第10話 魔剣争奪戦
文字数 4,859文字
勇者と魔族の大きな違いはその魔力の大きさにある。[魔]の文字を冠するだけあり魔族の魔力は勇者のよりも大きい。そして魔力が大きければ大きいほど、彼らは不思議な力を高出力で放てるようになるのだ。イリナを例に挙げれば、彼女の[雷]の魔力は他の並みいる勇者たちの[雷]の魔力と形は大差ない。しかし第二類勇者という上から二番目の高い階級であるために、彼女の魔力はとても大きく彼らよりも高出力で放てるのだ。その強大な力は、天候を変化させ、全長1キロメートルにも及ぶ巨大な雷の龍を形成することができる。しかし第二類勇者と同じ位置にある魔族の階級………魔王の魔力の大きさはイリナの比ではない。もし雷を操る魔王がいたのなら、イリナとの出力勝負なら100%魔王が勝つだろう。魔族と勇者の魔力には大きな差がある。
それじゃあ勇者は魔族には勝てないのだろうか。自分より弱いやつを倒すことしかできないのだろうか?答えはノーである。魔族は魔力に特化しているせいで身体能力が低く、勇者は身体能力と魔力のバランスがとれている。イリナを例に挙げると彼女が本気で走れば簡単に音速を超えるし、本気でぶん殴れば全速力で飛行機が衝突したような衝撃に見舞われるだろう。
つまり勇者と魔族が戦うとどうなるのかというと………
「いっけーイリナぁあ!!やっちまえぇ!!」
「うるさぁあああいい!!」
次々と乱立する氷の柱、それをかわした者を殺すために放たれた爆撃が氷の柱の隙間を埋め尽くし焼き溶かす!しかし戦場を一筋の閃光が駆け抜けると、魔力を出して一呼吸置いていた魔族の元に一瞬で辿り着き身体を斬り裂いた!
魔族が大規模な魔力で遠距離攻撃をし、勇者はそのスピードとタフネスでなんとか近づき一撃を加える。勇者と魔族が相対するのはほんの一瞬だけなのだ。だからイリナは強い。彼女は雷と同化することで勇者の限界を超えた速度を出すことができるのだから。
そんな激戦の中、俺はイリナから200m離れた場所で応援中!!戦う気など一切ないぞ!!
「ねぇ!?あのさ!?戦えないにしてももっとマシなこと出来ないの!?」
「いや、応援してるじゃん………」
「気が散るんだよね!もっといい感じに応援してよ!」
「カッコいいイリナー!略してカッコイリナ!」
「ダッセー!事後報告の時のP.S.みたくなってるじゃん![プリン食べちゃいました。(イリナ)]じゃんそれ!」
「俺はプリン食べても黙っておくから(イリナ)は使わない」
「君が(イリナ)使ったら私に濡れ衣着せてるだけだからね!?ただの泥棒じゃん!罪悪感見せてよ!」
「中途半端な罪悪感は人間関係を壊すきっかけになるかなって………だから黙った方がみんな幸せだと俺は思うんだ」
「少なくともプリンを食べられた人は幸せではないよ!」
イリナの活躍によってひとまず魔族の第一陣を倒すことができた。その間俺はひたすらにガタガタと怯えながら傍観するしかなかったのだ。まぁね、適材適所ってのがあるよね。俺みたいな雑魚が戦うなんてやめたほうがいいんだよ。
「それにさ、もう一つツッコミたいのがあるんだけど」
「なに?カッコイリナ」
「だからやめてって!……そのメモ帳とカメラは何?」
首からかけられているカメラと、左手に握られているメモ帳をイリナが指さした。
「取材のための道具だけど?次の小説のネタ集め」
「だからちゃんと戦ってよー!」
「ふざけんなよ!夢の、しかも他人の記憶を介してしか見れなかったイリナの戦いが生で見れるのに戦ってなんかいられるか!激写してやったもんねぇ!パパラッチ~!」
「パパラッチは関係ないでしょ!叩き割るよそのカメラ!」
「やめて!叩き割るのだけは勘弁してください!頑張ってお小遣い貯めて買ったんですから!やめて僕の宝物!」
