るのも億劫だから地面に寝転がって待つ俺。…………あっ、イリナのパッ
~20分後~
「全然………見る気なんてなかったんです。お願いします信じてください」
「………………」
正座をする俺と、それを見下すイリナの図。
スカート履いてるくせに堂々と仁王立ちしてる方が悪いだろ。この貧に
~30分後~
「いつもは全然、そんなことまったく………はい。人のことを、その…………身体の一部で蔑称にするなど………いや、蔑んでるとかではないですね。はい、表現してなどいないです、はい」
「………………………」
俺は逆さ吊りにされ、イリナは光剣を引き抜いて地面をペチペチと叩いていた。
「…………来る気配ないね」
「…………そうっすね」
あーー頭に血が昇ってきた。
「これってさ、君、洗礼の儀式もう済ませてあるんじゃないの?」
「……………え?」
「来ない理由なんてそれしか考えられないよ?」
「ほ、他にあるかもしれないだろ理由。洗礼の儀式の予約が多くて待たされてるとか」
「行列じゃん。どんだけ人気なのさ洗礼の儀式」
「2回やったら50%offみたいな…………」
「リピーターの方が多いじゃんそれ。………洗礼の儀式は一回しか出来ないんだからそんなのあり得ないよ。やっぱりカイの関係者だなぁ君はぁ」
ガンッ!
イリナが光剣で地面を力強く叩く!あーー怒ってるーー。嘘ついたことに対してメチャクチャ怒ってる。
「いや、でもマジで俺カイの関係者とかじゃないんですよ本当に!」
「もう嘘ついても信じないからね!魔物が来ないことが良い証拠じゃん!」
「来る!来るって!絶対来るって!あと3秒で来る!ほら3!2!1!どうぞ魔物さん!」
シーーン……………
「……来ないじゃん。私に嘘ついたね?一度ならず二度までも!」
「ごめんなさぁぁああいいい!!!!」
ドッドッ………
最初に感じたのは地響きだった。小さな揺れが徐々に徐々に大きく変わるのを、逆さ吊りにされていた俺は視覚で、イリナは振動で把握した。
ドッドッドッ!
そして更に地響きは大きくなり、目に飛び込んできたのは魔物の大群。100は優に超えるその数は………300?もっと多いかもしれない。色々な種類の魔物がこっちに向かって走ってきていた。
ドンッッッッ!!!!
確かに最初は驚いた。しかしこれを見た後だとそんなものはどうでも良くなって………大群の後ろ、一際巨大な魔物が走っていた。全長2キロメートルは超える巨体。全身から煙と水蒸気を噴き出しまるで移動する岩山のようなその見た目は、一瞬で並の魔物ではないことを俺達の本能に叩きつけた。
「…………90%offでもいらないわこんなの」
「あれは魔物のリーダー格だね。私の時も同じようなのが出てきたよ。やっぱりカイでしょ?」
「違うって!と、とにかくこの縄をなんとかしてくれ!これじゃああの大群から逃げれない!」
「言ったでしょ、それぐらい自分でなんとかしなよ。あれぐらいの魔物を寄越させる君ならなんとでもなるでしょ」
ぐっ…………イリナからのサポートはなしか!厳しいなぁ!
「でもサービスしてあげる。あの大群は全滅させておくから、それまでに魔力を発現させて準備しといて。君があの1番でかい魔物を倒すんだ」
それだけ言うとイリナは雷を纏い大群に突撃していった!そこからのイリナはただ圧倒的だった。彼女が高速で駆け抜けるだけで魔物達の五体がバラバラに飛び散り吹き飛んでいく。ただ走るだけの風圧で魔物がやられているのだ。1秒のうちに倒される魔物の数は20体以上で、大群が消え去るのに費やしたのはたったの13秒だった。
「…………うわーーーお」
正直、呆然と見ていて勇気がなんだとか考えてなかった。これもう全部イリナがやっちゃえばいいんじゃないかな?俺いらないんじゃないかな?そう思わない?
「流石イリナさん!その調子であの魔物もやっちゃって下さい!」
「だーかーらー。アレは君が倒すって言ったで」
ドゴォォォオオオンンンン!!!
