第22話 庄左衛門の倅、真広をさがして両国へ

文字数 2,150文字

「ひょっとして、その威厳があるお方というのは、

わしのことを言っているのか? 」

 犬山が思わずのけぞった。

(自分はどう見たって、威厳があるとは思えない。

庄左衛門は、同心という肩書だけで判断しているにちげぇねえ)

「うちの倅の名は、真広と言うんでさあ。

その名の通り、まっすぐに育ちやした。それに、あいつは、

自分より年下の子をかわいがる面倒見の良い子なんでさあ。

親分相手なら、あいつも素直に、話を聞くにちげぇねえ」

 庄左衛門が言った。

(わし相手なら、素直に話を聞くのと

威厳があるとでは、いってえ、何の関係があるんだ? )

「わかったよ。1度だけだぞ」

 犬山が重い腰を上げると言った。

「あいつの居場所は目星がついておりやす。今から行きやせんか? 」

 庄左衛門が浮き腰で言った。

「今からか? 」

 犬山は少し考えた。

(心の準備が出来てねえ。行き当たりばったりというのもちょっと)

「何とぞ、真広のやつをお助けくだせえ。親分だけが頼りなんでさあ」

 庄左衛門が頭を下げた。

「おめぇの倅の真広の元へ案内してくんな」

 犬山は腹をくくった。

(ええ~い! 相手は年端もいかねぇガキだ。何とかなるだろう)

 「酒楽亭」を出たその足で、真広の姿が度々、目撃されるという両国へ向かった。

両国橋の西側、「広小路」は、小屋掛けの露店がひきしめあい

いつも賑わっている浅草や上野と並ぶ「江戸随一の盛り場」だ。

人込みの中、真広の姿をあちこち捜してみたが、

真広らしき少年の姿はどこにも見当たらない。

「まことに、この辺をうろついていたのか? 」

 犬山が訊ねた。

「店の常連客が見かけたと言っていやした。

 きっと、どこかにいるはずでさあ」

 庄左衛門はそう言うと、片っ端から、

真広と同じ年ごろの少年たちをあたって聞き込みをしはじめた。

最初、声をかけられた少年たちは他人事のようにつれなかったが、

庄左衛門の背後に、犬山の姿を見つけるなり、

途端に、その重い口を開いた。声をかけた少年たちはかつて、

犬山の世話になった非行少年たちであったからだ。

ところが、皆がそろって、知らないと一点張りだ。

犬山は、少年たちの間で、大人から何か聞かれた時は、

互いのことを口外しない掟のような縛りが存在すると思った。

「あの‥‥ 」

 あきらめて帰りかけた時だった。福助人形そっくりな少年が

もじもじしながら、2人に近づいて来た。

「どうしたえ? 」

 犬山が優しい声で、その少年に訊ねた。

「これ、あの人から伝言です。真広は元気だから

何も心配するな。じき、戻るであります」

 その少年が棒読みで告げた。

「なんだ、おめえ。伝書バトでもなったつもりか? 」

 犬山が前のめりの姿勢でそう言うと、その少年が後ずさりした。

「伝言したのは、あの男か? 」

 庄左衛門が、通りの向こうに佇む浪人を指さすと言った。

「は、はい」

 その少年が蚊の鳴くような声で返事した。

「あの男。どこかで見たような気がするぜ」

 犬山が目を細めると言った。

「おいらはこれで」

 その少年が逃げるようにしてその場から立ち去った。

「ちょい待ち! 」

 庄左衛門があわてて、その少年を引き留めようとしたが、

気弱そうに見えるのに、逃げ足だけは早かった。

あっという間に、向こう側にいる浪人の元へ

駆けつけると、2人は足早に、雑踏の中へ消えたのだった。

「くっそ~! もちっとだったのに。なんてこった」

 庄左衛門がくやしがった。

「おめぇにつられて、飯がまだだった。一杯おごるぜ」

 犬山がそう言うと、庄左衛門の腕を引っ張り

両国橋のたもとにある二八蕎麦屋へ行った。

「こいつはうめえ」

 庄左衛門が、蕎麦を一気にすすると、まるで、

息を吹き返したかのように声を上げた。

「ありがとうごぜぇやす」

 屋台の主がしゃがれ声で言った。

「ここは長いのか? 」

 犬山が何気なく、屋台の主に訊ねた。

「はあ。ここで商いをはじめてから20年になりやす。

幕府の取締りが日に日に、厳しさを増して、

盛り場も前より、灯りが少なくなっちまいましたが、

わしらの商いはいつも通りでさあ」

 屋台の主が言った。

「わしより、頭1個分背の低い色白の少年を

この辺で見かけたことはねぇかい? 」

 庄左衛門が、屋台の主に訊ねた。

「それより、お客さん。あの浪人のことをお聞きになりてぇのでは? 」

 屋台の主が身を乗り出すと言った。

「何か知っているのか? 」

 犬山が、屋台の主に訊ねた。

「数日前にも、あの浪人のことを色々と聞かれたんでさあ。

聞いて来たのは、お役人様でしたがね。

その人にも話したんだが、

時々、こどもと連れ立って歩いて

いるところを見かけるぐれぇで、どこの誰だかまでは知りませんぜ」

 屋台の主が語った。

「さようか。人相は覚えておる。橋蔵にも言って調べさせよう」

 犬山が言った。

「親分。今夜はありがとうごぜぇました。

わしはもちっと、ゆっくりしていきますんで、

どうぞ、お先に」

 なぜか、庄左衛門が、犬山を体よく追い払った。

「急になんだ。朝までつきあうぜ」

 犬山が、庄左衛門に言った。

「明日、古女房のところに顔を見せてやってくんねえ。

わしはそれだけで、十分でさあ」

 庄左衛門が言った。

「わかった。わしも気になっていたところだ。

明日にも、店を訪ねよう。あばよ」

 犬山は、台の上に、2人分の蕎麦代を置くと帰路についた。





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