第31話 それは克明の悲鳴か

文字数 3,453文字

 表面世界にきた俺らが最初に気がついた異変は、サミエルさんがどこにもいないことだ。昨日はちゃんと家まで送ったというのに、彼は何かに巻き込まれて失踪した。これの何が1番困るかというと、失踪直前まで俺達と………正確には俺といたという事実。俺は勇者領から監視対象にされている危険人物だ。俺の近くで問題が発生すれば俺のせいにされかねない。困ったなー困ったなーとウンウン唸りながら、昨日見つけた手がかり………失踪事件に関係していそうなミレニアルズを訪れた。そして俺達に叩きつけられた第二の異変。ミレニアルズが滞在している兵舎には勇者が1人しかいなかったのだ。しかもその勇者は瀕死の重体。おっほっほほって変な声出ちゃったよね、もう何が何だかよく分からなくて。イリナに急いで走ってもらい、救急医療チームをすぐに呼んで治療したが今もまだ生死の境を彷徨っているとのことだ。

 「何も分からなくなったなぁ!」

 俺はコーヒー牛乳を飲みながら愚痴った、大きな声で。でも周りに聞かれている恥ずかしさに、俺は声のボリュームを下げる。

 「どうするこっから」
 「うーーん…………正直こういうのはお手上げだね。掴んだ手掛かりが全て悉く消え去ってるもん」

 今はただ、兵舎にいた勇者の容態が回復するのを祈ることしかできない。彼から話を聞けたらとても楽なんだけどなぁ。

 「…………大丈夫なの?ミフィー君」
 「うーーん…………微妙。ミレニアルズで事件が起きてたからまだなんとか首の皮一枚繋がった状態なんだけど、結構深刻だよね。いつ殺されるか分かったもんじゃない」

 ミレニアルズに何も起きてなかったら、今頃俺は死んでいただろう。サミエルさん関連の問題を起こした俺がミレニアルズに罪をなすりつけようとした………とか、そこらへんの疑いでね。でも今回のおかげでミレニアルズがほぼ100%事件に関わっているのがわかったのだ、ここでミスりさえしなければ俺は助かるだろう。まっ、俺に関係する変な証拠でも出てくれば、いの一番で俺は死ぬんだけども。

 「…………整理するか」

 霧が発生し、そこで何かを見た人間が失踪する連続失踪事件。勇者だけではなく、何の力も持たない人間までもがその被害にあっており、村が丸々ひとつもぬけの殻になるほどの規模だ。

 「人間が攫ってるのならかなり大掛かりだよな。大人数で一度に全員を攫わなきゃ連絡されるわけだしさ」
 「うん。人を攫うのに適した魔力………ワープだったり、各個分断する魔力だとしても、攫うのには1人ずつだ。1人が1人を担当しなきゃいけない…………なんていうか変だよね」

 イリナの勘は良く当たる。彼女が変だと思うのなら、この考え方にはどこか間違いがあるのだろう。

 「じゃあ逆に考えてみるか。誘拐されているのではなくて…………」
 「自分から姿を消している?」
 「うん。洗脳だったり、相手の動きを指定する魔力ならば、一度に大量の人間にかけることができる。そして彼らが勝手にいなくなるから、攫うための労力はいらない。問題はそんな魔力があるのかどうかだ」
 「聞いたことないなぁ。相手の感情をコントロールしたり、感覚を入れ替える魔力は見たことあるけれど、大直球に洗脳する魔力はねぇ…………」

 そうだよなぁ。それに洗脳の魔力がもしあるのならば、なぜ俺とイリナに術をかけなかったのだって話だよ。サミエルさんよりも俺たちの方が戦力になるってのに…………

 「ただ、サミエルさんが消えたのはあの村ではなくて家に帰ってからだ。その場で攫われたのではなくて、[何かを見た]あとに消えている。…………自分から姿を消しているって線は結構ありだと俺は思うぞ。」

 全員をその場から離脱させ各個捕獲………うん、あまりにも非効率だ。例えば攫う対象に規則性があり、それを見極めるためにあえて離脱させているという考えかたも………村を丸々一つ消しているのだ、明確な規則性があるとは思えない。

 「もう一回あの霧を見ることができれば何か手掛かりが……」
 「ねぇ、あそこに誰かいない?」

 イリナの言葉に俺は凍りついた。血が逆行して体の穴から流れ落ちていくような寒気。俺はイリナが指差した方を振り向くことなく、咄嗟にイリナの手を掴んだ。

 「いない。絶対に、あそこには、いない」

 …………俺の背後の建築物全てに岩石を纏わせろ。俺は小声でウンモに指示を出しながら、イリナの目を見る。彼女の目はちゃんとしている。ただ、何かが見えていることに恐怖しているようだ。吐息の熱量、指先から伝わってくる脈拍が増えている。