まぁ、この宝物でとったイリナの写真は全部ボケてるんですけどね。イリナが速すぎて姿を捉えきれないのだ。像が伸びて伸びて…………イリナらしきものが写真全体を覆っちゃってるもん。心霊写真って言われても納得しちゃうよこれ。
「せっかくの戦うチャンスなんだから手頃な相手を見つけて戦ってよ!安全に魔族と戦える機会なんて滅多にないんだから!ただですらこの1週間、ミフィー君は何も成長してないんだからね!」
「努力はしてるんですけどねぇ。一夜漬けとか苦手なタイプなんですよ。あれだ、テスト期間中にだけ詰め込んで暗記するのが苦手だから、毎日コツコツ予習復習するみたいな?優等生なんですよ俺」
「なんの面白みもないじゃん!グズ!バカ!チンチクリン!」
「俺の方が高いだろ!5cmぐらい!」
「大局的に見たら5cm差なんて誤差だよ誤差。男で175cmとか大きいわけでもないじゃん。やーいチンチクリン。178cm超えてから出直しな!」
好き放題言ってくれるじゃないか。逆に考えてくれ。練習を1週間やり成果が出なかったときに、ぶっつけ本番で戦いたいと思えるのかって話よ。何事においても自信は大切なのに、その自信を育めなかったんですよ?……………戦いたくないじゃーん。死にたくないじゃーん。
「せっかく私が武器を買い与えてあげたのにそれを持たずに自前のカメラとメモ帳しか使ってないじゃん!私のお金と気遣いを返してよ!」
「ペンは剣よりも強しって言葉があってですね……」
「じゃあそれで戦えば!?」
「所詮言葉だから状況によって変わってですね……」
「ウスラトンカチ!ウダウダ言ってないでさっさと行くよ!」
「ちょっと待ってまだ取材済んでないんだけど!」
俺のことを1発ぶん殴ってからイリナは俺を引っ張りながら勇者側の戦線を上げていく。
今回の魔族掃討戦は南西から攻めて来た魔族を迎撃、あわよくば殲滅するというものだ。偵察していた勇者からの情報だと、魔族側は最高幹部が一番の戦力らしく魔王の参戦はない。そりゃあまぁそうだ。魔王が戦いに参加することなどまずないのだからな。1年前が異常すぎたのだ。
最高幹部が最高戦力の魔族の部隊などイリナがいればなんとでもなる。彼女が敵を蹴散らしている間に、俺が手頃な魔族と戦いスキルアップをするのがイリナの今回の狙いらしい。まぁ俺の狙いは戦うことなくこの戦いの取材と、勇者達から生の声を聞くことなんだけどね!戦ってなどいられるか!
カシャカシャッ
相変わらず勇者達の戦いを写真にとりながら俺は観戦していた。
「またイリナちゃんに怒られるよ」
戦場で寝転がりながら昴 さんが聞いてくる。
「いいんですよ俺は、戦ったって足手纏いにしかならないんですから。これぐらいの役割が丁度いいんです」
「確かに庇護対象が戦えばイリナちゃんの邪魔にしかならない。賢明な判断だ」
「昴さんは戦わなくていいんですか?」
「僕は緊急事態になるまで戦わないよ。彼女は1年間戦ってなかったからね、彼女に限って腕が鈍るなんてことはないだろうけど……リハビリが必要だ。今回のような戦いは彼女にとって丁度いいんだ」
カイを失ってからの1年間イリナは戦っていなかったようだ。いや、もしかしたらこの世界にすら来てなかったのかもしれない。……当然か、相棒を失ったんだから。
「それに今回彼女が声をかけたのは将来有望な勇者ばかりだ。彼らがイリナちゃんの元で戦えばいい経験になるだろう?一方彼女と違い僕の戦い方はちょっと特殊だからね。誰かの参考になるなんてことはないのさ」
確かに魔力を使わない戦い方というのはこの世界では基本的ではないのだろう。
…………?身体能力しかなかったらむしろ基本的になるのでは…………?