岩山のような魔物の背中が突如爆発してマグマが吹き出した!!空中に吹き飛ばされた溶岩は冷え固まり、岩石となって降り注ぎ大地に深々と突き刺さる!!
岩山じゃなくて火山だったか!だがまぁ変わらんさ岩山だろうと火山だろうと、イリナがキッチリあんなクソ雑魚倒してくれるに決まってる!俺はイリナの方を見た!
ガタガタガタ…………
しかし先程までの威勢は消えて、イリナは地面にへたり込んで震えていた。まさか、まさかとは思うけれど…………
「トラウマなのか…………火が」
イリナは震えたまま何も答えない。それだけでもう十分だ。炎帝の炎はあまりにも多くのものを奪った。イリナの大切な人、自信、正義…………炎とはイリナにとっての挫折と恐怖と絶望の象徴なのだ。それをこのたったの一年で克服するなんて無理だよな。
「でもそれとこれとは話は別だ!さすがに緊急事態だろ!俺のこの縄を解いてくれ!」
身体から力が湧き出る感覚が一切ない!このままだと非常にまずい………わぁお。
溶岩が俺に降りかかり、俺は為す術なくその灼熱の下敷きになった。
ドン!!!!!
巨大な魔物がイリナを踏み潰すために一歩近づいた。しかしそんな緊急事態でもイリナの体の震えは止まらない。いやむしろ増すばかりだ。今また炎によって人を1人失い、その業火は自身にも降り掛かろうとしている。恐怖が目の前を覆い塞いでいた。そして………一歩、巨大な影がイリナに振り下ろされた。
「イリナぁぁぁああああ!!!!」
ドッッッゴォォオオン!!!!!
その闇を切り裂く咆哮が、飯田狩虎が、ふりかかる影をぶん殴り吹き飛ばした!その衝撃によって魔物はグラつき倒れ込む!さらに追い討ちをかけるように雨雲が立ちこめポツリポツリとその雨足を強くする。
「なぁイリナ………言ったよな、誰にでも勇気があるって。ただ表現するのが苦手なだけだって」
狩虎の言葉と共に降り頻る雨水は意志を持ったように動き、震えるイリナを優しく包み込み魔物が放つ熱を遮断する。
「…………う、腕が………」
対照的に、狩虎の腕は今の一撃に耐えきれず骨の全てが粉砕され原型を留めていない。血が滴り落ちることでようやく身体の一部だと理解できるほどだった。雨と血が混ざり勢い良く流れ落ちていく。
「俺は俺なりに、不器用ながらも勇気を示してみた。今度はお前が、俺なんかよりもずっとずっと慣れているお前が、いつものように完璧な勇気を見せてくれ。…………こんなことになるなんて想像してなかったんだけどさ」
俺は残った腕で頭を掻き、イリナの方を振り向き笑った。
「今のお前を見て思ったんだ。………克服しちまおうぜ炎。俺がお前に降りかかる炎を全て消してやるからさ、ちょっとずつちょっとずつ前に進んで、そして、その日が来たら………倒そう、炎帝を」
立ち上がろうとしていた魔物に残った腕で殴りかかり再度転ばした。しかしその衝撃で俺の残りの腕は粉々に吹き飛び戦闘不能に陥る。
その日が来たら………その日が来たらか。その時イリナは笑っているだろうか、泣いているだろうか。………笑っていてほしいな、喜びで。悲しみなんかに支配されていたら悲劇すぎる。
「……………ありがとう」
「倒してから感謝してくれ。俺もう痛みで倒れそうなんだよ」
「ふふっ…………いいよ、とびきりのを見せてあげる」
震える身体に鞭打ってイリナが立ち上がり、雨雲から降り注いだ雷を全身で浴びると雷で出来た光り輝く龍を生み出した。龍は吠え盛り魔物に照準を向けるとその大きな口を以って魔物の首に噛み付くと強力で強大な雷の一撃となって魔物を焼き払った!残ったのはその熱によって炭化した全長2キロメートルの燃え滓だけだった。
これはイリナが炎を克服し、炎帝を倒し…………世界に平和をもたらす物語である。
「いだだだだだっっ!!顔ずる剥けるって!!自分で歩くから拘束といて!!」
いまだにロープで縛られた俺を引きずるイリナの粋な計らいにより顔が地面側に向けられており、歩くたびに顔と地面が擦れている。
「えーーそんなことしたら逃げるじゃん。私が今君にやってるのって悪魔的な所業だし」
「わかってるならやめてくれるかな!?やっぱりさ、優しくするべきだよ人間って。そうした方が相手も[この人についていきたい]って思うようになってぇ!もっと持ち上げて!鼻が死にそうなんだよ!」
「でも君が私の言うこと聞くわけないじゃん。不満タラタラだし」
「こんなことされたらね!?」
こんな状況になったら誰でも逃げ出したいだろ!でも岩を粉砕し魔物を握り潰すイリナの握力で固く絞められた拘束を凡人が解けるわけがない!結局イリナに懇願するしかないのだ!