 「で、でも確かに!」

 俺はイリナの言葉を遮るために、炎を生み出し、指差している範囲全てを焼き払った。ウンモの魔力に怯えた人達はもう既にここから避難しているし、建物も岩盤によって熱を遮断している。

 「いない、絶対に。ちゃんと俺の目を見」

 その時、イリナが悲鳴をあげた。今まで聞いたことのないような、人間が出せるのかってぐらい大きな金切音。そしてイリナは俺の手を振り払うと、全速力で駆け出した!
 イリナの全力の踏み込みは音速を軽く超える。その衝撃波によって家屋の窓は割れ、地面が粉々に陥没する!くそっ!たった1秒でもう視界から消えやがった!これが並の人間ならなんとでもなるのに、よりにもよってイリナかよ!

 「ウンモ!イリナを追うぞ!あいつを野放しにしたら大惨事が起きる!」

 俺とウンモは駆け出した!イリナが失踪したなんて噂が流れてみろ、勇者領は崩壊するぞ。あいつはこんなボロボロの勇者領の希望の光なんだ。あいつがいなくなったら…………民は勇者領を見限ってしまう。そうなったら終わりだ。それにもしイリナが敵側になってみろ、あいつを止められるのは王様だけだ。想像しただけで参っちまうよ。

 「おい聞こえてるか!イリナが失踪する可能性がある!どうせ俺のこと盗聴してんだろさっさと返事しろ!」

 俺は何もない空間に向かって叫びながら走る!俺の速力じゃあイリナに追いつくことはできない。こういう時にこそ勇者の力が必要だ!

 「この先、23km地点で強力な魔力の反応が検知された。イリナさんがそこに向かった可能性が高い」
 「23km!?もっと具体的な情報ないの?地名とかそこらへん!俺は距離を正確に測りながら走ることはできないぞ!」
 「…………[迷いの墓場]という場所だ。墓標が腐るほどあるだろうからすぐにわかる。…………イリナさんを救ってくれ」

 そして通信が途切れた。

 サミエルさんだけじゃなく今度はイリナが失踪か。疾走して失踪………ごめんなんでもない。しかし悪い話ばかりでもない。この失踪事件の大まかなロジックが分かってきたな。[なにか]を見たものは逃げるようにその場を離れ、特定の場所へと逃げ込むのだろう。………もしかしたら、村の住人が全員消えたのも、全員が[なにか]を見たから集団避難しただけだったりするかもな。

 俺は考えながら23km先の迷いの墓場へと向かった。



 人の性格を測るのに1番適しているのは恐怖だ。恐怖に屈して縮こまるか、恐怖の対策を事前に行い立ち向かうか………ただ逃げるだけでは敵を打ち倒すことはできない。

 迷いの墓場に辿り着いた俺は止まることなく走り続ける。

 「ウンモ!生体反応は!」
 「………っつ!た、たくしゃん!」

 ここに集まってやがるのか!俺は制御装置の第四拘束まで外すと、巨大な火球を作り出して空に浮かべる!それはまるで太陽のように墓場全体を照らし、そのおかげでここに大量の人間が佇んでいるのが見える!大丈夫かこいつら、正気を感じないぞ!

 「するつもりはなかったが、ウンモ!墓荒らすぞ!」
 「え、えぇえ!?たたられましぇん!?」
 「生者のためなら死者も満足だろ!」

 大地の聖剣によってこの墓場の大地がめくれあがり、佇んでいた人々を飲み込んだ!こうしておけば俺の炎からは身を守ることができるだろうっつ!!

ギィイインン!!

 飛び込んできた人影が振るう剣を、なんとか刀出すことが間に合った魔剣の刀身で防ぐ!しかし勇者の身体能力をこの俺が超えられるはずがない!その衝撃で俺はぶっ飛び地面を転がった。

 「…………っつ。そういう流れか、ああそうかい、困ったもんだなぁ!」

 俺は立ち上がりながら魔剣の切先を敵に向ける。そして敵もまた、俺に切先を向ける。

 「こいよ、俺から行ったんじゃあんたにとって不利だろ。………サミエルさん!」

 俺の言葉に呼応するようにサミエルさんが踏み込んだ。
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登場人物紹介

本名は飯田狩虎、あだ名はミフィー君。

主人公らしいが本人はその気が一切ない。

勉強しか得意なことがなく、毎日塾に行くことを日課にしている。

イリナと出会い冒険をすることになるが、回を重ねるごとに彼から違和感が滲み出る。

彼は何か大切なことを隠している………

本名はイリナ・ヘリエル。特徴的なあだ名は今はない。

狩虎の小説だけでなく表面世界でも最強の勇者。

一年前、相棒のカイを炎帝に殺され1年間姿を見せなかった。

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