「そこから先は考えない方がいい」
「………はい」
釘を刺された俺は戦場に視線を戻してカメラで激写を続ける。うーーむ、イリナのパンチラを狙ってるのに動きが速すぎてやはり撮れない。もうちょっと減速してくれないかなぁ。
「…………狩虎ちゃん、君はこの世界をどう思う?」
「…………どうしたんですかいきなり」
「ただの興味本位だ。[好きなおやつは何?]と同じぐらい気軽に答えて欲しい」
「えぇぇ………下らないですよ。こんな争いしか生まない世界なんてなくなってしまった方がいい」
俺は写真を撮り続ける。
「ほう、僕と同意見だ。生まれた時から強さが決まるこの階級制の世界はとても息苦しい。僕も常々思っているよ、なくなってしまえってね」
「でもそんな世界でしか生きれない人達もいる。なくなれと思っても願うことは出来ない。意味もなく人の命を消せるほど俺の心は強くないんでね」
「ふふふっ、いい言語化だ。言葉にしづらい心境をちゃんと言葉にしている。毎日そういうことを考えているのかな?」
「暇になったときにふと考える時はありますかねぇ。……誰だってそうでしょう。答えが出ないのに命を考える的なやつ」
布団に入った時とシャワーを浴びている時が1番その思考に陥りやすい。考えれば考えるほど答えがわからなくて不安になるあの感覚………嫌いではないけれど、やっぱり好きではない。
「いい、いいね。脳死ではない感じがとても好きだ。やはり君は変だよ」
「普通ですよ俺は。誰よりも普通です」
「そうかもね、僕も普通の人間だし」
「それはないですよ」
「はっはっはっはっ!ひねり殺すよ」
昴さんはゆっくりと立ち上がると、真上を向いて太陽を薄い目で見ていた。
「気に入ったから忠告してあげるよ。今回の戦いでもしヤバいことが起きたらすぐに逃げることだね。僕だけじゃあ対処できないことがきっと起こる」
「…………まるでこれから起こることを知ってるような口ぶりですね。未来でも見れるんですか?」
「未来なんか見なくても人は将来を知ることができる。ちょっと離れるからイリナちゃんをよく見ておくんだよ。緊急事態になったらすぐに戻るから」
そういうと昴さんはノンビリと歩いてどっかに行ってしまった。…………嫌な予感がするな、すごく。
魔族掃討戦は順調に進んでいく。イリナ達が破竹の勢いで魔族を倒していき戦線をドンドン押し上げていく。この勢いでいければ、あと一時間で殲滅戦に移行できるはずだ。でもさっきの昴さんの言葉がどうもひっかかる。この順調さが、この後に潜む脅威の前触れみたいで…………
ドンッ
遥か前方、10km先で何か緑色の巨大なものが地面を吹き飛ばした。そしてその緑がうねり、目の前にあるものを巻き込み粉砕しながら増殖していく。最初は誰もそれがなんなのかよくわからなかった。しかし5kmまで近づいて来たときにようやくその正体に気がついた。だってそんなのありえないじゃないか、全長が何十kmもある植物が無限増殖しているだなんて。その勢いは津波のように大地の全てを飲み込み、目の前の全てが緑色と植物の表皮の茶色に埋め尽くされていく。人の背丈の何千倍もある樹木の侵略。そのあまりの規模にイリナがつぶやいた。
「魔王じゃん、これ…………」
この中で唯一魔王と対峙したことがあるイリナだけが理解した。あまりの強大さ、膨大さが炎帝の炎を思い出させたのだ。
「巻き込まれたらまず間違いなく終わりだよ!戦わずに撤退する!」
まだ5kmあるのならワープを駆使すればなんとか逃げきれる!イリナがしんがりとして残りの魔族に目を向けた時だった。
ザンッ!
イリナの背中にある剣を納めるための鞘、それを固定していたベルトが斬り裂かれた!
