第23話 公事師

文字数 1,853文字

 翌日の午後。犬山は手が空く時間を見計らい、庄左衛門の店を訪ねた。

庄左衛門の古女房、おりさに会うためだ。

おりさは、実家のある村から帰ってきており、

いつものように店に立っていた。

「おかみはいるかい? 」

 犬山が、注文を取りに来た女中に訊ねた。

「昼飯を食いに来たのではないんですか?

奥におりますよ。呼んで来ましょう」

 女中ががっかりした表情を見せると言った。

 しばらく待っていると、庄左衛門の古女房がお茶を運んで来た。

「うちの人が、ご迷惑をおかけしたようですみません」

 庄左衛門の古女房が、お茶を出すと頭を下げた。

「迷惑なんぞかけられた覚えはねぇぜ。

それより、急に、実家に帰ってどうしたえ? 

何か問題でも起きたのか? 」

 犬山が身を乗り出すと訊ねた。

「あの人、そんなことまで話しちまったんですか。

親分に心配をおかけするようなことではございませんよ」

 庄左衛門の古女房がそう言うとごまかし笑いをした。

「面倒なことになる前に、必ず、相談すれよ」

 犬山が告げた。

「ところで、うちの子の居所がわかったんですか? 」

 庄左衛門の古女房が熱心に訊ねた。

「その件なら、ここへ来る前に、橋蔵に探るよう申しつけた。

目星はついたんだが、確たる証拠にかける故な

もちっと、辛抱してくんねえ。必ず、連れ戻すからよ」

 犬山が言った。

「ありがとうございます! 頼りにしています」

 庄左衛門の古女房が言った。

「話はこれで終わりだ。何か注文して良いか? 」

 犬山が気を取り直すと告げた。

「はい。何をお持ちしましょうか? 」

 庄左衛門の女房が言った。

「じゃこごうこはあるか? 」

「何です、それ? 」

「庄左衛門がいた時、注文したのだが、

うまかった故、また、頼もうと思ったわけさ」

「他のお客さんからも注文があったのですが、

それは、うちの人でないと‥‥ 」

「さようか。そんならば、あれと同じものを頼む」

 犬山はとっさに、隣の席の客が頼んだ品を指さすと言った。

「あれですね」

 庄左衛門の古女房が、隣をチラ見すると言った。

 庄左衛門の古女房が、店の奥へ歩いて行った後だった。

隣の席の見知らぬ客が、犬山の席に移って来た。

「相席してもかまわぬか? 」

 その見知らぬ客が勝手に、向かい側に座ると訊ねた。

「かまわぬも何も、もう、座っているではないか」

 犬山が呆れ声で言い返した。

「そうでした。ハハハ」

 その見知らぬ客がごまかし笑いをした。

「何か聞きたいことでもあるのか? 」

 犬山が、お茶を一気に飲み干すと言った。

「大ありです。この店の主は、庄左衛門という名で間違いござらんか? 」

 その見知らぬ客が真顔で訊ねた。

「ひょっとして、盗み聞きしておったか? 」

 犬山がとがめた。

「実は、わしは、とある者から依頼を受けてある者を捜しておる。

尋ね人の名と年恰好が、この店の主である庄左衛門と同じなわけさ」

 その見知らぬ客が告げた。

「おめぇ。何者だ? 隠密みてぇな真似しやがって。

わしを誰だと思って、話をしておる? 」

 犬山が低い声で訊ねた。

「おかみは、おまえさんを親分と呼んでいたが、

町廻り同心といったところか。

申しおくれた。わしは、公事師の宮田新八と申す。

改めて、お聞き申す。

庄左衛門の素性に何か不審な点はなかったか? 」

 見知らぬ客は公事師だった。どうやら、

庶民または農民から公事訴訟の相談を受けたようだ。

本来、公事師と言う者は、事務的な手続きを請け負うだけだが、

訴訟に何か問題が生じたのか、

あるいは、単に、自ら、調査しなくてはいられない

性格なのか、いずれにしろ、

犬山からしてみれば、迷惑な存在に他ならない。

「わしは、町廻り同心の犬山金吾だ。

誰か、庄左衛門を訴え出ておるのか? どういった訴えなんだ? 」

 犬山が身を乗り出すと訊ねた。

「取引しませんか? こちらとしては、こたびの訴訟を円満に落着させたい。

わしが、質問にお答えする代わりに探索を助太刀して頂きたい」

 宮田が姿勢を正すと取引を持ちかけた。

「取引とな? わしには、おめぇに話を聞く権利があるが、

おめぇには、わしと取引する権利はねぇわけさ。

そこんところ、間違えねぇでくんねぇか? 」

 犬山が突然、大声を上げたため、他の客から注目を浴びた。

「お待ちどうさま」

ちょうど、そこへ、女中が注文の品を運んできた。

「取引は無効ということで承知しました。では失礼」

 宮田はそう言うと、自分の席に戻った。

その後、犬山は、昼飯にがっつくとものの1分でたいらげた。

「おかみ。また来るぜ」

 犬山はそう言うと、代金を支払い店を出た。

















 













ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み