「じゃあ魔力を習得する?そしたらやめてあげるけど」
イリナが上目遣いで聞いてくる。まぁ俺の目線の方が地面スレスレなほどに低いから、上目遣いしたところでガンつけてるようにしかこちらからは見えない。
「………いやです」
「えーーなんでぇ?とびきり強い勇者だったら楽しめるよこの世界」
「絶対にいやです…………だって洗礼の儀式しなきゃいけないじゃん」
洗礼の儀式とは魔力を発現させるために行う魔物との戦いである!いやです!戦いたくありません!
「勇気ないんで魔力とか絶対に発現しないと思う。何を勘違いしてるかわからないけど凡人だからね俺」
「関係ない関係ないって」
イリナは俺の顔面を地面に擦り付けながら笑う。悪魔だよ本当この人…………
「凡人だろうがなんだろうが人は誰だって勇気を持ってるんだよ、ただそれを表現するのが苦手ってだけで。私はそういう人達を応援するだけさ、勇気を振るえるその日まで」
…………そしてこんなカッコいいことも当たり前のように言えてしまう。悪魔なのにこういうところがあるから彼女は人を引き寄せるのだろう。悪魔だけど。
「…………たとえ俺が魔力を使えるようになってもイリナが望んでいるような結果は出ないと思う」
「というと?」
「水の魔力なんて発現しないってこと。俺はカイじゃないしカイの関係者でもない。ありきたりな魔力になるよ、きっと」
「それでもいいのさ。魔力のあるなしでこの世界の受け取り方はグンっと変わる。必要なんだよ君には」
俺がこの世界で冒険することを前提に話してるなこいつ。しかしこの世界の、魔力の話になってからイリナの機嫌はいい。なぜか俺の顔面にダメージを与え続けているが、それを抜きにしたって楽しそうだ。…………まっ、丁度いいだろう。俺が現実ってやつを見せてやるか。
「わかった、分かったよ。魔力を発現させればいいんだろ?受けてやるよ洗礼の儀式」
「本当!?……そう言って逃げるつもりでしょ」
「逃げないって信じろよ俺を。嘘ついたことあるか?」
「初対面なんだけど」
「…………逃げませんから」
俺は解いて欲しそうにジタバタ動く。そんな俺の無様さを見てイリナが可哀想だと思ってくれたらワンチャン…………
「…………魔力が発動したらそんな縄ぐらいなんとかなるからさ、つけたまましなよ。まだ君のこと信用してないからね」
可哀想だと微塵も思ってくれなかったみたいだ。まぁいいや、仕方ない。そうなったらそうなっただ。
「分かったよ………縄つけたままやるよ。でももし危なそうなら助けてくれよ」
「来ないよそんなこと、君が勇気さえ見せてくれればね。…………それじゃあ適したレベルの魔物がくるまで待機!来るまでも来てからも洗礼の儀式だよ!ちゃんと偉い子で待っていましょうねー」
「小学校の遠足の注意をする担任かよ」
~10分後~
「…………全然来ないんですけど」
「あっれーー?おかしいな、いつもならすぐに来るのに」
縛られたまんまじゃ座るのも億劫だから地面に寝転がって待つ俺。…………あっ、イリナのパッ
~20分後~
「全然………見る気なんてなかったんです。お願いします信じてください」
「………………」
正座をする俺と、それを見下すイリナの図。
スカート履いてるくせに堂々と仁王立ちしてる方が悪いだろ。この貧に
~30分後~
「いつもは全然、そんなことまったく………はい。人のことを、その…………身体の一部で蔑称にするなど………いや、蔑んでるとかではないですね。はい、表現してなどいないです、はい」
