第27話 浪人が江戸へ来た理由

文字数 1,709文字

 日中、浪人がいるだろう蔭間茶屋へ乗り込むと、女主人が2人を出迎えた。

「いらっしゃいませ。2名様ご案内」

「いんにゃ、違う。わしらは客ではない。

この店で用心棒をしておる野郎に話があって参った次第」

 犬山があわてて言った。

 幕府の取締りの影響はここにもあった。

店は開店休場状態で、客の姿はまばらだった。

「お客さんだったら、大歓迎なんですがね。

用心棒に会いたいとは、どういう用件ですか? 」

 女主人が探るような目で、犬山を見つめると訊ねた。

「仕事の途中だ」

 犬山が短く答えた。

「わしならここにいる。こんな所まで押しかけて、何用だ? 」

 そこへ、浪人が姿を現した。

「他の客の目もあります。出て行っておくんなさいまし」

 女主人が、犬山たちを体よく追い払った。

「そこの路地で話そうではないか」

 浪人が人目をうかがうようにして、

犬山たちを人気のない路地へ引き入れた。

「真広が帰ったのは良いが、こたびは、庄左衛門が姿を消した。

おめぇが何か知っているのではないかと思い聞きに来た」

 犬山が、浪人に詰め寄った。

「敵は、わしではないとわかっただろう。

庄左衛門は、倅を取り戻すため敵を見誤った。

その結果、姿を消すはめになったというわけさ」

 浪人が不敵な笑みを見せると言った。

「それは、いってえ、どういうことだ? 」

 犬山がドスの利いた声でそう言うと、

浪人が懐から、人相書きを出して犬山の顔に突きつけた。

「この面に、見覚えはねぇとは言わせねぇぜ」

「こ、こいつは!? 」

 犬山は思わず目を疑った。

 人相書きに描かれているお尋ね者の顔に見覚えがあった。

両国へ行った時に立ち寄った二八蕎麦屋の主に

どことなく、似ている気がする。

 たしか、20年前に、両国で、二八蕎麦屋をはじめたと話していた。

「蕎麦屋の主がどうしたえ? 」

 橋蔵が言った。

「この男こそが、わしが捜し求める悪人なのさ」

 浪人がこの言葉を皮切りに、江戸に来た理由を語った。

 わしがいた村では、わしが幼いころから、

幼子が神隠しに遭う奇怪な事件が起きていた。

大人になってから、

昨日までいたはずの子が突然、姿を消しちまう背景には、

貧困農家が口減らしのため、

産まれたばかりの赤子を間引きしたり、

幼子を里子に出す悪習が横行していたからだと知った。

あろうことか、その悪習を利用して

犯罪に手を染める不届き者が現れた。

わしが手付を務めた当時、村に寺子屋は3件あった。

ある日、村の子が、寺子屋へ行ったきり帰って来なかった。

村中、手分けして、

その子を捜したが見つけ出すことが出来なかった。

それから1年後、その子の弟が産まれたことを機に、

その子の両親は、その子を「出奔者」として届け出て人別から除いた。

当時はまだ、誰も、失踪の理由が、かどわかしだとは気づかなかった。

わしは、その子がいなくなった直後、

その子が通っていた寺子屋の師匠も人知れず、

村からいなくなったことに気づいた。

その男の足取りを追ったが、届け出た名は偽名で、

村に来る前、何をしていたのか、記憶がどこにも残されていなかった。

お尋ね者になっているわけもなく、手がかりを得ることは出来なかった。

事件が忘れ去られたころ、その男は何事もなかったかのように、

今度は、薬の行商人として村へ戻った。

薬の行商人は、商いが済むと他へ移る。

当然、その行商人も、商いを終えると村を去った。

わしは、代官所に保管されている

古い史料を読みあさり似た事件がないか調べた。

そして、40年前にも、

村の豪農家の嫡子がいなくなっていたことがわかった。

再捜査を代官に求めたが、聞き届けならず、

わしは独自の探索を行うこととして、

誰にも知らせず、薬の行商人が立ち寄りそうな諸国を廻った。

気がつけば、3年の月日が流れていた。

半年前、江戸で、似た者を見かけたとの

有力な手がかりをつかみ江戸へ向かった。

わしは、あの男が目をつけそうな

盛り場にたむろしている少年たちの中でも、

品があって賢そうな子に的をしぼり

信用を勝ち取り、探索の手伝いをさせるようになった。

ついに、あの男がしっぽを出した。

ねらい通り、真広や万福に目を止めたのだ。

ところが、あの男を追い詰めて捕えようとした寸前、思わぬじゃまが入った。





 
 



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