流氷を砕く船の上で #心細し(うらぐわし)

文字数 408文字

 凍てつく朝、冬に選んだ北の地は寒さを通り越して顔が痛い。
 観光シーズン真っ只中でも早朝便は空いていた。オホーツク海に朝陽が昇り始め、流氷が紅く染まる瞬間に立ち会う。
 目の前の風景に心が動くかはその時の心境しだい。今の私はどうだろうか。

 船主のスクリューが砕氷する音だけ寒空に響く。蹴散らされた氷が橙に染まった宙を舞う。併走して飛ぶカモメ。進んでも進んでも永遠と繋がっていくような氷の海原。
 隣の老婦人から「きれい」と言葉が漏れ出るのを聞く。ふと横を向くと、その顔は頬紅を入れたように優麗に照らされていた。
 目が合い彼女が優しく微笑んで私は思わず涙ぐむ。

 美景を包む空間が沁み入り、わだかまりは消えていく。そして美しいと感じられる心が残っていたことに安堵する。

 下船すると、心配した同僚からのメッセージがまた届いていた。
「大丈夫、明日帰るね」
 それだけ。ようやく言葉にできた文字を書いて送信した。



 ※初出2019/7
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