「………………………」
俺は逆さ吊りにされ、イリナは光剣を引き抜いて地面をペチペチと叩いていた。
「…………来る気配ないね」
「…………そうっすね」
あーー頭に血が昇ってきた。
「これってさ、君、洗礼の儀式もう済ませてあるんじゃないの?」
「……………え?」
「来ない理由なんてそれしか考えられないよ?」
「ほ、他にあるかもしれないだろ理由。洗礼の儀式の予約が多くて待たされてるとか」
「行列じゃん。どんだけ人気なのさ洗礼の儀式」
「2回やったら50%offみたいな…………」
「リピーターの方が多いじゃんそれ。………洗礼の儀式は一回しか出来ないんだからそんなのあり得ないよ。やっぱりカイの関係者だなぁ君はぁ」
ガンッ!
イリナが光剣で地面を力強く叩く!あーー怒ってるーー。嘘ついたことに対してメチャクチャ怒ってる。
「いや、でもマジで俺カイの関係者とかじゃないんですよ本当に!」
「もう嘘ついても信じないからね!魔物が来ないことが良い証拠じゃん!」
「来る!来るって!絶対来るって!あと3秒で来る!ほら3!2!1!どうぞ魔物さん!」
シーーン……………
「……来ないじゃん。私に嘘ついたね?一度ならず二度までも!」
「ごめんなさぁぁああいいい!!!!」
ドッドッ………
最初に感じたのは地響きだった。小さな揺れが徐々に徐々に大きく変わるのを、逆さ吊りにされていた俺は視覚で、イリナは振動で把握した。
ドッドッドッ!
そして更に地響きは大きくなり、目に飛び込んできたのは魔物の大群。100は優に超えるその数は………300?もっと多いかもしれない。色々な種類の魔物がこっちに向かって走ってきていた。
ドンッッッッ!!!!
確かに最初は驚いた。しかしこれを見た後だとそんなものはどうでも良くなって………大群の後ろ、一際巨大な魔物が走っていた。全長2キロメートルは超える巨体。全身から煙と水蒸気を噴き出しまるで移動する岩山のようなその見た目は、一瞬で並の魔物ではないことを俺達の本能に叩きつけた。
「…………90%offでもいらないわこんなの」
「あれは魔物のリーダー格だね。私の時も同じようなのが出てきたよ。やっぱりカイでしょ?」
「違うって!と、とにかくこの縄をなんとかしてくれ!これじゃああの大群から逃げれない!」
「言ったでしょ、それぐらい自分でなんとかしなよ。あれぐらいの魔物を寄越させる君ならなんとでもなるでしょ」
ぐっ…………イリナからのサポートはなしか!厳しいなぁ!
「でもサービスしてあげる。あの大群は全滅させておくから、それまでに魔力を発現させて準備しといて。君があの1番でかい魔物を倒すんだ」
それだけ言うとイリナは雷を纏い大群に突撃していった!そこからのイリナはただ圧倒的だった。彼女が高速で駆け抜けるだけで魔物達の五体がバラバラに飛び散り吹き飛んでいく。ただ走るだけの風圧で魔物がやられているのだ。1秒のうちに倒される魔物の数は20体以上で、大群が消え去るのに費やしたのはたったの13秒だった。
「…………うわーーーお」
正直、呆然と見ていて勇気がなんだとか考えてなかった。これもう全部イリナがやっちゃえばいいんじゃないかな?俺いらないんじゃないかな?そう思わない?
「流石イリナさん!その調子であの魔物もやっちゃって下さい!」
「だーかーらー。アレは君が倒すって言ったで」
ドゴォォォオオオンンンン!!!