「なっ……」「はっ!?」
「もーらい。じゃーねー」
そしてベルトを切り裂いた本人………昴さんが空中で剣を掴むと全速力で逃げ出した!今この瞬間に異常事態が2つ発生し並の人間なら思考が停止する。しかし百戦錬磨のイリナだけが優先すべきことを一瞬で理解し次の指令を出していた。
「魔剣を取り返す!!昴を止めろ!!」
いつもほんわかしていたイリナの表情が引き締まり、いままで見せたことのない最高速度で走り出した!!
魔王に追われながらの魔剣争奪戦が始まった。
それじゃあ勇者は魔族には勝てないのだろうか。自分より弱いやつを倒すことしかできないのだろうか?答えはノーである。魔族は魔力に特化しているせいで身体能力が低く、勇者は身体能力と魔力のバランスがとれている。イリナを例に挙げると彼女が本気で走れば簡単に音速を超えるし、本気でぶん殴れば全速力で飛行機が衝突したような衝撃に見舞われるだろう。
つまり勇者と魔族が戦うとどうなるのかというと………
「いっけーイリナぁあ!!やっちまえぇ!!」
「うるさぁあああいい!!」
次々と乱立する氷の柱、それをかわした者を殺すために放たれた爆撃が氷の柱の隙間を埋め尽くし焼き溶かす!しかし戦場を一筋の閃光が駆け抜けると、魔力を出して一呼吸置いていた魔族の元に一瞬で辿り着き身体を斬り裂いた!
魔族が大規模な魔力で遠距離攻撃をし、勇者はそのスピードとタフネスでなんとか近づき一撃を加える。勇者と魔族が相対するのはほんの一瞬だけなのだ。だからイリナは強い。彼女は雷と同化することで勇者の限界を超えた速度を出すことができるのだから。
そんな激戦の中、俺はイリナから200m離れた場所で応援中!!戦う気など一切ないぞ!!
「ねぇ!?あのさ!?戦えないにしてももっとマシなこと出来ないの!?」
「いや、応援してるじゃん………」
「気が散るんだよね!もっといい感じに応援してよ!」
「カッコいいイリナー!略してカッコイリナ!」
「ダッセー!事後報告の時のP.S.みたくなってるじゃん![プリン食べちゃいました。(イリナ)]じゃんそれ!」
「俺はプリン食べても黙っておくから(イリナ)は使わない」
「君が(イリナ)使ったら私に濡れ衣着せてるだけだからね!?ただの泥棒じゃん!罪悪感見せてよ!」
「中途半端な罪悪感は人間関係を壊すきっかけになるかなって………だから黙った方がみんな幸せだと俺は思うんだ」
「少なくともプリンを食べられた人は幸せではないよ!」
イリナの活躍によってひとまず魔族の第一陣を倒すことができた。その間俺はひたすらにガタガタと怯えながら傍観するしかなかったのだ。まぁね、適材適所ってのがあるよね。俺みたいな雑魚が戦うなんてやめたほうがいいんだよ。
「それにさ、もう一つツッコミたいのがあるんだけど」
「なに?カッコイリナ」
「だからやめてって!……そのメモ帳とカメラは何?」
首からかけられているカメラと、左手に握られているメモ帳をイリナが指さした。
「取材のための道具だけど?次の小説のネタ集め」
「だからちゃんと戦ってよー!」
「ふざけんなよ!夢の、しかも他人の記憶を介してしか見れなかったイリナの戦いが生で見れるのに戦ってなんかいられるか!激写してやったもんねぇ!パパラッチ~!」
「パパラッチは関係ないでしょ!叩き割るよそのカメラ!」
「やめて!叩き割るのだけは勘弁してください!頑張ってお小遣い貯めて買ったんですから!やめて僕の宝物!」