岩山のような魔物の背中が突如爆発してマグマが吹き出した!!空中に吹き飛ばされた溶岩は冷え固まり、岩石となって降り注ぎ大地に深々と突き刺さる!!
岩山じゃなくて火山だったか!だがまぁ変わらんさ岩山だろうと火山だろうと、イリナがキッチリあんなクソ雑魚倒してくれるに決まってる!俺はイリナの方を見た!
ガタガタガタ…………
しかし先程までの威勢は消えて、イリナは地面にへたり込んで震えていた。まさか、まさかとは思うけれど…………
「トラウマなのか…………火が」
イリナは震えたまま何も答えない。それだけでもう十分だ。炎帝の炎はあまりにも多くのものを奪った。イリナの大切な人、自信、正義…………炎とはイリナにとっての挫折と恐怖と絶望の象徴なのだ。それをこのたったの一年で克服するなんて無理だよな。
「でもそれとこれとは話は別だ!さすがに緊急事態だろ!俺のこの縄を解いてくれ!」
身体から力が湧き出る感覚が一切ない!このままだと非常にまずい………わぁお。
溶岩が俺に降りかかり、俺は為す術なくその灼熱の下敷きになった。
ドン!!!!!
巨大な魔物がイリナを踏み潰すために一歩近づいた。しかしそんな緊急事態でもイリナの体の震えは止まらない。いやむしろ増すばかりだ。今また炎によって人を1人失い、その業火は自身にも降り掛かろうとしている。恐怖が目の前を覆い塞いでいた。そして………一歩、巨大な影がイリナに振り下ろされた。
「イリナぁぁぁああああ!!!!」
ドッッッゴォォオオン!!!!!
その闇を切り裂く咆哮が、飯田狩虎が、ふりかかる影をぶん殴り吹き飛ばした!その衝撃によって魔物はグラつき倒れ込む!さらに追い討ちをかけるように雨雲が立ちこめポツリポツリとその雨足を強くする。
「なぁイリナ………言ったよな、誰にでも勇気があるって。ただ表現するのが苦手なだけだって」
狩虎の言葉と共に降り頻る雨水は意志を持ったように動き、震えるイリナを優しく包み込み魔物が放つ熱を遮断する。
「…………う、腕が………」
対照的に、狩虎の腕は今の一撃に耐えきれず骨の全てが粉砕され原型を留めていない。血が滴り落ちることでようやく身体の一部だと理解できるほどだった。雨と血が混ざり勢い良く流れ落ちていく。
「俺は俺なりに、不器用ながらも勇気を示してみた。今度はお前が、俺なんかよりもずっとずっと慣れているお前が、いつものように完璧な勇気を見せてくれ。…………こんなことになるなんて想像してなかったんだけどさ」
俺は残った腕で頭を掻き、イリナの方を振り向き笑った。
「今のお前を見て思ったんだ。………克服しちまおうぜ炎。俺がお前に降りかかる炎を全て消してやるからさ、ちょっとずつちょっとずつ前に進んで、そして、その日が来たら………倒そう、炎帝を」
立ち上がろうとしていた魔物に残った腕で殴りかかり再度転ばした。しかしその衝撃で俺の残りの腕は粉々に吹き飛び戦闘不能に陥る。
その日が来たら………その日が来たらか。その時イリナは笑っているだろうか、泣いているだろうか。………笑っていてほしいな、喜びで。悲しみなんかに支配されていたら悲劇すぎる。
「……………ありがとう」
「倒してから感謝してくれ。俺もう痛みで倒れそうなんだよ」
「ふふっ…………いいよ、とびきりのを見せてあげる」
震える身体に鞭打ってイリナが立ち上がり、雨雲から降り注いだ雷を全身で浴びると雷で出来た光り輝く龍を生み出した。龍は吠え盛り魔物に照準を向けるとその大きな口を以って魔物の首に噛み付くと強力で強大な雷の一撃となって魔物を焼き払った!残ったのはその熱によって炭化した全長2キロメートルの燃え滓だけだった。
これはイリナが炎を克服し、炎帝を倒し…………世界に平和をもたらす物語である。