まぁ、この宝物でとったイリナの写真は全部ボケてるんですけどね。イリナが速すぎて姿を捉えきれないのだ。像が伸びて伸びて…………イリナらしきものが写真全体を覆っちゃってるもん。心霊写真って言われても納得しちゃうよこれ。
「せっかくの戦うチャンスなんだから手頃な相手を見つけて戦ってよ!安全に魔族と戦える機会なんて滅多にないんだから!ただですらこの1週間、ミフィー君は何も成長してないんだからね!」
「努力はしてるんですけどねぇ。一夜漬けとか苦手なタイプなんですよ。あれだ、テスト期間中にだけ詰め込んで暗記するのが苦手だから、毎日コツコツ予習復習するみたいな?優等生なんですよ俺」
「なんの面白みもないじゃん!グズ!バカ!チンチクリン!」
「俺の方が高いだろ!5cmぐらい!」
「大局的に見たら5cm差なんて誤差だよ誤差。男で175cmとか大きいわけでもないじゃん。やーいチンチクリン。178cm超えてから出直しな!」
好き放題言ってくれるじゃないか。逆に考えてくれ。練習を1週間やり成果が出なかったときに、ぶっつけ本番で戦いたいと思えるのかって話よ。何事においても自信は大切なのに、その自信を育めなかったんですよ?……………戦いたくないじゃーん。死にたくないじゃーん。
「せっかく私が武器を買い与えてあげたのにそれを持たずに自前のカメラとメモ帳しか使ってないじゃん!私のお金と気遣いを返してよ!」
「ペンは剣よりも強しって言葉があってですね……」
「じゃあそれで戦えば!?」
「所詮言葉だから状況によって変わってですね……」
「ウスラトンカチ!ウダウダ言ってないでさっさと行くよ!」
「ちょっと待ってまだ取材済んでないんだけど!」
俺のことを1発ぶん殴ってからイリナは俺を引っ張りながら勇者側の戦線を上げていく。
今回の魔族掃討戦は南西から攻めて来た魔族を迎撃、あわよくば殲滅するというものだ。偵察していた勇者からの情報だと、魔族側は最高幹部が一番の戦力らしく魔王の参戦はない。そりゃあまぁそうだ。魔王が戦いに参加することなどまずないのだからな。1年前が異常すぎたのだ。
最高幹部が最高戦力の魔族の部隊などイリナがいればなんとでもなる。彼女が敵を蹴散らしている間に、俺が手頃な魔族と戦いスキルアップをするのがイリナの今回の狙いらしい。まぁ俺の狙いは戦うことなくこの戦いの取材と、勇者達から生の声を聞くことなんだけどね!戦ってなどいられるか!
カシャカシャッ
相変わらず勇者達の戦いを写真にとりながら俺は観戦していた。
「またイリナちゃんに怒られるよ」
戦場で寝転がりながら
「いいんですよ俺は、戦ったって足手纏いにしかならないんですから。これぐらいの役割が丁度いいんです」
「確かに庇護対象が戦えばイリナちゃんの邪魔にしかならない。賢明な判断だ」
「昴さんは戦わなくていいんですか?」
「僕は緊急事態になるまで戦わないよ。彼女は1年間戦ってなかったからね、彼女に限って腕が鈍るなんてことはないだろうけど……リハビリが必要だ。今回のような戦いは彼女にとって丁度いいんだ」
カイを失ってからの1年間イリナは戦っていなかったようだ。いや、もしかしたらこの世界にすら来てなかったのかもしれない。……当然か、相棒を失ったんだから。
「それに今回彼女が声をかけたのは将来有望な勇者ばかりだ。彼らがイリナちゃんの元で戦えばいい経験になるだろう?一方彼女と違い僕の戦い方はちょっと特殊だからね。誰かの参考になるなんてことはないのさ」
確かに魔力を使わない戦い方というのはこの世界では基本的ではないのだろう。
…………?身体能力しかなかったらむしろ基本的になるのでは…………?
「そこから先は考えない方がいい」
「………はい」
釘を刺された俺は戦場に視線を戻してカメラで激写を続ける。うーーむ、イリナのパンチラを狙ってるのに動きが速すぎてやはり撮れない。もうちょっと減速してくれないかなぁ。
「…………狩虎ちゃん、君はこの世界をどう思う?」
「…………どうしたんですかいきなり」
「ただの興味本位だ。[好きなおやつは何?]と同じぐらい気軽に答えて欲しい」
「えぇぇ………下らないですよ。こんな争いしか生まない世界なんてなくなってしまった方がいい」
俺は写真を撮り続ける。
「ほう、僕と同意見だ。生まれた時から強さが決まるこの階級制の世界はとても息苦しい。僕も常々思っているよ、なくなってしまえってね」
「でもそんな世界でしか生きれない人達もいる。なくなれと思っても願うことは出来ない。意味もなく人の命を消せるほど俺の心は強くないんでね」
「ふふふっ、いい言語化だ。言葉にしづらい心境をちゃんと言葉にしている。毎日そういうことを考えているのかな?」
「暇になったときにふと考える時はありますかねぇ。……誰だってそうでしょう。答えが出ないのに命を考える的なやつ」
布団に入った時とシャワーを浴びている時が1番その思考に陥りやすい。考えれば考えるほど答えがわからなくて不安になるあの感覚………嫌いではないけれど、やっぱり好きではない。
「いい、いいね。脳死ではない感じがとても好きだ。やはり君は変だよ」
「普通ですよ俺は。誰よりも普通です」
「そうかもね、僕も普通の人間だし」
「それはないですよ」
「はっはっはっはっ!ひねり殺すよ」
昴さんはゆっくりと立ち上がると、真上を向いて太陽を薄い目で見ていた。
「気に入ったから忠告してあげるよ。今回の戦いでもしヤバいことが起きたらすぐに逃げることだね。僕だけじゃあ対処できないことがきっと起こる」
「…………まるでこれから起こることを知ってるような口ぶりですね。未来でも見れるんですか?」
「未来なんか見なくても人は将来を知ることができる。ちょっと離れるからイリナちゃんをよく見ておくんだよ。緊急事態になったらすぐに戻るから」
そういうと昴さんはノンビリと歩いてどっかに行ってしまった。…………嫌な予感がするな、すごく。
魔族掃討戦は順調に進んでいく。イリナ達が破竹の勢いで魔族を倒していき戦線をドンドン押し上げていく。この勢いでいければ、あと一時間で殲滅戦に移行できるはずだ。でもさっきの昴さんの言葉がどうもひっかかる。この順調さが、この後に潜む脅威の前触れみたいで…………
ドンッ
遥か前方、10km先で何か緑色の巨大なものが地面を吹き飛ばした。そしてその緑がうねり、目の前にあるものを巻き込み粉砕しながら増殖していく。最初は誰もそれがなんなのかよくわからなかった。しかし5kmまで近づいて来たときにようやくその正体に気がついた。だってそんなのありえないじゃないか、全長が何十kmもある植物が無限増殖しているだなんて。その勢いは津波のように大地の全てを飲み込み、目の前の全てが緑色と植物の表皮の茶色に埋め尽くされていく。人の背丈の何千倍もある樹木の侵略。そのあまりの規模にイリナがつぶやいた。
「魔王じゃん、これ…………」
この中で唯一魔王と対峙したことがあるイリナだけが理解した。あまりの強大さ、膨大さが炎帝の炎を思い出させたのだ。
「巻き込まれたらまず間違いなく終わりだよ!戦わずに撤退する!」
まだ5kmあるのならワープを駆使すればなんとか逃げきれる!イリナがしんがりとして残りの魔族に目を向けた時だった。
ザンッ!
イリナの背中にある剣を納めるための鞘、それを固定していたベルトが斬り裂かれた!
「なっ……」「はっ!?」
「もーらい。じゃーねー」
そしてベルトを切り裂いた本人………昴さんが空中で剣を掴むと全速力で逃げ出した!今この瞬間に異常事態が2つ発生し並の人間なら思考が停止する。しかし百戦錬磨のイリナだけが優先すべきことを一瞬で理解し次の指令を出していた。
「魔剣を取り返す!!昴を止めろ!!」
いつもほんわかしていたイリナの表情が引き締まり、いままで見せたことのない最高速度で走り出した!!
魔王に追われながらの魔剣争奪戦が始まった。